第1夜「理科部と天文部」(中)

「え!? アヤちゃん?」

「あら? 水城みずきくんの言ってた新入部員って――」


 頑固そうに「部長はわ・た・し」と豪語していた声の主は、キョウカと同じ2年の霜連しもつれあやだった。

 2人はこの3月まで同じクラスで、割と仲が良かった。ただ、その時はとくに目立つ存在というわけでもなく、ましてや〈部長〉なんてガラじゃないとキョウカは思っていた。


「アヤちゃん、4月から部長になってたんだね。すごーい」

「えへへ」


 化学の得意な男子の誰かが言っていた〈理科部所属の希女子きじょし〉なんていうあだ名の通りの印象。

 アヤとキョウカは春から別のクラスになり、少しだけ疎遠になっていた。


「来てくれてありがとう。今夜はもともと天文部の観測日だったんだけど、今年から理科部にすることになったから、そのキックオフなの」

「あ、天文部が廃部になるって話、本当だったんだ……」


 そういってキョウカはチラッとカサネを見る。カサネはすぐにアゴで「先輩、先輩」と合図する。


「いやいや。まだ天文部はあるって――」と羽合はわい先輩が往生際の悪いことを言おうとするのを「まぁまぁ。観測できれば何部でもいいじゃないスか」とユキがさとす。


「じゃあ、簡単に自己紹介ね。といっても、お互い知らないのはスバルくん――あ、羽合先輩とキョウカちゃんだけか。あは」


 そう言ってアヤは、素直に下がる2つ結びの髪をゆらしながら、メガネの奥でわざとらしく照れ笑いした。


 ――仕草が可愛いくてズルい。


 キョウカは理系男子せんぱいに気を取られ、理系の存在をすっかり忘れてた。制服に両面仕立ての春色カーディガン。見た目は同じでも、仕草が昼とまるで違う。

 きっと中身もリバーシブルで今は裏側が見えてるに違いない。


「3年の羽合です。天文部の部長やってます。ヨロシク」

「は、はじめまして。2年の證大寺しょうだいじ京華きょうかです」

 

 キョウカは、名前で呼んでほしくて、あえてフルネームで名乗った。

 〈證大寺〉は父を指す言葉で、なんとなく自分の名前ではない気がするというのもあった。


 ともかく、キョウカはついに〈星の王子さま〉に謁見えっけんした。

 

 スバルは頭脳明晰、スポーツ万能。顔良し、性格良し、家柄良しの三方良し。「星しか愛せない」という噂以外、非の打ち所がない。2年の女子からは〈星の王子さま〉なんて呼ばれ、いかにもキョウカには釣り合わなそうだった。


 それでも、年下の部長に「スバルくん」などと呼ばれ、口論の様子から、だいぶ子供じみた王子であることも分かった。廃部を認めたがらないとこも何だか可愛い、なんてキョウカは少しだけホッとした。


「あれ? そういえば理科部って、部員、4人しかいないの?」


 気づくと部屋にいるのは、キョウカのほかには、先輩、アヤ、ユキ、カサネの確かに4人だけだった。


「あ、違うの。ここにいるのは隊で、隊も合わせると全部で15人」

「ヨルタイ?」


 キョウカはその〈南極越冬隊〉を思わせる響きと、ヒンヤリとした夜風にあたり、また少し肩をふるわせた。


「そう。夜しかできないことがあってね。でも、ほら。理科棟の夜間利用は、部員5名以上が条件だから」

「――あ、それで私?」


 アヤは少しだけ頭を下げ、申し訳なさそうに上目づかいする。


「ゴメンね、勝手に。昼隊ひるたいは入ったばかりの1年生中心だし、あっちはあっちで忙しいから、お願いできなくて」

「そうなんだ。カサネも早く言ってくれればよかったのにー」


 キョウカがカサネの方を向くと、彼女は「てへ」と舌を出す。

 カサネは昼は軽音部に、夜は理科部に顔を出し、いつも忙しそうにしていた。優柔不断のキョウカにさえ「どっちかにすれば?」と言われる始末だが、彼女は「どちらも本気であり、浮気ではない」の一点張りであった。


「それに、天文部が4月から1人になって、夜間観測できなくて困るって分かってたから。先生に頼んで、水城くんを夜隊に移してもらったのも、そのため」

「そうなんだ。なるほど!」


 ここ最近、キョウカが疑問に思っていたいくつかのことは、アヤの話で収まるべきところに全てピッタリと収まった。

 アヤには、色も形も不揃いに割れたガラスタイルを組み合わせ、モザイクアートを作るような、そんな芸術的なセンスと行動力があるようだった。


「でも、部の活動費が足りなくて…… それで、仕方ないけど、我が校自慢の望遠鏡を手放そうかなと思ってるの」


 アヤは部屋のちょうど真上にあるはずの天文ドームを眺めるように、手をかざしながら天井を見上げた。


「水城くんの話だと、目で星を見る時代は終わりって感じだったし。もう、部長権限でエイヤっと――」

「アーちゃん。ちょっとまってくれよ。望遠鏡は天文部のものだぞ!」


 スバルが口をはさむが、アヤは動じない。


「4月から望遠鏡は理科部の資産ですけど……」

「まあまあ、2人とも落ち着いて」


 こうなってくると、もう小学生のケンカだ。キョウカは割って入ろうとするが、どうやら彼女にとって天文部はもう存在していない様子だ。全ては理科部を中心に回り始めている。


 キョウカには系外惑星けいがいわくせいのロマンとやらは、よく分からなかったが、さすがに王子がかわいそうになってきた。


「それに、部員1人の天文部では夜の理科棟に入れませんよ。望遠鏡があっても天体観測できないですよね?」


 アヤは岩のように強気だ。

 男子が守りたくなるような華奢な見た目に反して、頭はテコでも動かない。


 彼女は先輩と一体どういう関係なのか、キョウカは気になってしかたがない。

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