第2夜「秘密と秘密」(下)

〈見られて困るメール 相手から隠す方法〉なんて今すぐ検索したいほど、キョウカは打つ手なしの状況をよく理解していた。こういうときは「攻撃は最大の防御」と決まっている。


 ――とにかくメールの話から遠ざからなくっちゃ。


「大学の先生のページと、月面基地のレーザー? 見てたよね。やっぱ男の子ってああいうの好きなの?」


 キョウカは適当な話題をふった。


「え? ああ。ちょっと調べてることがあってね」

「月面基地?」

「そうだよ。予定通り2026年に完成。2030年からは量子コンピューターも稼働してる。行ってみたいと思わない?」


 ユキは急に饒舌になって話し始めた。キョウカは宇宙や量子コンピューターにそれほど興味があるわけではなかったが、彼の熱心な説明はとても楽しそうで、もっと聞いていたい気がした。


「基地って、人が居るの?」

「いや、望遠鏡もあるけど、基本は無人だね。ローバーが沢山いて、地球から遠隔操作するんだ」

「そうなんだ。水城くん、こういうの好きなんだね。すごく楽しそう。アハハ。あ、ウェブサイト、なんか、SF版竹取物語って感じだった」

「SF? フフ。かぐや姫ってあだ名がついてるようなだからね」

「……人?」


 何かがおかしい、とキョウカは電話越しに首を傾げた。ユキは何かを勝手に諦めた様子で「まぁ、この際だから言うけど――」と口を開く。


「俺、竹戸瀬たけとせ礼寧れねさんのこと調べてるの。気になってるっていうか――」

「えっ!?」


 「いや、そっちじゃなくて、月面基地のほうなんだけど」と言いかけたが、キョウカは知る名前を耳にして、声をとめた。


 彼女は以前、父の研究室にいた大学院生で、キョウカも暑気払いやらテニス合宿やらで何度も会っていた。〈高校生のような破天荒な好奇心とAIのような冷酷な理詰めが同居する才女〉というのが父の評だった。

 卒業してすぐに研究室を構えるような理系女子リケジョの星。名もない県立高校2年生の男子が憧れるのは勝手だったが、あまりにも不釣り合いに見えた。


「ふーん。年上が好きなんだ。ふーん」

「いや、そういうんじゃないって」


 彼はあわてて訂正しようとするが、キョウカにこれ以上深堀りするつもりはない。次の話題があるわけでもなし、そろそろ引き際だ。


「……」

「……」


 会話が途切れた一瞬の真空に引き寄せられるようにして、ユキがつぶやく。


「――そういえばさ、證大寺しょうだいじさんこそ、羽合はわい先輩のこと気になってる?」

「な、な、な、な、なんで?」


 ――何かがおかしい。まさか……。


 親友しか知らないキョウカの秘密を、ほとんど話したこともない彼がどうして知ってるのか気になったキョウカは、うっかり自ら尻尾を出してしまった。


「え? まさか、メール見た?」

「メール? 見てないけど…… クラスの男子の間ではけっこう有名だよ?」


 ――しくじった。


 キョウカは、理系男子の意外な秘密を釣り上げてしまったことに油断し、秘密にしたいことを、むざむざと相手に明かしてしまったのだった。

 「年上が好きなんだ」というフリがよくなかったとキョウカが気付いたときには、時すでに遅し。


 しかし、とにもかくにも、黙っているのは「はいそうです」と応えているようなものだ。

 理系男子の直列な思考回路でも、それくらいは読めるでしょと思ったキョウカは、とにかく何か言おうと口を開いた。


「あ、えっと……」

「ごめん。俺が悪かった。――でもさ、お互いさまだよね?」

「え?」

「秘密、知られてしまったからには、仕方ないよね」


「仕方ないって、どういう意味だっけ……」なんてキョウカが言うのも聞かず、彼は「じゃ、また明日」と告げて電話を切ってしまった。


 ――理系男子が恋愛の穴場なんて、嘘じゃん!


 窓の外のおぼろ月は、春空の上の方で悠々と高みの見物をしている。

 その冷たい輝きは「そりゃそうだろうよ」なんて嘲笑しているみたいだった。

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