託されたもの

 ついに私は、に帰った。やっぱり我が家が一番だ。帰ってきた祝いとして、栗まんじゅうを買ってきてくれた。これには、私も、私の心の中にみついている春次はるつぐさんも大よろこびだ。さらに、その日の夕飯ゆうはんでは、私の好きなものが皿をうめつくした。テンションがばく上がりだ。


 春次さんの弟さんたちがおとずれてきた。もちろん、鈴美すずみさんもだ。姉のみちびきでここまで来た。家につくと、姉は私を呼んだ。それで、玄関まで歩くが、やはり帰っても脚が治るわけではない。よぼよぼのおばあちゃんみたいに、ちまちまとしか、歩けない。私は、車椅子いす生活になるかと思っていたが、車椅子はいらなかった。つえは必要になるけど。これこそ、本当におばあちゃんが使うような手押し車みたいなものが欲しい。そんな今の私は、手ぶらだ。

 ちまちまと歩く私に、姉が駆けつけて、支えてくれた。

 玄関の前までつくと、そこには、大人になった兄妹たちがいた。

「こんにちは」

 私は言った。すると兄妹たちはそれぞれ、挨拶を返した。

「どうぞ、入ってください」

 姉が言った。まともに歩けない私に、皆が気を配ってくれた。鈴美さんが、姉とともに私を支えた。


 母が彼らお茶を出した。母が急須きゅうすでお茶をいれているとき、彼らを見て私は、感慨かんがい深い気持ちになっていた。彼らは、大人になった。記憶の夢での彼らよりもぐんと成長して、別人にみえるぐらいにまで変わった。母が全員にお茶をいれおわると、次男の正雄まさおさんが口を開いた。正雄さんは、より一層、大人になってなんだか少し春次さんみたいな優しい感じになっていた。

「ゆかりさんも、事故にわれたみたいですけど、大丈夫でしたか?」

「はい。脚はこのとおりなんですけど、他は大丈夫です」

「妹から聞いたんですけど、寝ているときに兄の記憶の夢を見るというのは本当ですか」

「はい。本当です」

「ゆかりちゃんは、春お兄ちゃんの生まれ変わりだってね」

 鈴美さんが言った。

「そうらしいです。春次さんが言ってました」

「え⁉︎ 春兄が?」

 と、四男の照行てるゆきさん。もう、坊主頭ではなくなっているが、腕白わんぱくなところは変わっていないようだ。

「春次さんが亡くなったあと、春次さんが私の目の前に現れて、なぐさめてくれたんです。そのときに、私が生まれ変わりだと言ったんです」

「なんだか不思議だね」

 それを言ったのは、雪弘さん。本当は、雪弘くんと呼びたい。大人になった今も、白くてふんわりとしていて、雪みたいで可愛いらしい。

「春次さんは、今も私の心の中に住みついているんです」

「ほんとうに、お兄ちゃんは生まれ変わったんだね」

 と、鈴美さん。

 私は、気になっていたことをみなにたずねた。それは、事故がおこったあとのこと。春次さんが亡くなったあとのことは、わからない。鈴美さんには、大まかに話してもらったが、やっぱり知りたかった。初子はつこさんは、どうなったかとか。

 聞いてみると、初子さんは、負傷したものの、大事にはなっていなかったそうだ。それは良かった。ただ、彼女の精神は、瀕死ひんしの状態におちいっただろう。

 家族のみんなは、春次さんの訃報ふほうを受けたとき、やはり大きな悲しみに打ちひしがれていた。でも、次男の正雄さんが早くに立ち直ろうとした。それで、あの遺書のノートを読んで元気が芽生えたという。あのノートは、ほかの兄妹たちにもわたして、みんながそれを読んだ。そこに書かれていたことが、大きなはげましになったそうだ。

 正雄さんが、そのノートを持ってきて、読ませてくれた。

 そのノートに書かれていたのは、家族への感謝とはげましのメッセージ。その中にはもちろん『自分が死んでもまた生まれ変わる』との内容のメッセージもあった。おどろくべきことに、それらは春次さんが亡くなった直後、悲しんでいた私にかけてくれた言葉にそっくりだった。あの言葉たちは、このノートに書いたメッセージを私にも伝えたのかもしれない。と、しみじみとしていた私。そこへ、姉が紙袋を二つ持ってやってきた。

「じゃーん、お菓子用意しましたー」

 それは、栗まんじゅうだった。私の帰宅祝いに買ってきてくれたものは、前日にすべてをしょくしてしまった。私は、本当に栗まんじゅうに目がない。いつものお店の紙袋を見ただけで興奮こうふんしてしまった。

「私も食べていい?」

 急に明るくなった私に、彼らは笑った。

「春お兄ちゃんみたいだね」

 と露文つゆふみさん。露文さんは、変わらず竹のように背丈が高くて細い。しかし、あのときよりもずっと女性っぽさが増していた。より中性的な感じになっていた。あのノートにも書いてあった。『露文は、まわりの視線よりも自分がやりたいことを優先すればいい。それに、まわりの人って、露文が思っているほど、露文のことに興味はない。特に知らない人。もし少し何かを思ったとしても、すぐに忘れてしまうんだよ。俺も、他のみんなも、露文が大きく変わったとしても、別に変だとは思わないよ。でも、そんなのは気にせず露文がやってみたいと思ったことを精一杯楽しめばいいんじゃない』と。

 そのメッセージをきっかけに露文さんは、変わる勇気を持つことができたのかもしれない。

 それは、露文さんだけではない。正雄さんにも、照行さんにも、雪弘さんにも、鈴美さんにも、春次さんは変わるきっかけをあたえたのかもしれない。訃報によって、みんなの心には、厳しい寒波かんぱの冬がやってきた。先の見えない暗い冬。そこに、春次さんの書いたメッセージが、あたたかな春をえた。そして、その春はすくすくと育って、今のみんなになったのかもしれない。

 それを思ったとき、私はこの前、病院で鈴美さんがくれたイヤリングを思い出した。スズランのイヤリング。春次さんは、スズランが好き。その花の花言葉は、『再び幸せがやってくる』。幸せは再びやってくるのか。ある日突然、失われた幸せも、気がつけば失っていた幸せも、また再びやってくるものだろうか。

 私は、一度失われた幸せは、もう戻ってこないのだと思っていた。だから、幸せが失われないように、ずっとずっと祈ってきた。そうか、またやってくるんだ。幸せは、また再びやってくる。そうなのかな。でも、いつやってくるかはわからない。すぐにやってくるのか、あるいは、待ちわびてあきらめかけたころにやってくるのか、もしくは、もうあきらめてしまったか、それ以外でこの世にいなくなってしまって、魂が生まれ変わったころにやってくるのか。わからない。でも、また再びやってくるかもしれない幸せを、いち早く呼ぶために、何かをすることはできるだろう。

 みんなで、私と春次さんの大好きな栗まんじゅうを食べた。意外にも、彼らは栗まんじゅうを食べたことがあまりないらしい。ほとんどが春次さんに食べられたからだとか。やっぱり春次さんは、無類むるいの栗まんじゅう好きだ。それは、たましいを通じて後世の私にもがれたのだ。

 前世と後世をつなげた栗まんじゅう。私はそれを一口かじった。

 

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記憶の夢──儚い幸せ 桜野 叶う @kanacarp

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