烏と一緒に還る路

篠也マシン

 ――あーそびましょ。


 通学路を歩いていると背後からそう声をかけられるらしいぜ、と得意げに話す声が聞こえた。

 クラスの担任であるゆいは教室を見渡す。先ほどの声はただしに違いない。

「それで、その後どうなるの?」

 答えたのは最近転入してきたばかりのあきらだ。

「振り返るとそこにいるのは子供の幽霊。そのまま冥界に連れ去られてしまうんだ」

 クラスでもリーダー格の正は、新参者を脅かそうとしているのだろう。唯は慌てて二人に近づく。

「その話は止めなさいと言ったでしょ」

「転校生にうちの学校を詳しく紹介していただけさ」

 正はにやりと笑った。

「先生、気にしないで。僕はこの手の話は一切信じないから」

 明は平然と答えた。正は明に耳打ちする。

「……実はな、先生ってこの手の話がだめなんだ」

 唯は顔を青くして震えていた。正に怪談話が苦手なことを知られてから、唯は彼によくからかわれていた。

「正、話は終わりにしよう。先生が怖がってる」

「ははん、さてはお前も怖いんだろ?」

「小学六年生にもなって馬鹿馬鹿しい。幽霊なんているわけない」

「いないと証明できるのか?」

「できるね。君たちは五年以上通学して来たはずだけど、冥界とやらに連れ去られた友達はいるかい?」

「たしかにそんな友達はいない。でも幽霊が現れるのは決まった通学路だけなんだよ。君だけが通っているあの道さ。あそこの地区は子供がおらず、何年も通学路として使われていなかったんだ」

「じゃあ僕がその怪談が嘘だと証明してやる」

 明と正が白熱するにつれ、唯の震えは大きくなっていく。だがそれは恐怖によるものではなく――。

「いい加減にしなさいっ!」

 唯の怒声が教室内に響いた。


「本当に苦手なんだから、もうあの話はしちゃだめよ」

「うん、気をつける」

 帰り道、唯と明は並んで歩いていた。

 唯の勤める小学校は集団での登下校が基本だが、この通学路を使う生徒は明だけだ。明は両親と登下校しているが、共働きで忙しいため一人で帰らなくてはならないこともあった。そんな時、唯は明を送っていくことにしていた。

「先生が送っていることは内緒ね。明君だけ特別扱いしてたら怒られちゃう」

「分かってる」

 大通りをそれると、田畑の間をぬうような細いみちに変わる。電線に止まっていたからすが二人を迎えるように鳴いた。この通学路でも特に人気がない場所だ。

 しばらく進むと、路の脇にひっそりと建つ古びた家が見えてくる。空き家になって何年も経っており、庭は荒れ果て壁には亀裂が入っていた。変形した門には、人一人なら通れそうな隙間が空いている。

「僕は幽霊の存在を信じてないけど、いかにも出そうだね。この家のせいであの怪談ができたのかな」

「そうかも。数年前、ここに住んでいた男の子が下校中に行方不明になったのよね」

「……詳しく教えてよ。怪談の謎を解く手掛かりになるかもしれない」

 余計なことを話してしまった、と唯は後悔した。怪談の話はもうこりごりだ。

「よく知らないの。まだ先生になる前のことで教え子ではなかったし」

 明は残念そうにうつむく。

「怪談の謎が解ければ、先生が怖がらずに済むと思ったのにな」

「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいわ」

 唯が顔を近づけると、明は頬を赤らめた。唯は思わず微笑む。背伸びしたくなるかわいい年頃だ。


「先生、話があるんだ」

 数日後の放課後、唯は教室で明に声をかけられた。背後には正の姿も見える。

「いいけど……何の話かしら?」

 明は満足気にうなずき、口を開く。

「転校して数か月、毎日あの通学路を通っているけど、やっぱり幽霊は現れない」

 正は肩をすくめる。

「幽霊にだって都合はあるだろうさ。それに怪談が存在するということは、何かあるに違いない。ほら、火のない所に煙は立たないというだろう?」

「僕もそう思う。だから調べてみた」

 明はスマートフォンを取り出す。

「……持ち込み禁止の物を堂々と出さないでくれるかしら」

 唯はため息をついた。

「授業も終わってるし、大目に見てよ。それよりこの記事を見て」


 ――十三日、小学三年生の男子児童が下校中に行方不明となっていることが分かった。県警は付近を捜索をしているが、発見には至っていない――。


 スマートフォンには数年前の新聞記事が映し出されていた。唯が先日話したことを元に、インターネットで詳しく調べたようだ。

「行方不明になったのはゆうという名の男の子。あの通学路の途中に建つ空き家に住んでいたんだ。有力な目撃情報もなく、結局見つからなかったらしい」

 記事には男の子の写真もそえられていたが、唯は恐ろしさのあまりそれを直視することができなかった。

 正はにやりと笑う。

「幽霊の仕業だ。怪談が真実である証拠だよ」

「正は単純だな。この街で起こった子供の行方不明事件を調べたけど、この一件だけだった。つまりこの事件が人に伝わっていく過程で、あの怪談に変わったんだ」

「……でも男の子は見つかってないんだよな。幽霊に連れ去られた可能性は残ってる」

「たしかに可能性はある。だが不幸な事故にあったと考える方が自然じゃないか?」

 正は悔しそうに目を伏せた。

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