第19夜「クリスマスと初詣」(中)

 国営ゆうひなか海浜公園。

 まだ夕方5時だというのに日もどっぷり暮れ、イルミネーションを見にきた多くの人で賑わっていた。まばゆいLEDをまとったトナカイとサンタクロースに出迎えられて奥に進むと、星がばらまかれたような光のお花畑に出る。

 

 思わず「わぁぁ……」と声を失うキョウカに、スバルは「フフフ」といつもの通りイタズラっぽく笑いかけた。

 青白い光の粒に覆われた丘には、白や緑のイルカやウミガメがジャンプする。幻想的で、すこしコミカル。遠くには、派手な色使いの竜宮城とライトアップされた大きなクリスマスツリー。


「――寒いね。キョウカ大丈夫? 今日はようかん忘れてきちゃったよ」

「アハハ。『神が作り給うた完全な菓子』ですね!」

「アレ? 知ってたの?」

「あ、ユキくんから。ほらあそこ! おしるこありそうですよ? 食べません?」

「いいね」


 茶店で暖をとった2人は、おしるこをすすりながら「全然クリスマスらしくないね」なんて笑った。キョウカはどこか物足りない表情。別に、七面鳥の丸焼きが食べたいわけでも、プレゼントを交換したいわけでもないのだけれど。

 もちろん、今日は夢にまで見た先輩との2人きりのデートだ。しかも、クリスマスイブ。楽しくないはずがない。

 それはそうなのだが、キョウカはどこか浦島太郎のような気分だった。しかも、勝手にタイムマシンに乗せられて、まったく知らない未来に連れてこられたみたいな


 ――私がいる今は、4月の私が望んでいた未来なんだろうか?


 キョウカは両手に持った湯呑を覗き込み、残るお茶の水面を眺めた。どこかで何かを間違えたせいで、この未来にたどり着いてしまった気がした。


 キョウカは思い立ち、わらにもすがる思いでレネのデータのことをスバルに打ち明けた。

 コピー不可のデータが月面基地に取り残されていること。月面望遠鏡の観測データのせいでレネのデータは押し出されて削除されてしまうこと。

 そして、タイムリミットが4月25日だということまで、洗いざらいを話した。


「先輩。月面基地のハッキングとか、できたりしないですか?」

「ハハ、過激だな。どんな防壁があるかも分からないのに? とりあえず、ユキに相談してみれば? そういうの、得意でしょ」


 データを1日でも長く月面基地に留めたい。

 4月25日だけでも観測をしなければ、その分、1日猶予ゆうよができる。良い方法が見つかる可能性も1日分増える。でも、そのためにはスバルから観測時間マシンタイムを返してもらうしかない。


「先輩、月面望遠鏡、やっぱ使いたいですよね?」

「うん? 観測計画、もう提出しちゃったよ? 勝手にやっちゃ、まずかった?」

「あ、いや、いいんです。先輩にプレゼントしたものだから」

「フフフ。大丈夫?」


 イルミネーションの花畑を空から見よう、というスバルの勧めで2人は観覧車に乗ることにした。ゴンドラの中の空気は冷たかったけど、乗り場で貸してくれたひざ掛け毛布で、寒くない。

 クリスマスイブの観覧車に2人きり。キョウカは「ああ、今日キスされるんだな、私」なんてぼんやり思いながら、スバルの向かいにちょこんと座った。


「こないだの、考えてくれた?」

「え? 天文部の部長、のことですか?」

「うん」

「あぁ、えっと……。まだちょっと迷ってて……」


 スバルはニコニコした表情のまま、しばらくキョウカの瞳を見つめた。何か、言葉を発するタイミングを見計らうかのような沈黙が流れる。


「――フフフッ。はい、合格! 優柔不断、大切だよ」

「先輩、あの……」

「キョウカ――」


 ああ、ほんとうに、キスされるんだな、とキョウカは目をつむり、スバルの唇を待った。


 ――さあ、これが待ち望んでいた破滅だ。来るならこい。


 ゆっくりと動く観覧車。ゴンドラはもう一番上まで来ただろうか。


 さっきまで向かいに座っていたスバルは、いまはキョウカのすぐ隣にいる。

 目は優しく閉じたまま、少しだけ顔をあげるキョウカ。


「オーロラだ!!」


 突然のスバルの声にキョウカは目を開け、慌てて窓の外を見た。


 真っ暗なはずの夜空が妙に明るい。よく見ると、真紅しんくのステージカーテンが夜空を覆うように揺らめき、イブの夜を厳かに演出している。まだ幕は上がっていない。

 そよ風に吹かれたようにカーテンは波打ち、その表情を刻一刻と変化させた。炎のようにボワッと燃え広がって幕開けを予感させたそばから、黒いレースに着替えた黒衣になって夜空に消えた。


「うわぁ……初めて見た! ――きれい」


 クリスマスにぴったりの、赤いオーロラ。揺らめくたびに色が変わり、キョウカの目を楽しませた。紅、珊瑚珠色、緋色、葡萄色えびいろ。ワインレッドにスカーレット。

 幾重にも連なるカーテンの縁は金色に輝き、空の彼方まで光芒こうぼうが走っている。気まぐれの何本かは、矢のように観覧車めがけて落ちてくるように見える。


 どこまでも淡く、どこまでもはかないい、夢のような夜空。隣には先輩。やっぱり今日は特別な日になった。


 スバルはスマホで何かを確認すると、キョウカの手をとって言った。


「さ、今日はもう帰ろう。家まで送るよ」


 スバルは何かから逃げるみたいにして、夜空をしきりに気にしながらゴンドラを降りた。

 甲高いエンジン音を上げて、心なしか急いでいる気がする帰りのバイク。高空からどこまでも追いかけてくる赤いオーロラは、まだ今夜を幕引きしたくないみたいだ。

 スバルの背中でモジモジと過ごしたキョウカは、ヘルメットの中で「初詣、一緒に行きませんか?」とだけ告げた。


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