第19夜「クリスマスと初詣」

第19夜「クリスマスと初詣」(上)

 12月24日。なんてったってクリスマス。今日は特別な日になりそうだ。


 その日の授業が終わりいそいそと帰宅したキョウカは、とびきり可愛い白ニットのタートルネックに着替え、スバルを待った。スマホが鳴って〈今日はスカートはダメだよ〉〈髪型はお団子は不可〉〈荷物は最小限!〉なんて謎のメッセージ。

 

 ――よくわからないけど、冷えるからって心配してくれてる? 


 さすがに今日は、天体観測というわけではなさそうだ。スバルがお団子頭にトラウマでもあるのかと思い込んだキョウカは、〈少し幼さの残る後輩〉を演じるため、オーバーオールとポニーテールにきめた。


 メールの謎は、すぐに解けた。


 キョウカの自宅前に颯爽さっそうと現れたのは、優等生的な雰囲気のバイクにまたがったスバル。ミッドナイトブルーのボディに、むき出しの4気筒エンジン。丸目の一灯ヘッドライトがカッコいい。

 教習所のバイクみたいに安定志向な趣の、長年変わらぬ愛されデザイン。

 スバルは濃紺のジーンズに、短め丈の灰色のPコート姿。ヘルメットをとると、いたずらっぽく「にぃ」と八重歯を見せて笑う。


「おまたせ」


 スバルは慣れた様子でキョウカに真新しい白いヘルメットを手渡した。キョウカはそれをぎこちなくかぶり「だからお団子はダメだったんだ!」と納得する。スカートがダメで、荷物が最小限なのも、ぜんぶ謎は解けた。


「あ、そうだ、お父さんは?」

「え? ああ、遅くなるって言ってあります。エヘヘ」

「そう。んならいいけど」

「それに、お父さん今夜は研究所にカンヅメで遅くなるみたい。こんなに晴れてるのに、朝から天気予報ばっかり気にしてて。変ですよね? アハハ」

「ハハハ。何だろうね?」


 ヘルメットの中で「さ、行こうか?」とスバルの低い声がする。インカムが入ってるらしい。促されるままに少し高い後席に座ると、ふかふかとクッションが効いている。

 バイクのことなどほぼ何も知らないキョウカ。彼の説明では、このバイクは見た目は何年も変わらないのに、中身は運転支援AIやハイブリッドなど、最新のテクノロジーがぎっしりと詰め込まれているらしい。学校の望遠鏡と同様に、よく手入れされている。


「えっと……どこにつかまれば……?」


 キョウカがキョロキョロしていると、スバルが「はい、ここね」と言ってキョウカの手を掴み、自身の腰にまわした。キョウカは手をぐいっと引っ張られ、スバルの背中にヘルメット越しに顔をつける形になる。


 ――わっ、わっ! 近い! 先輩との距離がゼロだ。ていうか、ずっとくっついてなきゃいけないの? 恥ずい……。


 もう体全体をスバルに預けるようにして、彼の背中に胸までぴったりとくっつくキョウカ。すごく恥ずかしいんだけど、いったん走り出したら手を離すわけにもいかない。ウミガメにしがみつくみたいに、じっとしているしかなかった。


「先輩、このバイク?」

「ああ、バイトして買った。16のとき免許とってすぐ」

「バイトって、例の、ですか?」

「そう。超新星爆発の画像分類。意外と割がいいんだよ。今度キョウカもやってみる? ハハハ」


 16歳になってすぐにこんなバイクが買えたってことは、超新星のバイトは中学の頃からやっていたということになる。そんなに割の良いバイトなら試してみようかな、なんてキョウカは思わないでもなかった。マニアックすぎるけど。

 後ろで地蔵のようにじっと固まっているキョウカに、スバルは優しく声をかけた。


「後ろ、怖くない?」

「……うん、だいじょぶみたいです」


 空より蒼いミッドナイトブルーのバイクで、海沿いの旧道を流れるように進む。冬の冷たい海風を優しく切る、スバルの気遣いに満ちた運転。歌うようなエンジン音。

 インカムでいくらでも話すことができるのに、キョウカはスバルの背中と穏やかな太平洋ばかりを見てモジモジと過ごした。見慣れない景色に「海ってこんなに近かったんだ……」なんて呟きながら。



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