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 主人はいつも悲しそうな顔をする。

 時々、顔が何十歳も老けたのではないかと思うくらいにひどい顔になっている時だってある。

 その顔を見ることに主人を笑顔で染めてあげたくなる。

 でも、無理なんだ。

 言葉を伝えることができない、意思疎通だってまともにできたもんじゃない。

 何よりなぜ?を問うと泣き出してしまうのだから。

 でも最近になって主人が笑顔を見せるようになった。

 ある男が主人と接触してからだ。

 主人はその男と会うごとに、会話するごとに日に日に笑顔が増えっていった。

 そんな笑顔の主人がある日突然、男がいないふたりきりの時、突然泣き出してしまった。

 我は主人を見つめる、できるだけ優しく、意識して。

 幾ばくか時間がたつと突然主人が一人語りを始めた。

 『私はもう汚れている』

 『こんな汚い存在があの人と歩くとあの人が汚れてしまう』

 『でも、でもね。私はあの人のことが大好きなの、愛してるの』

 『わからないの、どうすればいいか。汚い私があの人のそばにいていいはずがないのに、一緒にいたくなるの、触れたいの、触ってほしいい、愛を囁いてほしい、私という人間を受け止めてほしい...』

 泣きじゃくりながら、ぽろぽろと涙を流しながら、吐き出すように泣き続ける。

 いまは主人の話を聞くことしかできない。

 これを何度も繰り返してきた。

 繰り返してきたとは語弊があるだろう。

 何度も観測し続けてきたのだ。

 この状況、環境、世界を変える選択肢が見つからないのだ。

 この涙は何回目だろうか。

 今までの笑顔は何回目の笑顔だろうか。

 数本前で、やっと自我、いや新しい魂の形を持った我ではわからない。

 数えるという技能をもたない時の我は数を数えられなかった。

 今でも記憶力は乏しい、正確な数なんてわかりやしない。

 でも、一つわかっていることがある。

 主人はたくさん泣いているのだ。

 いっぱいいっぱい泣いているのだ。

 我は見たくないのに、こんな顔を見たくないのに、我は観測しかできない。

 ここは観測上の世界。

 現実であり非現実。

 事実であり虚構。

 世界という巨大な存在の一枝。

 この観測上の世界では我の選択の力は機能しない。

 ただ見ることしかできないのだから。

 しかし主人よ、我は絶対ハッピーエンドの選択肢を見つけて見せる。

 今まで幾千の世界を観測してきた。

 今のところ全て朽ちる枝ばかりだったけれど、絶対に、

 あなたが幸せになる世界を選択肢を観測してみせる...

 掴み取って見せる。

 だから、もう泣かない世界が目の前に待っているんだよ。


幾千の彼方より、

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