転
「あんな屁理屈をこねるなんて」
帰り道、
あの後、明が親や唯と一緒に登下校していることを知った正は、苦し紛れに言った。
『大人が一緒だから幽霊も手を出さなかったんだ』
挑発された明が一人で帰ると言い出したので、唯はとても心配になった。かわいい生徒が本当に消えてしまったら大変だ。そこでお互い離れて歩くことを提案し、明を説得したのだった。
「私たち、他人同士に見えるわよね?」
唯は電線に止まる
細い
(あれ?)
路の上、唯は明から伸びる影に違和感を覚えた。不思議なことに二人分の影が見えている。
「どうかした?」
「うん、ちょっとね」
唯は曖昧に返事をした。明の背後に誰かが立っているのだろうか。その時。
――あーそびましょ。
唯の耳に幼い男の子の声が響いた。明の声ではない。もっと幼く、例えば――小学三年生ぐらいの男の子の声。
「先生、今の声……聞こえた?」
唯はうなずく。明は唯の方を向いたまま立ち止まる。
「僕の後ろ、何が見える?」
この角度からだと唯には影しか見えない。唯は体を横にゆっくりと傾けていく。
(まさか)
明の陰から、それはゆっくりと正体を現す。背中に冷たい虫が這いずるような感覚を覚えた。
「あの子はっ……」
唯は悲鳴を上げるのをなんとか堪える。
「――明君、絶対に振り返ってはだめ」
唯は明に近づく。恐怖に駆られていたが、かわいい生徒を守らなくてはいけない。だが明は好奇心を抑えられないのか、後ろを振り返ろうとした。
明を止めようと唯は必死に手を伸ばすが、一瞬早く明は振り返る。そして唯と明は、それをはっきりと視認した。明よりも頭一つ小さい、見覚えのある男の子だった。
「
唯の呼びかけに男の子はにこりと笑う。
「あれれ? 大人もいたんだ。まあいいや、みんなでかくれんぼしようよ」
「何を言って……」
明の言葉をさえぎるように、男の子は言う。
「まずは僕が鬼役ね。十数える間に隠れて」
男の子は両手で目を隠して数を数えはじめた。何が起きているのだ。唯は激しい混乱に陥った。
六ー、五ー、四ー……。
数字がゼロに近づく。その時、明が叫ぶ。
「隠れるんだ!」
唯は明に手を引かれ、訳も分からず空き家に向かって駆ける。変形した門の隙間に体を滑り込ませ、敷地の中へ足を踏み入れた。
「あれは行方不明になった優という男の子に間違いない。記事で見た写真と姿がまったく同じ――つまり死んで幽霊になったと考えざるを得ない」
明の言葉に唯はうなずく。建物の裏側に回り込んだ唯たちは、壁を背に息を整えていた。
「でも聞いてた怪談とは違い、振り返るだけで冥界に連れ去ったりしないようだね」
明は淡々と語った。
「どういうこと?」
「きっと条件があるんだと思う。優が遊びをはじめたでしょ?」
「かくれんぼをしようって言ってたわ」
「おそらく、彼に見つからなければ助かる」
そうかもしれない、と唯は同意するようにうなずく。
明に握られた手は温かく、唯は少しずつ落ち着きを取り戻していった。何歳も年下のこの男の子がとても頼もしく感じられた。
既に十秒以上経った。優は唯たちを探しに家の敷地内に入ってきているだろう。唯は耳を澄ますと、右手から土を踏みしめる音が聞こえた。
「僕たちは彼が来る方向の反対側へ逃げればいい。そうして家の周りを逃げ続けていれば、決して見つかることはない」
明に手を引かれて逃げようとした瞬間、唯は気づく。
「待って。足音が聞こえなくなったわ」
「……こちらの作戦に気づいたか」
唯たちは建物の角へ近づく。足音はやはり聞こえない。唯が角の向こう側を覗こうとすると、明に静止された。
「もし彼が立ち止まっているだけなら見つかる。これを使おう」
明はポケットからスマートフォンを取り出した。カメラアプリを起動し、スマートフォンだけを建物の陰から出す。優がいたら、心霊写真のようにカメラに映ると考えたのか。唯は明の冷静さに驚いた。
「……いない」
カメラには荒れ果てた庭が映っているだけだった。左の方から回り込んでくるつもりかもしれない。唯が確認しようと振り返った瞬間。
――みーつけた。
頭上から聞こえる声に唯は動きを止める。
静かに視線を上げていくと、それが見えた。逆さになって壁にはりつく人間の子供。顔だけが唯たちの方へしっかりと向けられている。異様な光景に、唯は悲鳴を上げることすらできず崩れ落ちた。
優は壁から離れるとくるりと回転し、地面に着地する。唯は強く足を叩くが、震えたまま一歩も踏み出せない。
「先生っ!」
優の手が唯に伸びる。明が唯の手を引き逃げようとするが、間に合わない。このまま消えてしまうのか、唯は涙を浮かべた。だが優の手は何の感触もなく唯の体をすり抜けた。
「タッチ。今度はお姉ちゃんが鬼だね」
優はいたずらっぽく笑った。そして唯から離れ、建物の角を曲がって姿を消した。
「どうなってるの……?」
優に見つかっても唯は冥界に連れていかれなかった。それに彼は唯に触れることもできないようだ。
「――追いかけてみよう」
明が言った。唯は体の震えがすっかり収まっていることに気づいた。
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