世界

「ゲームにするか、小説にするか、マンガにするか、いずれにしろ、この『スライムの夜』には、改良が必要な点が幾つも残されているようだ」

「えっ」

 俺の、すなわち、神のつぶやきに、シオールは敏感に反応した。

「まさか、この世界を存続されるつもりなのですか?」

「そうだよ。何か問題があるかね」

「問題山積ですよ!このような狂った世界は、今の内に跡形もなく爆破すべきだと僕は思います。またぞろ暴走を始める前に」

「恐ろしいことを云う。見かけによらず、過激なやつだ」

 俺は口辺に苦笑を浮かべつつ、

「どんな世界であれ、それは作品だ。一度作り上げたものを『できそこない』だからと云って、安易に消去してはならない。それは決して許されぬ行為なのだ。たとえ俺が『偉大なる創造神』であってもだ」

「はあ」

 シオールは不服な気持ちを隠そうともせず、そのまま、顔や態度に表していた。

「この街も、あの愉快なスライムたちも、おまえと同じ俺の息子だ」

「えっ」

「窯から出した焼き物を『気に入らない』という理由だけで、ハンマーで叩き壊すような真似は俺にはできん。俺にとっては、皆、かわいい息子であり、かわいい娘なのだからな」

「はあ……。そうですか」

 一応納得したらしく、シオールはそれ以上、世界の破壊に言及することはなかった。


「まあ、座れ」

 路面に出現させた豪奢な椅子に腰をおろしながら、俺はシオールに話しかけた。同時に出現させた円形の机の上には、軽食類と呑(飲)み物が用意してあった。俺は自分のタンブラーに冷酒を注ぎ、息子のタンブラーに冷水を注いだ。

「今回の活躍、見事だった。褒美を与える。望みがあるなら云うがいい。大抵のことなら叶えてやるぞ」

「そうですね……」

 シオールは渇いた喉をミネラル水で潤しながら、何やら思案を巡らせていた。ややあって、おもむろに口を開いた。

「鍋太郎さんが演じる筈だった役を僕に譲っていただけませんか」

「俺の役?」

「はい。セーコさんを『ふ*ろ』(池袋の名酒場)に案内する役を僕に演(や)らせて欲しいのです」

「それが、おまえの希望か」

「はい」

「それほどにあの蛇頭(へびあたま)が好きなのか」

「はい。僕はセーコさんを愛しています。もっとも、彼女の方は、僕など子供同然で、恋愛の対象とさえ、思っていないみたいだけど……」

 その瞬間、シオールの頬に少年らしい恥じらいの色が浮かんでいた。

「よかろう。叶えてやる」

 俺は神の権限で、そう断言した。途端にシオールの顔が喜びで輝いた。

「本当ですか!ありがとうございます!」

「『役の交換』という形になるが、それでも良いな」

「勿論。セーコさんと共演できるのなら、なんだってかまいません!」


 そのようなわけで、俺とシオールは「今後の芝居」についての打ち合わせを行った。それを終えた時点で、俺は椅子と机を路上から消した。同時に「着替え」も済ませた。俺は「サイボーグ戦士」に、シオールは「お忍びアイドル」に一瞬で変身していた。

 俺は階段を登り、シオールはセーコに向かって歩き出した。そして、ふたたび、時は動き始めた。〔完〕

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スライムの夜 闇塚 鍋太郎 @tower1999

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