託されたもの
ついに私は、
春次さんの弟さんたちが
ちまちまと歩く私に、姉が駆けつけて、支えてくれた。
玄関の前までつくと、そこには、大人になった兄妹たちがいた。
「こんにちは」
私は言った。すると兄妹たちはそれぞれ、挨拶を返した。
「どうぞ、入ってください」
姉が言った。まともに歩けない私に、皆が気を配ってくれた。鈴美さんが、姉とともに私を支えた。
母が彼らお茶を出した。母が
「ゆかりさんも、事故に
「はい。脚はこのとおりなんですけど、他は大丈夫です」
「妹から聞いたんですけど、寝ているときに兄の記憶の夢を見るというのは本当ですか」
「はい。本当です」
「ゆかりちゃんは、春お兄ちゃんの生まれ変わりだってね」
鈴美さんが言った。
「そうらしいです。春次さんが言ってました」
「え⁉︎ 春兄が?」
と、四男の
「春次さんが亡くなったあと、春次さんが私の目の前に現れて、なぐさめてくれたんです。そのときに、私が生まれ変わりだと言ったんです」
「なんだか不思議だね」
それを言ったのは、雪弘さん。本当は、雪弘くんと呼びたい。大人になった今も、白くてふんわりとしていて、雪みたいで可愛いらしい。
「春次さんは、今も私の心の中に住みついているんです」
「ほんとうに、お兄ちゃんは生まれ変わったんだね」
と、鈴美さん。
私は、気になっていたことを
聞いてみると、初子さんは、負傷したものの、大事にはなっていなかったそうだ。それは良かった。ただ、彼女の精神は、
家族のみんなは、春次さんの
正雄さんが、そのノートを持ってきて、読ませてくれた。
そのノートに書かれていたのは、家族への感謝とはげましのメッセージ。その中にはもちろん『自分が死んでもまた生まれ変わる』との内容のメッセージもあった。おどろくべきことに、それらは春次さんが亡くなった直後、悲しんでいた私にかけてくれた言葉にそっくりだった。あの言葉たちは、このノートに書いたメッセージを私にも伝えたのかもしれない。と、しみじみとしていた私。そこへ、姉が紙袋を二つ持ってやってきた。
「じゃーん、お菓子用意しましたー」
それは、栗まんじゅうだった。私の帰宅祝いに買ってきてくれたものは、前日にすべてを
「私も食べていい?」
急に明るくなった私に、彼らは笑った。
「春お兄ちゃんみたいだね」
と
そのメッセージをきっかけに露文さんは、変わる勇気を持つことができたのかもしれない。
それは、露文さんだけではない。正雄さんにも、照行さんにも、雪弘さんにも、鈴美さんにも、春次さんは変わるきっかけを
それを思ったとき、私はこの前、病院で鈴美さんがくれたイヤリングを思い出した。スズランのイヤリング。春次さんは、スズランが好き。その花の花言葉は、『再び幸せがやってくる』。幸せは再びやってくるのか。ある日突然、失われた幸せも、気がつけば失っていた幸せも、また再びやってくるものだろうか。
私は、一度失われた幸せは、もう戻ってこないのだと思っていた。だから、幸せが失われないように、ずっとずっと祈ってきた。そうか、またやってくるんだ。幸せは、また再びやってくる。そうなのかな。でも、いつやってくるかはわからない。すぐにやってくるのか、あるいは、待ちわびてあきらめかけたころにやってくるのか、もしくは、もうあきらめてしまったか、それ以外でこの世にいなくなってしまって、魂が生まれ変わったころにやってくるのか。わからない。でも、また再びやってくるかもしれない幸せを、いち早く呼ぶために、何かをすることはできるだろう。
みんなで、私と春次さんの大好きな栗まんじゅうを食べた。意外にも、彼らは栗まんじゅうを食べたことがあまりないらしい。ほとんどが春次さんに食べられたからだとか。やっぱり春次さんは、
前世と後世をつなげた栗まんじゅう。私はそれを一口かじった。
記憶の夢──儚い幸せ 桜野 叶う @kanacarp
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