第2話 ただ、愛ゆえに

(「私は、あなたの事が好きだから」か……)


 今は、放課後になったばかり。そして、今日は、母さんの命日。


 ふと、4年前の冬に、優美が僕に誓った日を思い出す。

 あの日から、僕は少しずつ元気を取り戻していった。

 自分だけならともかく、彼女まで巻き添えにしたくなかった。

 そして、罪悪感を打ち明け合うことで、少しずつ心を整理する事も出来た。

 だんだん気力が出てきてからは、二人で遊びに行くようになった僕。

 そして、いつしか、学校にも通えるようになった。全て、彼女のおかげだ。


 そんな日々が続いて、もう4年になる。

 元気な子だった優美は、物静かで、読書が趣味な女の子になっていた。

 ほっそりとした体格に、長く伸ばした髪。そして、優しげな瞳。

 どこか儚げのある美しさ。


(どうすれば、報いてあげられるのかな)


 最近、考えるのはそんなこと。

 今の僕と優美はある意味、恋人以上に親密だ。

 朝と晩はご飯を作りに来てくれるし、お昼も弁当を作って来てくれる。


 尽くしてくれて来た彼女にどう応えればいいんだろう。

 正式な恋人として付き合う?それは違う気がする。

 尽くされれば情に絆されるというのだろうか。

 僕はいつしか彼女を愛するようになっていたし、それとなく伝えた事もある。

 今更、「告白」という儀式をして恋人になるのは違和感がある。


 そんな事を考えていると、


「誠一君。一緒に帰ろう?」


 優美が、いつものように、教室のドアを開ける。

 クラスが別なのに、いつもこんな風にして、一緒に帰るのを誘いに来る。


「おお。来た。通い妻!ほんと、お前、羨ましいなあ」


 友達の一人がそんな事を言ってくる。

 クラスの奴らには、既に恋人として知られている僕たちの関係。

 正式な「告白」はないけど、間違いはないと思う。


 僕も下校の準備をして、一緒に校舎を出る。


「その、さすがに、毎日一緒にってこだわらなくてもいいと思うんだけど」


 隣の優美に言ってみる。


「ううん。あの日に誓ったことだし。それに、私がそうしたいから」


 微笑みながらの返事。

 誓い、か。ふと、僕は彼女に何も誓えて無いことに気がつく。

 今、必要なのは、彼女の想いに応えられるくらいの誓いじゃないだろうか。


「そっか。ありがとう。そういえば……今日は母さんの命日だよね」


 2月1日の冬の日に母さんは亡くなった。部屋の中で首を吊るという形で。


「うん。何かしてあげられればいいんだけど……」


 少し困った顔でいう優美。

 離婚した後での孤独死ということと、自殺ということもあいまって

 母さんの親戚連中は簡易な葬儀を行うだけで、法事などは一切やっていない。

 家の中に、せめて仏壇を置こうにも、父さんは、絶対許さないの一点張り。


「いや、君の家に仏壇を置いてくれるだけで、十分過ぎるよ」


 優美のお母さんとうちの母さんは生前親交が深かったらしく、

 ろくに弔ってもらえない母さんの事を悲しんでくれた。

 仏壇まで彼女の家に置いてくれている。

 血の繋がりの無い、僕にとっては過分過ぎる配慮だ。


「うん。今日は、うちに寄っていく?」


 暗に、命日に、仏壇で祈っていくのかと言っている。


「じゃあ、家に帰ってから。ってそういえば」


「?」


「4年後に読んで欲しいって、母さんからの手紙があったんだ」


 机の引き出しに締まってある手紙の存在を思い出す。


「そんなのがあったんだね。何が書いてあるのかな?」


 そういえば、宛先は僕だけじゃなかったよね。


「優美宛てでもあったはず。家で読んでかない?」


 ある程度、心の整理がついた僕たちだけど。

 どんなメッセージが書かれているか気になる。


「うん。じゃあ、お邪魔するね」


 というわけで、我が家の自室で、手紙を取り出す。


「確かに、誠一と優美ちゃんへ、てあるね」


 しげしげと封筒に入った手紙を見やる優美。

 

 封筒から便箋を取り出して、一緒に読んでいく。なになに。


『誠一と、それに優美ちゃん。まずは、ごめんなさい。

 私は、ちょっと、生きるのに疲れてしまいました。

 きっと、直後だと、あなたたちも、心の整理がついていないでしょう。

 だから、数年後に読んでいただければと、こうして書いています』


 そんな謝罪の言葉。


「それで、4年後だったのか」


 自殺する時も、僕らが読むタイミングを考えていたのか。


 続けて読む。


『きっかけは、ほんの些細なことでした。

 裕福でない我が家ですから、誠一に我慢をさせた事がいつも気がかりでした。

 ちょっとしたプレゼントのつもりだったのです。

 今では、金銭感覚がおかしいと言われても仕方なかったと思います。

 それに、あの人に相談しないで、勝手に使ったことも。

 あの人はお金に厳しい人だったから、反省しても遅かったでしょうけど』


 そんな反省の言葉に心が痛む。

 確かに、そうなのだろう。でも、孤独に死んで行くほどの罪だったのだろうか。


『でも、誠一は見捨てずに、いつも私の元を訪ねてくれたのは救いでした。

 ほんとにいい子に育ったものだと、母として誇りに思います。

 そして、優美ちゃん。こんな私を、一緒に慰めてくれてありがとうございます』


 続く、そんな感謝の言葉。


「少しは救いになれていたのかな……」


 気がついたら、目から涙が出ているのに気がつく。

 ずっと母さんを救えなかったと思っていた。


「うん。きっと、そうだよ。でも、私のことまで……」


 隣の優美も涙ぐむ。


『ただ、あなたたち二人には救われていましたけど、やっぱり辛かったのです。

 パートでは、出来ないやつだと陰口を叩かれましたし、夜になるたびに

 あの人になじられる悪夢を見ます』


 続く言葉に、やっぱり言葉が痛む。仕事のことは深く言わなかったけど、

 そんな事があったのか。


『今でも、私は死ぬべきか悩んでいます。

 死ねば楽になるとはいうけど、きっと、誠一はショックを受けるでしょう。

 そして、おそらくは、優美ちゃんも』


 確かに、それは凄いショックだった。

 やっぱり、死ぬ前に相談して欲しかった、と思ってしまう。

 でも、そんな事は考えた末なんだろう。


『でも、これだけは伝えておきたいと思います。

 私は、誠一を愛しています。

 誠実な人になるようにと、「誠」の一文字をつけましたが、

 そんな名前の通りの子に育ってくれて嬉しいです』


「別に、それは疑っていなかったよ」


 とても物哀しい。


『優美ちゃん。私のこともですけど、

 いつも、誠一によくしてくれてありがとうございます。

 優美ちゃんの事を語る時の誠一はいつも嬉しそうでした。』


「誠一君……そうだったんだ」


 涙ぐみながらも、少し笑って言う優美。


『優美ちゃんのお母様にも本当にお世話になりました。

 生活費を用立ててくれるという申し出は本当に嬉しかったです。

 お母様によろしくお伝えください』

 

「私の家を頼ってくれても良かったのに……」


 つぶやく優美。


『それと。誠一は、絶対に気に病むと思うので言っておきます。

 誠一は全く悪くありませんよ。優美ちゃんも気に病みそうなので、

 言っておきます』


 それなら、この部分は、4年後にしないで欲しかったな。

 ただ、そこまで気を回す余裕もなかったんだろう。


『最後に。これは、母としての勝手な願望ですが』


 という前置き。


『優美ちゃんと結婚して、家庭を作ってくれたら、嬉しく思います。

 もちろん、お互いの意思が優先なのは言うまでもありません。

 ただ、二人は仲良しだったから、普通に結婚するかもしれませんね』


 その言葉に目を見合わせる僕たち。


『それでは、またいつか。死ぬのに、いつか、というのは変かもしれませんが』


 そんな言葉で、手紙は締められていた。


「誠子さん、本当に苦しかったんだね……」

 

 ぽろぽろと涙を流しながら、そう言う優美。

 もう、吹っ切ったと思うのに、僕も泣けてくる。


 ひとしきり泣いた後、僕は、優美と向き合う。

 ずっと支えてくれた優しい彼女に、言うべき言葉がようやく見つかった気がした。


「僕は、ずっと考えてたんだ。ずっと尽くして……いや、支えてくれた優美にどう想いを返せばいいのかって」


「……」


「でも、母さんの遺言を見て、わかった気がする。優美、これから、僕とずっと一緒に居て欲しい。そして、支えて欲しい。僕も、君を支えるから」


 悲しい場には似つかわしくないプロポーズの言葉。

 そんな言葉に目を白黒させたかと思うと。


「はい、喜んで。私も、ずっと、あなたを支えます」


 彼女は、泣き笑いの笑顔でそう応じたのだった。

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「罪」から始まる物語 ~あの日の誓いと今の誓い~ 久野真一 @kuno1234

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