49話 王立学園に入学しました


「いよいよ、この時がやってきたわね……」


 私はごくりと生唾を飲み込んだ。


 眼前にそびえたつ、キラキラしくも重厚な白亜の学び舎。

 前世で何度も見た、「きみとら」の舞台の王立学園だった。


「ぼんやり校舎を見上げて、どうなさったのですか?」


 隣に立つリオンの言葉に、私は小さく頷き答えた。


「決意も新たに、校舎を見上げていたのよ」

「決意? 何を決意なさっていたのですか?」

「……秘密よ」


 ――――死亡フラグを折り、絶対生き延びて見せる。


 いくら気心の知れたリオン相手でも、漏らすことはできない本音だ。


 転生して16年、前世の記憶を取り戻してから8年。

 ついに私は、ゲームのメインとなる王立学園に入学したのだ。


 ヒロインが転入してくるのは、ゲーム通りならば一年の途中になる。

 まだ少し猶予があるとはいえ、油断は禁物だった。

 この国の王太子を始めとした、私と面識のない攻略対象達も、この学園に通うことになるのだ。

 警戒心を忘れないで、死亡フラグを折っていかないとね。

 

「さ、リオン。そろそろ行きましょう。入学式に遅れてしまうわ」

「……本当に私が、生徒として入学していいのでしょうか?」


 リオンは見慣れた従僕のお仕着せではなく、学院の制服に身を包んでいる。

 ゲームの中では、私の従者として学園を歩いていたリオンだけど、この世界では生徒として、王立学園の門を潜ることになったのだ。


「難関の入学試験に合格したんだから、胸を張ってればいいわよ」


 王立学園には平民向けに、筆記形式の入学試験があった。

 受験料を払い試験を受け優秀な成績を修めれば、入学が許可される仕組みだ。

 この国の16歳以上の人間なら誰でも受験資格があるが、合格基準がとても高く、合格者は数年に一人いるかいないかだ。

 そんな試験に合格したリオンは学費も免除されており、金銭的な負担もないのだった。


「ですが何故、私が生徒として入学する必要があったんですか? イリス様のお世話なら、従者として出入りの許可を取れば十分だったはずです」

「そう言いつつ、私の従者やりながらのたった数か月の勉強で合格とか、ほんとすごいと思うよ……」


 天才がここにいる……。

 私も一応、聡明だ賢いって褒められることが多かったけど、前世の記憶アドバンテージがあったからだ。

 神童も20過ぎればただの人。そうなる予定が私だ。

 

「イリス様に命じられた以上、結果をだすのは当たり前です。入学試験と言う形式は、はっきりと点数が出るのでやりやすかったですよ」

「それ、言うのは簡単だけど、実行するのは難しいと思う」


 リオンのハイスペックぶりがすごい。

 生まれ持った才能に努力が加わわった結果、常人離れした結果を叩きだしていた。


「……話が逸れましたが。なぜイリス様は私に、生徒としての入学を求められたのですか?」

「学歴があって、損なことはないと思うの」

 

 この世界の貴族は、どこかしらの学校を出ていることがスタートラインだ。

 たとえ貴族の血筋に生まれても、学校も出ていないようでは落ちこぼれと見なされ、一人前扱いされないのが常だった。


 リオンは私の従者をやっているけど、本来は隣国の公爵家の人間だ。

 この先彼が元の身分に戻った時、要らない苦労を避けるめにも。

 王立学園へ、生徒として入学してもらうことにしたのだ。


「ま、そんな難しく考えなくても、先輩にはカイル様がいるし、来年にはフランツ様も入学してくるんだから、リオンも仲良く、学園生活を満喫すればいいと思うわ」

「…………フランツ様と仲良くとか、お互いごめんですよ」

「何か言った?」

「愉快で楽しい学園生活になりそうだと思っただけで――――失礼しますね」

「あっ……」


 リオンの指が、頭の上をくすぐった。


「入学式の飾りつけの花の花弁が、飛んできたようですね」

「……そう。ありがとう」


 指の感触を、つい意識してしまった。


 17歳になったリオンは、あらためて意識すると、とんでもなく美形だ。

 黒髪はさらりと艶やかで、アッシュブルーの瞳は、吸い込まれそうな深い色をしている。

 黒を基調とした軍服風の制服が似合っていて、背もすらりと高かった。


「360度どこから見てもイケメン……。イケメン濃度が降り切れている……」

「……ぼんやりしてないで、先を急ぎましょうか?」

 

 笑顔のリオンに急かされつつ歩き出そうとしたところ、


「よぅ、イリス様。これからはずっと一緒だな」

「ライナス!」


 どこか浮かれた様子で、ライナスが近づいてくる。

 類稀なる魔力量を誇るライナスは、平民でありながら特待生として学園に招かれている。

 週一で顔を合わせていた今までと違い、同じ学年で毎日を過ごすことになるのだ。


「クラス分け、ライナスは3組だっけ?」

「あぁ、そうだ。イリス様はどこのクラスだ?」

「私は――――」


 リオンと共に、ライナスと会話を交わして。

 私の学園生活の初日は始まったのだった。


 

 

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前世薬師の悪役令嬢は、周りから愛されるようです ~調薬スキルで領地を豊かにしようと思います~ 桜井悠 @yuusakurai

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