「また、見つかっちゃった」

 それからゆいたちと男の子の幽霊は役割を交代しながら遊び続けた。いつの間にか日は傾き、空は赤く染まっていた。

「……もう帰らないと」

 唯がつぶやくと、ゆうは悲しそうに目をふせた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん、一緒に遊べて楽しかった」

「うん、僕たちもだ」

 あきらは強くうなずく。すると優の姿が少しずつ薄くなっていった。優は口を開くが、その声は唯たちの耳には届かなかった。だが感謝の言葉を伝えようとしていることは分かった。

 大丈夫、伝わっているよ。唯が笑いかけると、優の姿は完全に消え去った。

 明は言う。

「きっと優は不幸な事故で人知れず亡くなってしまったんだ。誰も見つけてくれなかった寂しさが、彼を霊魂としてこの世に留まらせたんだと思う」

「私たちと遊んだことで、寂しさは消えたのね」

「そう、彼がこの世に留まる理由も一緒に」

 明は目を閉じて、先ほどまで優が立っていた場所を通り過ぎた。

「温かい……」

 明はつぶやく。唯は微笑み、明の頭を背後から優しく撫でた。


 日は完全に沈み、唯と明は細いみちを並んで歩き出した。

「先生、ただしにはどう報告しよう?」

「怪談は嘘だったってことで」

 それがいい、と明は笑った。

「そういえば優君が現れた時、私が止めたにも関わらず、どうして明君は振り返ったの?」

「先生が既に振り返ってたから。一人で冥界に連れ去られるよりも、二人の方が寂しくないかなと思って」

「ふふ、ありがとう」

 やはりこの子は強く頼もしい、唯は満足げにうなずいた。

「僕も気になることがあるんだけど」

 明は一度言葉を止め、再び口を開く。

「――優が現れた時、なぜすぐに彼が幽霊だと気づいたの? たしか先生は彼の写真をしっかり見ていなかった。普通の子供と考えても良さそうなのに」

 唯は足を止めた。明は一歩前に出る形となり、唯の方を振り返った。

「実は優君のことをよく知っていたの。だから顔を見てすぐに分かったのよ」

「優は先生のことを知らないように見えたけど?」

 また余計なことを話してしまった、と唯は後悔した。でももう隠す必要はないか。恐怖は去ったのだから。

「何もおかしくないわよ。私が優君のことをよく知っているだけで、彼は私のことを知らないのだから」

 意味が分からない、という表情で明は首をかしげた。

「数年前、通学路で優君を見かけた時、どうしてもお友達になりたいと思ったの」

 唯は目を閉じて当時のことを思い出す。

「後ろからそっと近づいて目と口を塞いだら、振り返ることもできずに動かなくなってしまってね。だから私は優君のことを知っているけど、彼は私のことを知らない。ほら、何もおかしくないでしょ?」

 唯はくつくつと笑った。

 明は彼女から目をそらし、正面を向いた。周りに人の姿はなく、大通りまでは距離がある場所だった。

「あの怪談話が広まってからすごく怖かったの。優君が私を恨んでいたらどうしようって。ほら、小説とかだと幽霊って恨んでいた相手に復讐しようとするでしょ? でも今日やっと安心できた。優君は何も覚えておらず、遊びたいだけだったんだもの」

 唯は明の様子をねぶるように見た。幽霊が現れても平然としていたはずだが、彼の体は小刻みに震えていた。

「先生ね、転校してきた時からずっと明君を目にかけてたの。あなたはかわいいだけでなくとても強い。優君よりも長く遊べそうで嬉しいわ」

 唯はゆっくりと明に近づく。

「遊んでる間に死んでしまったら私を恨むかしら? ふふ、私は平気よ。幽霊になったとしても私に触れることさえできないのだから。そんな存在、もう怖がる必要ない」

 唯は自分の黒く長い髪が風に揺れるのを見た。まるでからすの羽のようだと思った。夜の闇と見分けがつかない。

 明の背後から、唯はそっと耳元で語りかける。


 ――あーそびましょ。


 だがしばらく待っても明は振り返らなかった。

 唯は待ちきれずに明に向かって手を伸ばす。そして彼の目と口を優しく塞ぎ終えると、歓喜の鳴き声を上げた。

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烏と一緒に還る路 篠也マシン @sasayamashin

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