第1夜「理科部と天文部」(下)
「
「えっ?」
ユキは単に、部外者としての公平な意見が聞きたくてキョウカに尋ねたのだろう。しかし、先輩が困っている案件である以上、キョウカに公平なんて望むべくもなかった。
「うーん……」
――なんとかして、
たとえ望遠鏡があったとしても、部員1人の天文部では夜の理科棟に入れないので意味がない。かといって、夜間観測のためにスバルが理科部に入部すると、天文部は消滅し、理科部の資産となった望遠鏡は売られて無くなってしまう。
もちろん、理科棟は昼なら1人でも使えるが、それでは星が見えない。スバルは望遠鏡が使いたいのではなく、単に星を探したいだけのように思える。しかし、そうだとすると、やはり夜に望遠鏡を使いたいということになる。
キョウカがいくら複雑な条件を掻い潜って考えを巡らせても、いつの間にか元の場所に戻ってきていた。優柔不断と長年付き合ってきた彼女は、この手の問題の扱いには長けているはずだった。
冷たい夜風が半開きの窓から流れこんできて、思わずキョウカは窓の外を見た。誰も居ない夜の校庭が、蛍光灯で照らし出され、月面のように白く輝く。
――月。月面ローバー。水城くんのハイキング。月面望遠鏡……。
あっ。
キョウカはつい10日ほど前、ユキと2人で月面ローバーを遠隔操縦し、月を探検したときのことを思い出した。
「こないだね、月に行ってね、おっきな望遠鏡をみたの」
「え?」
カサネもアヤも、キョウカの突然の発言に目が点になる。
「インターネットから使えるんだって。だからさ、同じように、先輩の望遠鏡もネットに繋いで、みんなに使ってもらい、利用料を稼ぐってのはどう? あ、でも――」
「え!?」
「オンライン天文台か……。まてよ―― そうか!」
キョウカの「でも――」の続きは聞いてもらえず、ユキは瞬時に理解した要点に、キョウカの考えてもいないことを次々に付け加えていく。
「代わりに、海外の望遠鏡と観測時間を交換すれば、日本が昼でも観測できるね。それに、学校じゃ買えないようなのも使えるかもしれない。ナイス」
理系男子の目は、サンタクロースにお願いするおもちゃの算段をしているかのように、キラキラ輝いている。
「望遠鏡の
カサネもこの案に乗り気だ。肝心のスバルは「うーん、でもなぁ……」と1人でブツブツと考えてたかと思うと、低く通る声で急にキョウカを呼ぶ。
「キョウカ」
スバルは星の名前を呼ぶように、皆を最初から下の名前で呼び捨てにする。
「は、はい!」
――怒られる!?
キョウカは目をギュッと閉じて背筋を張り、声を待った。
「――いいと思うよ。『でも』何か迷ってる?」
スバルはちゃんと「でも」を聞いてくれていたのだ。
「えっ? いや、先輩はどう思うのかな、って」
「?」
「あの、私、こういうの苦手で…… いつも迷っちゃって……」
でも、先輩が望遠鏡を使う時間が減っちゃうから、とキョウカは言いたかった。
でも、言えない。
「ふふ。そういう時はね、まず自分の目で確かめるんだよ」
「え……?」
「そしたら、答えは自然に輝きだすから」
――先輩はズルい。
あたり前のことを、あたり前に言っただけなのに、スバルの優しい声で言われると、キョウカにはそれが宇宙の真理みたいに聞こえた。
「百聞は一見にしかず。望遠鏡で星を見たら、きっと君の人生ごとだって変わるよ。観測するから、明日もおいで」
スバルの低く透き通った声は、キョウカには甘くて苦い抹茶ババロアみたいな味に感じた。
カサネが「ついに優柔不断が重宝される世の中になるのかな」なんて茶々を入れる横で、アヤの肩がわなわなと震える。
「わ、わ、私が部長です。望遠鏡のことは、私が決めます! みなさん、今日はご意見ありがとうございました!」
「アヤちゃん……」
アヤは実験テーブルの上にあった自分の手提げをつかむと、ドアも閉めずに理科室から走り去った。キョウカには彼女が目に涙を浮かべていたように見えた。
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