第7話 黒部渓谷

 3日目。自分でかけた目覚ましで起きると、やはり綾瀬は既に身支度を整えていた。結局寝ている綾瀬を見られずじまいだった。ちゃんと眠ってたんだろうか。心配になるくらい、きちんとしていた。

「あ、おはようございます。」

俺が起き上がると、綾瀬は俺を見てそう言った。顔を見たら、微笑んでいたので、ひどく安心した。昨日あんな事を言ったから、怒っているかもしれないと多少気にしていたのだ。

「おはよう。今日も早いな。」

俺がそう声をかけると、綾瀬は何も言わずにニコッと笑った。やっぱりイケメンだな。

 宿をチェックアウトし、高山駅からJR高山本線に乗る。9時40分発猪谷行きに乗り、10時48分に猪谷駅に到着。10時51分発の富山行きに乗り換えて、11時40分に富山駅に到着した。

 まずは富山新幹線に1駅分だけ乗る。新幹線は12時19分までないので、その前にまた「とやマルシェ」へ行き、弁当を買った。今日はちゃんとした昼食をここで調達しなければならない。弁当を買い、12時19分発の「はくたか」に乗った。次の駅、黒部宇奈月温泉駅には12時31分に到着した。

 黒部宇奈月温泉駅を出て、向かい側にある富山地方鉄道新黒部駅まで歩いた。そこで切符を買い、これまたバスのような電車に乗り込む。富山地方鉄道本線、宇奈月温泉行きの電車で、終点宇奈月温泉駅へ。所要時間は29分である。この間に弁当を食べるのだ。

 電車はボックス席になっており、4人掛けのところに綾瀬と向かい合わせで座った。が、次の瞬間綾瀬が俺の隣に移動した。まあ、二人で進行方向を向いて乗って行ってもいいか。

 弁当を食べたり、車窓の写真を撮ったりして、午後1時13分に宇奈月温泉駅に着いた。そこから歩いてトロッコ電車の駅、黒部峡谷鉄道宇奈月駅へ行った。あまりにぎやかとは言えない町の中を歩いたが、宇奈月駅に入ってみると、思いのほか新しく、近代的な雰囲気で驚いた。周辺とのギャップがすごい。しかも、トロッコ電車の切符はWeb予約可能で、既に二人分の切符は予約済み。スマートフォンでQRコードを見せればOKという、最先端な感じなのであった。

 だが、トロッコ電車はまだまだレトロ感がある。車両は決して古くないのだが、線路は古い。トロッコ電車なので、天井と柱はあるものの、壁がない。走り出すと風が気持ちよい。

 音は激しい。昨日の雨で黒部川は増水しており、綺麗な色ではなかったが、山の緑と川のエメラルドグリーン、そしてどんより曇ったブルーグレイの空は、何とも幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「うん、こんな天気も悪くないな。」

俺はそう言って、写真を撮った。

 終点の欅平駅まで行って、下車した。ここまで犯人が逃げて来るという設定にしようか、と思っている。人喰岩と呼ばれる壁や、河原の足湯を見に行こうという事になっていた。

 河原へ降りていくとき、足元がかなり悪く、グラグラする石の上を歩かなければならなかった。俺はスニーカーだからいいが、綾瀬は革靴を履いていた。俺の前を歩いて下っていた綾瀬が、バランスを崩して後ろに倒れて来た。

「うわ!」

何とか抱き留めた。何せ足元がグラグラするのだ。支えてなおかつ自分も倒れないように踏ん張ったのだから、楽ではない。

「大丈夫か?」

俺の腕に倒れ掛かった綾瀬を見ると、綾瀬の瞳が大きく揺れていた。

「ん?どうした?」

「あ、すみません、僕、あの。」

「ジタバタするな。ゆっくり立て。」

綾瀬は俺の腕にしっかり捕まって、やっと立ち上がった。

「やっぱり、これ以上下りるのはやめよう。帰りの列車に間に合わなかったら困るからな。」

俺はそう言って、引き返した。綾瀬が転ぶと困るので、綾瀬の腕を掴んで上った。


 帰りのトロッコ電車は、来た道を戻るだけなので目新しさもない。本来はここへ来たら途中の温泉宿にでも泊まるのがいいのだろう。だが、今日はもう東京に帰る日だ。ガタゴトと揺られながら、最後のシーンの構想を練った。

 無事、富山地方鉄道で北陸新幹線の駅、黒部宇奈月温泉駅に戻る事が出来た。午後6時頃である。ここから「はくたか」に乗る。また夕飯になるものを買って新幹線に乗る事にした。だが、あまりちゃんとした食事が売っていない。土産物屋とコンビニのような店しかない。ここは調べていなかった。新幹線の駅ならば駅弁くらいは売っているものと考えていた。仕方なくおにぎりやパンなどを買った。そして、宇奈月ビール3缶セットを買った。これは土産物屋で売っていたのだ。富山の地ビールだという。

 午後6時45分発の「はくたか」に乗った。綾瀬と二人で隣同士である。もちろん。

「綾瀬、どれがいい?」

3缶セットは「アルト」「ケルシュ」「ボック」の3種類で、缶はそれぞれ赤、青、紫と色分けされていた。そして、トロッコ電車のイラスト付き。

「わあ、可愛いですね!」

意外に綾瀬が喜んでいる。

「どれがいいか分からないです。」

だが、選ばない。

「じゃあ、ケルシュを飲め。俺もそれ以外は聞いたことがないから。」

適当にそう言って、青い缶を綾瀬に渡した。そして、俺は赤い缶、アルトのブルトップを開けた。綾瀬もケルシュのプルトップを開ける。

「世話になったな。お疲れさん。」

「お疲れ様でした。」

二人で静かに缶を合わせ、飲んだ。変わった味だが上手い。

「どうだ?」

「美味しいです。」

食べたり、飲んだりしながら、今回はどうだった、こうだったと何となく話す。車窓は真っ暗。もう取材も終わりだ。2缶目を開けて窓の外を見ながら飲んでいると、いきなり肩が重くなった。

「ん?どうした?」

振り返ると、綾瀬が俺の肩に頭を乗せている。顔を覗き込むと、眠っていた。

 初めて、寝顔を見てしまった。

 綾瀬が、俺の事を本当のところどう思っているのか分からない。だが、今日転びそうになった綾瀬を抱きかかえた時の瞳とか、夕べ俺の事を好きなのかと聞いた時の驚いた顔とか・・・。

 あ、やばい。・・・俺の方がハマっちまった。この青年、綾瀬蓮に。


 ガタンゴトンと列車は走る。俺の心はこれからどこへ向かうのか・・・。

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取材旅行と恋のポエム~飛騨高山編~ 夏目碧央 @Akiko-Katsuura

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