不純な動機

あんび

ザイアンスの法則

 僕には気になるクラスメイトの女の子がいる。恋愛的な意味ではない。





 たまたま女子達の会話が聞こえて来て、彼女の身長が168cmだと知った。この身長、とあるゲームに登場する女子キャラ――僕の推しの身長とドンピシャなのだ。


 彼女の身長を知ってから、彼女の姿を通して僕は推しの姿を妄想し続けている。あ、推しが黒板の前に立ったらあの位か、とか。椅子に腰掛けて授業受けてたらあんな感じか、とか。

 勿論推しと彼女は違う。推しの体型はいかにも2次元の女子っぽいスレンダーなモデル体型で、彼女はまあ普通な、なんなら少々ふくよかな位の身体つきだ。推しは切れ長の目の美少女だが、彼女は丸くてぱっちりした目の、一般的なレベルの顔の持ち主だ。推しは悪戯っ子で飄々とした性格だが、彼女は真面目でちょっと不器用な性格だ。


 そんな彼女とたまたま一緒にプリントを職員室まで運ぶ事になった。出席番号と今日の日付の語呂合わせのせいだ。職員室は教室とは違う棟の違う階にある為なかなか面倒臭い。それでもまあ、推しと並んで歩いている、と妄想すればそれも気にならなかった。

 僕の身長は180を超えている。無駄に縦に伸びているこの身体の為、隣の彼女を上から見下ろす形になる。……ふくよかだとは思ってたけど、その、胸が、本当に立派だ。両手で下から掬うように抱えたプリントの山のてっぺんに、それは乗っかって潰れている。推しはいわゆるまな板なので、ここも違うんだなと思う。残念と言えば残念だし、当たり前と言えば当たり前だし、これはこれで……いや何を考えてるんだ僕は!

「ねえ広川くん」

「……何、山吹さん」

 邪な目線に気付かれたのかと身を固くした。実は、彼女とはあまり話した事がない。と言うか、リアル女子とは殆ど話した事がない。だって、何話せばいいか分かんないし。キモオタ、とか思われたくないし。

「私、何か君を怒らせるような事した?」

「は?」

「だってほら、今もだけど、よく私の事睨んでるみたいだから……」

「別に睨んでないし。……ちょっと気になったから」

 しまった、と思った。どう言い繕うか考えるより先に勝手に口が動き、一拍遅れてああそんなの変に捉えられるに決まってると気付く。と言うか僕、もっと柔らかい言い方出来ないのか!


 ところが彼女はぱちぱちと円な瞳を瞬かせると困ったように首を捻った。

「あー……もしかして、私ドジだから、面白がられちゃってる?よく躓いたり物にぶつかったりするし」

 確かに彼女はよく前方不注意で何かに当たってしまう。でもそうなるのは大抵彼女が別の事を――友人とのお喋りだったりプリント配りだったりに集中してる時だ。何かに一生懸命になると視野が物理的に狭くなってしまう、本当に不器用な子なのだ。

「小学校の時さ、男子に『やまぶきよう』って弄られてたんだ」

 それは弄りじゃなくイジメじゃないのかと思ったが、本人が弄りだと言う以上事態を重くする事もないかと思う。同時に、そんな奴らと同列に扱われる事に苛立ちを感じた。

「僕は、そんな理由で山吹さんを観察してたんじゃない」

「え、じゃあなんで?」

「……人間観察が趣味なんだ。その、色んな人を観察してる」

「そうなの?……そっか」

 無理矢理捻り出した僕の答えに、彼女は納得しつつも何故か寂しそうだ。いやなんでだ。同性の気持ちですら分からない時があるのに、女の子の気持ちなんて分かるわけないじゃないか。


「その……ええと……何かしら特別視されてるのかなって、思い込んでたから。ちょっと、残念、かも」

「特別視されてるって、どういう事?」

「誰かのさ、特別になれたら素敵だと思わない?……私、ずっと、親友とか恋人とかいないから、そういうの憧れがあって……あー」

 彼女は下を向く。プリントの山は歪み今にも崩れそうだ。

「ごめん。変な事言ってるや、私。気にしないで、出来れば忘れて、他の人にも言わないで……」

 解れた髪の間から見える耳は真っ赤だ。自分の胸の奥を掌で撫でられたような気分になる。

「誰かの特別に、なりたいの?」

「あー!忘れて、忘れてってばー!」

「僕にとってはまあ、特別だよ。……その、観察対象として特に面白いと言うか」

「そんな、気を使わなくていいよ!第一さ、不器用でドジな奴なんて見てて本当に楽しい?……楽しいなら、なんか、ちょっと、いじわるなんだね」

 成程。彼女、結構ネガティブだったんだな。これは知らなかった。推しはどちらかと言えば……いやうん、ここで二者を比較するのは止めた方がいいか。今僕が向き合っているのは “山吹さん” なんだから。

 むう、と膨れっ面の彼女がこちらを上目遣いで見上げてくる。また、胸の奥を無造作に撫でられた感覚がした。

 と、遂に彼女のプリントの山が雪崩を起こした。慌てて二人で拾い集めにかかる。

「……うう。こんなんだから広川くんにまで面白がられちゃうんだ、私」

 その声と表情はすっかりしょげて拗ねている。なんか、可愛い。


 可愛い?


 いや、あくまで僕が可愛いと思っているのは彼女に勝手に重ね合わせてる僕の推しであって。彼女の事は失礼ながら可愛いともなんとも思って無かったはずだ、少なくともこの観察を始めた時は。てかここまで二十年弱、リアルの女の子は怖いとか賑やかが過ぎるとか思ったことはあれ可愛いなんて……なんて……。


 プリントの山を分け直し僕の持つ量をそれとなく増やす。彼女はそれに気づくとなんとも微妙な顔でありがとうと言った。まあ、この流れでこうされては彼女のプライドみたいな奴に傷が付いてしまった可能性も否めない。でも、またプリント崩されても面倒だし、彼女の負担減らしてあげたいし。それに彼女の胸が、その、苦しそうだったから、これでいいのだ。絶対。





 僕には気になる女の子がいる。

 恐らく、彼女もいつの間にか僕の “推し” になっていたのだ。推しは増えるものだからなんの不思議もない。

 よってこの感情は恋愛的な意味ではない。僕は推しは遠くから愛でるタイプだからだ。……今は、まだ、多分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不純な動機 あんび @ambystoma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ