5分の勝負
『一緒に遊ぶか?』
俺の言葉に、地味子は驚いていた。
でもすぐに――
『ううん。私は、後ろでキミを見ているだけで――十分、楽しいよ』
少し顔を赤らめ微笑む地味子。
そんなちょっとした記憶。
その時の俺は、地味子をちょっと可愛いと思ってしまった。
まあそれきりその表情を見せてくれなかったって言うのも、忘れてた原因だろうけど。
「そう言えば、昔そんな事言ってたよなオマエ。
後ろで見てるだけで十分楽しいって」
そんな俺の何気ない言葉。
その言葉に地味子のページをめくる手が止まる。
「……覚えてたの?そんな昔の事」
地味子は本を閉じ、俺をじっと見つめる。
「いや今思い出した。
そういやそんなこともあったなーってさ」
地味子の真っ直ぐな視線が過去の地味子と重なり、ついつい俺は視線を逸らしてしまう。
「ねえ、ゲームしない?」
「ゲーム?」
「制限時間5分で私がキミを惚れさせたら私の勝ち、キミが私を惚れさせたらキミの勝ち。
そんな単純なゲーム」
いきなり何言ってんだコイツ。
しかも真顔で言ってるのがなんとも。
「しかも今なら勝った方が負けた方に一つ命令できる商品がついてくる」
「いや、いやいやいや。まじ意味わかんないんだけど。
オマエ何考えて――」
「キミが勝負を放棄したら、私はキミの事を――他校の女子生徒にもリークします」
「よし分かった、勝負しよう」
本当に、コイツの考えが分からん。
「では――始め」
淡々と開始を告げる地味子。
それはいいんだけど、どうすればいいんだ?
惚れさせるって難しくね?
しかも相手は地味子。
考えてもしょうがない、まずは軽くジャブを。
「毎朝俺の為にみそ汁を作ってくれ」
――静まり返る館内。
無表情の地味子。
……うん、これ単なる告白、つーかプロポーズじゃね?
よし次はもっと気の利いた言葉を。
「一緒の墓に入ってくれ」
――静まり返る館内。
無表情の地味子。
俺の中の俺がめっちゃ叫んでる。
『プロポーズじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!』と。
この後も俺は色々やってみるもどれもこれもイマイチだ。
そもそも勝利条件がかなりふわふわしているし。
相手が惚れているなんて自分には分かる訳がない。
つか未だに地味子が何もしてこないのが怖い。
ずっと無表情だしさ。
気が付けば残り30秒。
俺じゃコイツを惚れさす事なんて無理なんじゃね?
そう思っていると、ゆっくり地味子が口を開く。
まあ地味子が何言おうが俺が惚れる事はまず無い。
引き分けになる――あれ?引き分けの場合はどうなるんだ?
「私は……昔も今も、これからも、楽しそうなキミを、後ろから見ているだけで、十分楽しいから」
地味子の口からはさっきと同じような言葉。
だけど、さらに続きが紡がれる。
「それと――ありがとう、ごめんなさい。
あの時『一緒に遊ぶか?』って声掛けてくれて。
私、本当は一緒に遊びたかったけど、勇気が出なくて断っちゃった」
ふぅ、と地味子は一息間を置いてから、口を開いた。
「でも……今、同じ事言われたら私、『うん』って言っちゃうかも。
まだ、キミと一緒に居たい、って思っちゃったから、ね」
言いながら地味子は、顔をこちらに向ける。
その顔は、頬を赤らめ、微笑んでいる。
あの時の地味子と重なる。
ただ違うのは、その目尻には、うっすら涙が溜まっていた事だ。
今の地味子を見た俺の感想。
惚れた。
いつも見ていた地味子とは何か違う、その何かが、こう、ああ、言葉がうまく出ない。
兎に角、今の俺は地味子にしてやられた。
「――時間だね」
地味子が時計を見て呟く。
「……あー、くそー」
まさかコイツに惚れる日が来るなんて、思いもしなかった。
「この勝負、俺の――」
「キミの勝ち、だね」
「……は?」
何言ってるか理解が追い付かない。
なんで俺の勝ちになってるんだ?
そう思っていると、
「……私は、最初からキミに惚れている、から」
地味子の告白。
えーと、つまりは、地味子は最初から負けていた?
「ん?ん?だとしたらなんで勝負なんかしたんだ?」
「だってキミに普通に告白して、フラれるのが怖かったし。
キミは私の事、何とも思ってなさそうだったから。
だから――ゲームと称して告白しようと」
まあ確かにちょい前の俺だったら、地味子を振っていたかも。
だけども、今は違う。
「……それじゃ、私帰るね。また後で――」
「今の勝負は引き分け」
荷物をまとめ、席を立つ地味子にそう声を掛ける。
「え?引き分け?でもキミは――」
「うっさい。最後の最後でオマエに惚れちまったんだよ」
地味子から視線を外しながら俺はぶつくさ文句を吐く。
「それでどうすんだ?引き分けの場合の命令――」
ちらっと地味子に視線を移すと、地味子は、大粒の涙を流していた。
「ちょっ!オマ、なんで泣いてんだよ!」
「だって、だって、うぅ……嬉しいから……」
とりあえずバッグに入っているハンカチ……が無かったのでスポーツタオルを地味子に渡す。
「ありがと……それで、命令権だけど……私とキミ、一回ずつ使えるって事で」
「一回ずつねぇ。オマエはどう使うん?」
その言葉に思案する地味子。
「正直、考えていなかったけど。
それじゃあ、さ――」
椅子に座り直し、姿勢を正して真っ直ぐ俺を見つめる。
「そ、その、私と……つ、付き合って、くださぃ……」
真っ赤になる地味子。
言葉も尻すぼみだし、そもそもそれだと、
「それじゃあ命令じゃないだろ?
『付き合え』ぐらい言わないと」
「無理無理無理!」
手をブンブンさせながら拒否する地味子。
惚れた今だから言えるのだけど、コイツ結構可愛い。
「ま、しょうがない。付き合ってみるか」
その言葉にほっとする地味子。
「それで――キミは私に何を命令するの?」
「そうだなー……」
俺はちらっと地味子の胸を見る。
「……胸を大きくしろ、とか?」
言うと同時に俺の両頬に地味子の平手が左右同時に叩き付けられる。
「――セクハラは最低」
赤面し少々ふくれっ面の地味子。
ちょっと気にしてるみたいだ。
「申し訳ない、ちょっとしたジョー――」
言いかけて顔が地味子に引き寄せられて、
ちゅ
唇が刹那、重なる。
「でも、それがキミの命令なら」
「――いや止めとく。
すぐには思いつかないから、保留でいいか?」
「うん、分かった」
地味子の手から俺の顔が解放される。
……地味子が触れていた部分が熱い。
「それじゃ、一緒に、帰るか」
「――うん」
俺の誘いに地味子は頷く。
歩き出すと地味子も俺の隣で、同じ速度で歩く。
地味子はいつも俺を後ろで見ていた。
だけど今は変わった。
地味子は隣で俺を見ている。
俺も今、隣りにいる『幼馴地味子』は『大切な幼馴地味子』となった。
――実は命令権の使い道は決まっている。
だけどそれはもう少し先で使おうと考えていた。
『俺の隣にずっといてくれ』
まあ、まだ、ずいぶん先になるだろうけど。
「ところで、告白予定の女子たちはどうするの?」
「……ちゃんと断ります」
隣の幼馴地味子 雪ノ山 噛仁 @snow-m-gamijin
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