第14夜「夢と現実」(下)

〈SSH高校生2人組、快挙! 月面ローバーのAIプログラム正式採用〉

〈月面ローバーAI 高校生のプログラムが世界最高性能〉


 2学期が始まって間もなく、新聞やウェブのニュースに、2人の快挙が連日報じられていた。

 課題5のプログラムを送信してから2週間ほど経った頃、レネからの急なメールを受信するとすぐ、2人は顧問の得居とくいに報告した。

 2人が訓練したAIは研究所の安全検査と性能審査を通過し、月面ローバーのAIプログラムの一部として、正式に組み込まれることが決まったのだ。

 これは世界的に見ても、きわめて異例のことだった。


 得居はすぐに事の重大さに気がついた。しかし、月ノ波高校ツキコウ理科部は〈科学の甲子園〉に出場するも入賞はなく、全国規模の報道など対応したことはなかった。

 この話も、最初はどこからか聞きつけたのか、地元の新聞社が高校を訪れ、小さな記事にしただけだった。しかし、それを見た有名研究者の1人がSNSで褒め称えると、多くのメディアが殺到。2人は一躍、時の人となった。


 高校にも沢山の取材が押し寄せ、不慣れな得居と校長は嬉しい悲鳴をあげた。新入生募集パンフレットからファッション雑誌のリケジョ特集まで、各方面に2人の写真も流れた。


 キョウカは、誠実さを感じさせる長い黒髪に、責任感のある犬顔。いわゆる美少女というのではなかったが、自分の顔立ちが気に入らないわけでもなかった。だから、写真を撮られることにも、あまり抵抗はなかった。

 しかし、さすがの量と拡散速度には辟易へきえきしていた。「もう、普通の女の子に戻ります!」なんて言いたくもなる。

 ユキの方は、被写体になるのはあまり得意ではないようだったが、レネの課題や、プログラムの工夫をわかりやすく説明するものだから、新聞記者に気に入られていた。


 2人は取材の嵐を避けるように、夜の理科室に逃げ込んだ。ここは2人とっては楽屋のようなものだ。月面基地の舞台に立つ前の控室、かつ、気のおけない友人と談話する休憩スペースでもある。

 いつになく上機嫌なユキは、キョウカをからかうようにして褒めた。


「よ、有名人!」

「アハハ。ユキくん。やめてよー」

「ねぇ聞いて。昨日、お父さんに褒められちゃった! 『開き始めた可能性の華を大事に育てるんだよ』だって」

「ハハハ。うん、いい花が咲きそう。あぁ、そうだ! 月光賞、今年は特別にもう発表。理科部に決まりだってさ!」

「え!? ほんと?」


 月光賞は、その年に顕著な業績を上げたに贈られる賞で、教員と外部専門家からなる推薦委員会により決定される。例年11月に行われる文化祭の最終日に発表される習わしだったが、今年は2人の快挙により、理科部に当選確実マークがついたらしい。

 著名な科学者であるキョウカの父は外部推薦委員にもなっており、彼の強い推薦もあったのかもしれない。


「さっき霜連しもつれさんにも確認した。どうやら本当みたい」

「すごい!」


 キョウカには、自分たちの成し遂げたことが、なんだか他人事のように思えてきていた。無人で無音の月面基地、実体のないAIのプログラム、月と地球を結ぶ蜘蛛の糸のようなレーザー通信。そのどれもが、地に足つかず、ふわふわとした夢の中の出来事みたいだ。


 2人の会話はあるときピタリと止まる。それは無理もない。

 5つの課題をクリアした今、2人が理科室に来てするべきことは何もなかった。


「ねぇ見て、雑誌って上手いね。私たち、トリオだって?」

「え!? どういうこと?」


 雪はそのままユキ。月は〈月面基地のがくや姫〉なんて呼ばれているレネ。花は京華きょうかの華だそうだ。


「なるほど、ね」

「ハハ……」


 こうやって、いくら夢の世界に話題を注入しても、それはいつのまにか霧と消える。

 それどころか、2人で一緒にいる意味さえ、もはや消えかかっていた。2人は次第に、どうしてこの関係が始まったのかを思い出すようになり、打算関係の終わりが近づいていることを理解していった。

 忍び寄る別れの予感に押しつぶされそうになりながら、キョウカはユキに尋ねた。


「これから、どうする?」

「ん?」


 キョウカは、この数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。

 少し前に、彼に対するこの気持ちに〈好き〉という名前を与えてみたものの、今はどうもしっくりこない。

 尊敬、信頼、感謝などなど。言葉にならない感情がたっぷりつめこまれた、名無しの想い。キョウカはそれを、名無しのまま胸に秘めて過ごそうと決めた。


 ――だって、ユキくんはレネさんのことをとても大切に想ってる。私は、相応しくない。


 ユキが本当のところ、どう思っているのかは、キョウカにはわからなかった。きっと「キョウカは今でも羽合はわい先輩に一筋で、自分との関係は打算でしかない」なんて、決めつけてでもいるのだろう。

 しかし、夢はいつか覚める。


「俺、竹戸瀬たけとせさんに伝える。10月、渡米してしまう前に」

「……そっか。じゃあ、私もちゃんと、羽合先輩に、言う」


 目覚めたばかりの2人が寝ぼけまなこで掛け違えたボタンは、きっと自分たちで元に戻せなくなっていく。

 明けない夜は無いけれど、何晩経っても世界はそのままだ。現実と向き合うより、ほかはない。

 キョウカはとっさに思いついたことを、さも前々から考えていたように口にした。


「せっかくだからさ、同じ日にしない? いいよね?」

「?」


 首をかしげるユキを横目に、キョウカはスマホを取り出してカレンダーをタップ。10月1日に黄色い星印をつけた。


「決戦は10月1日。お互い、頑張ろう!」


 威勢のいい言葉とは裏腹に、キョウカは長い髪を耳にかけながら、弱気な笑顔を見せた。

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