天帝

「なるほど。俺の知らぬ間に、この街はかなり危うい状況に陥っていたのだな……」

 などと、俺はまるで他人事のようにつぶやいた。神ゆえに許される傲慢な態度である。

「結果的に世界崩壊の危機を救ったわけだ。でかしたぞ、シオール。さすがは我が息子だ。この度の働き、天晴れと褒めてやろう」

 無責任な俺の台詞を聞いたシオールは「ムッ」とした表情で、

「冗談じゃありませんよ!あなたの気まぐれに振り回されるのはもうたくさんです。大体、嫌な予感がしたんだ。自分の勘を尊重すべきだった。僕が甘かった。ああ、失敗した」

「いつの話だ」

「あなたが『創造者としてではなく、生身の人間として、このゲーム…スライムの夜を体験したい』と云い出した時ですよ!」

「どんな事態になっても、おまえなら解決してくれるだろうと、俺は信じていた。だからこそ、安心して記憶を封印することができたのだ」

 シオールはマスクの奥に控える「正義の瞳」で俺を睨んだ。

「そんなことを云って、あなたは内心で楽しんでいるんでしょう。僕を困らせるのが、そんなに面白いですか。まったく酷い父親だ、あなたは」

「怖い顔をするな。活劇の主人公に危難と苦難はつきものではないか。それらを切り抜け、乗り越えるところにヒーローの価値があるのだ」

「……」

 無言であった。シオールは何も答えない。しかし、満更悪い気分ではあるまいと考えられた。このコスプレ少年は「主人公」とか「ヒーロー」とかいう言葉に眼がないからである。


「人間闇塚がおまえから逃れよう逃れようとしていた理由がわかった。おまえに見つかると、ゲームが終わってしまうことを意識の奥底で察していたんだな」

 シオールの瞳が再び鋭い光を放った。

「おかげで大苦戦を強いられましたよ。あなたを追いかけようとすると、あなたの意思に反応したスライムたちが凄い勢いで襲いかかってきましたからね。でも、探索部門の隊員があなたの位置を教えてくれたので助かりました。彼の功績は相当大きいと思います」

「隊員?誰のことだ?」

「彼ですよ」

 そう云うと、シオールは歩道橋の踊り場を指差した。そこに、鎖鎌と鎧兜を装備した学生風の若者が立っていた。餃*の*将のカウンター席で炒飯と麻婆豆腐を食べていた勇者部の部員である。鎖鎌男は俺たちに向かって、深々と頭を下げると、出現した際と同様に、忽然と姿を消した。

「そうか、あいつか……。人間闇塚には見抜けなかったな、あの男がおまえの手兵であるということを」

「気づかれていたら、追跡と捕捉にもっと手間取ったでしょうね。何しろあなたは神様だ。どんなに不自然な展開でも『やろう』と思えば、本当にやれてしまいますからね」

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