第5夜「ババロアとぜんざい」
第5夜「ババロアとぜんざい」(上)
キョウカが夜の理科部に顔を出した翌日。
午前中の授業が終わると、キョウカはいつものようにカサネと2人で学食にやってきた。すでに沢山の生徒であふれ、皆思い思いの昼休みを消費している。
おしゃべりを食べに来ている女子の団体。大盛り無料日のため男子で賑わう麺類・丼ものの列。桜の見えるテラス席では、いつもの陣取り合戦が始まっている。
「昨日の夜はいろいろありすぎて……。よく分かんなくなっちゃった。理科部のことも、先輩のことも……」
キョウカはお盆を手に取ると「アヤちゃんも出ていっちゃうしさぁ……」と呟いてから、小さなため息をもらした。カサネはボブを揺らしながら「ハハッ。キョウカもそのうち慣れるよ」なんて笑って、その話題はここまで。
今日のメニューの展示されたガラスケースの前まで来ると、2人の恒例行事が始まる。
「さて、今日のデザートはなにかなー?」
カサネのこの一言から始まる、いつもの風景、いつもの2人、いつもの話。この後の流れもお決まりだ。
「ねぇ、どうしよ。今日はAランチが抹茶ババロア、Bがミニ白玉ぜんざいだって。私、たぶんこれ一生決めらんないよ」
キョウカが相変わらずの優柔不断をぶちまけていると、すかさずカサネが無茶な提案で応酬する。
「よーし、ここは両方いっちゃおう!」
「カサネぇ。だ、ダメだって。食べすぎだって……」
「じゃあどうすんのさ? キョウカの優柔不断が世界を救うんでしょ? これからは」
そう言うとカサネは少し長めのボブを揺らし、ケラケラと笑った。キョウカは、天文部の望遠鏡がアヤに売られてしまわないよう、必死でインターネット望遠鏡のアイディアを思いついた昨夜のことを思い返した。
先輩のことを考えれば、優柔不断の自分を変えられる、なんて思ったからだ。
「うーん。わかった。私Aにする。カサネはBにして? そんで、デザートをはんぶんこしよ、ね。それなら両方とも食べられるよ?」
「チッチッチ。キョウカくん。半分しか食べてもらえないババロアはどうなる? 両方に少しずついい顔するのは浮気って言うの。両方とも本気じゃない証拠。わかるかなぁ?」
「う……ん?」
キョウカはしばし悩んでガラスケース前を往復したあと思い立ち「白玉ぜんざいくん、バイバイ」と別れを告げ、Aの看板の下がるカウンターに向かった。
「もー。じゃあ今日はA!」
一方のカサネはBの列に並ぶと思いきや、キョウカを追ってAに並ぶ。
「あ、おばちゃん、私もAで。デザートに白玉トッピング追加ね」
――その手があったか!
「あら? こんにちは」
Aランチの待ち列でキャッキャ言いながらはしゃぐ2人の後ろに、静かにアヤが並ぶ。「アヤちゃんなら、Aを選ぶと思ったよ。同士よー」なんておどけるキョウカにむかって、アヤは冷静に続けた。
「昨日はごめんね。先、帰っちゃって。私、どうかしてた」
昼間のアヤは、昨夜見た彼女とは別人のように気弱な印象だ。キョウカにとっては、これこそが1年生のときに見慣れていたアヤの姿であった。
「こっちこそ、ごめんね。アヤちゃんは、いろいろ考えて言ってたのに、私、よく知らずに適当なこと言って」
「うん。それはいいの。そうじゃなくて――」
昨夜は自己主張して揺れていたアヤの2つ結びも、今はじっと身を潜めている。
「あの、もうこれ以上、スバルくんに近づかないでくれる?」
「えっ?」
一瞬何を言っているかよく分からず、キョウカはカウンターに出されたパスタを取り損ねそうになる。アヤは今にも泣き出しそうな表情だ。
◯
〈星の王子さま〉に向かうキョウカの恋路は、雲も月もない絶好の天体観測日和だと思っていたのに、急に暗雲がたちこめた。
「ライバル登場でお決まりの展開になってきたな」と顔をツヤツヤさせるカサネの左右で、アヤとキョウカは面接のように向かい合わせになり、無言でパスタを頬張っていた。
カサネが重々しい空気に耐えきれず、早々に口火を切った。
「アヤって
「――保育園から。でも、スバルくん、あ、羽合先輩も、私なんかと幼馴染だってまわりに知られたらイヤだろうし。誰にも言ってこなかったから」
「ふーん」
キョウカは心の奥が、少しズキズキとした。スバルくん、アーちゃん、って呼び合う仲なんだ――。
「幼馴染なんてうらやましいな。私だったら――」
「優柔普段のキョウカじゃ、どうしようもないと思うけどなぁ」
「むぅ。カサネ先生、手厳しい……」
キョウカはカサネとおどけることで、いつもの調子に戻ろうとした。2人の漫才のような会話をじっと眺めていたアヤが思い切った表情でキョウカに言った。
「それなの! 私、何でも1つの答えにまとめることに捉われすぎちゃって。でも、今日からもっと優柔不断、頑張るから。キョウカちゃんに負けないために!」
「?」
そうなのかな、その方向でいいのかな、とキョウカは心配そうな表情をしたが、アヤは意に介さず、そのまま突き進む。
「スバルくんの誕生日――7月7日までに、私、優柔不断をマスターするから。そしたら、スバルくんに、ちゃんと伝えるの!」
彼女は、決めたことを頑固に貫こうとする。
「大丈夫。私、いつだってこうしてきたから……」
たとえ、それが意味不明でも。
「え? え? ええええー」
目を丸くするキョウカをよそ目に「ごちそうさま。お先」とテーブルを後にするアヤ。あっけにとられ抹茶ババロアをちびちび食べているキョウカに、カサネが声をかける。
「ねぇキョウカっ!
「?」
「のんきに
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