第3夜「王子と姫」
第3夜「王子と姫」(上)
――はぁ。理系男子って、ほんとに穴場なのかな?
翌朝「こんなこと、誰に聞けばよいのやら」と落胆しながら教室に入り、キョウカが静かに席に付くと「おはよー」なんてカサネの声が聞こえてくる。
人の気もしれず能天気に声をかけてくる親友への返事もそこそこに、キョウカは窓の外を眺めて過ごすポーズを決めこむ。
そもそも、彼女が〈理系男子穴場仮説〉を提唱した張本人だった。
「あれ? 元気ないねキョウカ? 彼氏とケンカでもした?」
「だったら良いんだけどね、アハハ」
朝の定型文なら「そうなの聞いてよ。彼ったらね――っておいッ」とノリツッコミで応じるのだけど、今朝はそんな元気も出ずに低空飛行だ。
「寝不足?」
「……まぁ、そんなとこかな」
メールが読まれてしまったかどうか彼に確認するのも億劫になったキョウカは、今日はもう日向の机に不時着してひっそり過ごそうと心に決めた。
それを知ってか知らずか、カサネはキョウカのすぐ後ろの自席につき、窓の外を見つめるキョウカの背中を指先で「つんつん」とつついた。
「ねぇねぇ、そう言えば
「ちょ、ちょっと、声大きいよ! シーッ」
「先輩への片想いの秘密を知るのは親友ただ1人」なんていう旧説は、昨夜脆くも崩れ去ったのに、キョウカはいまだにまわりを気にしていた。
もちろん「皆言わないだけでクラスの大半に知れ渡っている」という可能性も捨ててはいなかった。このテの情報は、光よりも速く伝わるのだ。
「どう? って、どうもなってないよ。慎重に考え中なの!」
「またそんなこと言って。いつまでも優柔不断こじらせてると、先輩にカノジョできちゃうよ」
「うーん」
「だいたいね、2択がダメ。引いてダメなら足してみろ、っていうでしょ。こういうときは3択なの。わかる?」
カサネはいつになく明るい。こういう話は、彼女の大好物である。
「えー? そういうものなの?」
「そういうものなの! じゃ、いくよー」
――(1)コクる、(2)告白する、(3)想いを伝える。
「わ、私はカサネとは違うのっ。告白ってのはさ、もっと神聖な……」
キョウカは煙でも散らすように両手をブンブンと振ってその3択を消そうとした。
カサネは進路も部活も彼氏も、何でも二股をかけることで有名だった。文系と理系、軽音部と理科部、川端くんと湯川くん――いや、C組の小林くんだったかもしれない。
「だいたい、カサネはさぁ。部活も彼氏も浮気ばっかじゃん」
「エヘ。どっちも浮ついた気持ちじゃなく本気なのよ。どーれ、カサネ先生が恋愛の方程式の解き方を教えてしんぜよう」
そういってケラケラ笑うと、肩の少し上で切りそろえた長めのボブが舞い、カサネの細い首がのぞく。陽気な運動部キャラに似合わず、顔立ちも身体のラインも繊細の一言。ガラス細工みたいな見た目に似合わず、中身は面倒見のよい町内会のオバちゃんだ、というのが中学からの付き合いであるキョウカの評である。
――男の子って、こういうギャップに弱いのかな……?
〈理系男子ギャップ大好き説〉も、カサネの提唱するトンデモ理論の1つである。
しかし、これについては、いくつか傍証があった。キョウカも、天文部や理科部の部員が「エンケギャップ」だの「バンドギャップ」だのと話しているのを耳にしたことがある。意味はわからなかったが。
「先輩の気を引く何かがあれば、あと1歩だと思うんだけどなぁ……」
キョウカは少しうつむくようにして、首筋を流れてくるポニーテールの毛先を指でくるくるした。思い通りにならないときの、いつものクセだ。
「お、いい方向かも。何か思いあたるの?」
「うーん……そうだ! 入学式の日にさぁ」
「えぇ!? そこから?」
キョウカは、春の桜並木の下で初めて声をかけられたときのスバルの低い声を思い出そうとした。しかし、背中がくすぐったくなる、あの感覚をいくら蘇らせようとしてもできなかった。どうやら〈廃部寸前の天文部のただの新入生勧誘〉というカサネの強力な学説が上書きされ、もはや覆せなくなっているのが原因のようだ。
「そういえば昨日、アヤから聞いたけど、天文部、ついに廃部になったらしいよ。先輩、部長でしょ? ひょっとしたら、困ってることあるかもね」
「そうなんだ。知らなかった! でも、いきなり声かけたら変じゃないかなぁ……」
「そうかな? 大丈夫だと思うけど」
そもそも、羽合先輩に困りごとがあるなんて、キョウカには到底思えなかった。
「あー、どうしよう。悩むなあ……」
「あのさぁ、キョウカ。きっと、もう星の数ほどのコが告白してると思うよ?」
「むぅ」
キョウカはぐうの音も出ず、さすがに今回ばかりは「上手いこと言った!」とカサネに座布団をあげても良い頃だと思った。
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