…………

  時間は遡り、ジャパリまんの成分分析を行おうと、みどりと博士たちが研究室に向かう場面である。


 みどりは、本部(ジャパリパーク管理局)にロードランナーの件について報告しようと、博士たちに先に行かせてトイレに入っていき、彼女たちが遠ざかったことを確認し電話を掛ける。

 すぐに通話は繋がり、声が低い年老いた男性の声が聞こえてきた。

 

「君か。そちらの方にプロングホーンが、の血液を染み込ませたジャパリまんを持って来ているはずだが」


「先生、早く作戦を中止してください……」


「どうしたんだい、この作戦が成功すれば〇〇の力は完全に目覚める、輝きを失った全ての者を救うことができることは、君にだって分かっているだろう?」


「私はあの子のおかげで、正気に戻りました。もうみんなが苦しむ姿を見たくない……」


「はあ、あの子は余計なことをする。そんなことをしても君が良心の呵責に苛まれるだけだろうに」


「もっと違うやり方があるはずです! もう止めましょうよ!」


「たしかに作戦を練ったのは私だが、指揮権はないのだよ。それに既にロードランナーについてはパーク中に知れ渡ってしまった。今さら引き返したところで、今後管理局の目も厳しくなり活動の続行は非常に困難になる。だから、もう止めることはできない」


「そんな……」


「今まで何人の人間とフレンズが、政府により犠牲になったのたのか知っているのか。皆の無念を晴らすため、我々は全てを正さなければならない。たとえ悪魔になろうとも」


「……ロードランナーはともかく、〇〇には負担が大きすぎます……。極限状態になったら、暴走が起こりかねません。最悪、パーク全体がセルリアンに飲み込まれることになりますよ……」


「そうなったら我々の敗北だ。だが、それでもいい。これ以外方法はないのだから、成功するしか我々に道は残されていないのだよ」


「〇〇には伝えているんですか」


「いや、まだだ、作戦に支障が出る。だがきっと、彼女は従う。たとえ絶望しようとも、それが皆を救う唯一の方法だと知れば、やるしかない。あの子は優しすぎるからね」


「……悪魔」


「ならば止めるかい。そのジャパリまんに含まれた彼女の血液を管理局に渡すといい。そうしたらどうなることやら……想像がつくだろう?」


「…………」


「上手く隠してくれるかい?」


「…………」


「まあ、頼むよ。私はこれから行かなくてはならないところがあるんだ。ちょうど君の声が聞けてよかったよ。恐らくこれが最後の通話になるだろうから、一つだけ言いたいことがある」


「なんですか……」


「みどりくん、巻き込んでしまって申し訳なかった。君は今まで会った中で一番優秀な研究者だ。私の思いは君に託す。では、失礼」


 通話が切られ、みどりは茫然自失になり立ち尽くした。


―――――――――――


 男は壁に掛けられている時計を確認し、いよいよ出発の時間が来たかと恍惚とした気分で家を出た。

 約束の場所にたどり着くと、小型船舶から軍服を来て銃を構えた男が2人下りてきて、彼は中に入っていく。中では身体検査が入念に行われ、何も問題が無いことが分かると、本部の幹部が丁重に彼をもてなし、これから向かう秘密研究所の説明を行いながら、船は出航した。

 それから1時間後、船はある孤島に停泊する。

 そこはジャパリパークに侵入する船や飛行機を監視する大規模レーダーが設置されている場所であり、それ以外何もなく、草木が生い茂り、渡り鳥たちの宿泊所のようなところだった。

 だが、本部の者がポケットからリモコンのようなものを取り出し、ボタンを押すと、何もない砂浜が左右に大きく開き、下から伸びるように大きなエレベーターが出現した。

 

「ここが研究所への入り口です。さあ、どうぞこちらに」

「ははは、ずいぶん大層な作りをしていますな」


 男はこう言うが、すべて知っていた。

 彼らはエレベーターで地下深くに下り、そこに作られた秘密研究所に入っていき、幹部に施設を案内されることとなるが、そこで見たものはあまりにも悍ましいものであった。

 はじめに向かったフレンズ収容施設は、照明がない狭い牢屋のようなスペースである。四肢などが欠損した者、輝きを完全に失い抜け殻になった者、野生動物と変わらない獰猛さを持つ者、狂乱状態である者……どのフレンズも眼光炯々として唸り声を上げるか、虚空を見つめるような目をして微動だにせず何も言わない。パークでは決して見ることができない世界がここにあった。

 ある猫科のフレンズが食事をしているのが目に入る。その肉は今さっき屠殺したばかりのような鮮血滴る生肉で、フレンズは鋭い牙で貪っていた。

 この中では家畜も育てられているのだろうかと思い、気になって男は聞いてみたが答えは予想だにしなかったものであり、彼はにこやかに笑って「なるほど」と呟く。

 その後、お待ちかねの実験室に入り、その惨状を目の当たりにして、男は今まで見たことのない刺激的な実験の数々に激しい興奮を覚えた。次々に命がぞんざいに扱われ、研究者たちはそれを意に介さず、使えなくなったら新しいものに取り替える道具のような感覚で、フレンズたちを実験体にしていた。

 

「フレンズは死んでも獣に戻り、サンドスターで元通りですからね。本当に便利な道具を見つけました」

「これがフレンズの有効活用ってことですか……面白いことを考えますね」

「さあ、△△殿もこちらへ」

 男が連れられたところには、仰向けで台に乗せられ手足を金具で拘束された、鳥のフレンズがいた。酷く怯えた様子で、全身が激しく震えており、男が近くに来ると、彼の方に顔を向けて、大きく開かれた目で必死に助けを乞う。


「木の上で休んでいた鳥にサンドスターを使いましてね、まだ生まれたばかりの何も知らない純粋なフレンズでございます」

「ほう」

「やめてぇっ……助けてください……お願いします、おねがい……」


 弱々しく懇願した彼女に、穏やかな表情だった幹部は急に冷ややかになり、男に血がこびり付いた金槌を渡した。


「教育が必要です。それでこの獣の脚を思いっきり叩いてください。誰が飼い主なのかしっかりと分からせてあげましょう」

「なるほど、分かりました」


 これは恐らく儀式のようなものであり、ここで信頼に値するかどうかが決まる。別に心が痛むことはなく、むしろ怪しまれないためにはフレンズの脚一本など大したことではない、男はそう思っていた。

 右手に金槌を持って、彼女がいる台に向かって一歩ずつ進む。

 

「やめてっ……やめてぇ! 痛いのはいや! やだっ、やだあああぁぁ!」

「助けてほしいかい?」


 男は微笑んで言うと、フレンズは首を縦に何度も振る。


「そうか」

 

 そう呟いてからじっと黙り込む。

 なかなか決断しない男に苛立ちを感じた幹部は、「早くしてください」と少し怒り気味の口調、鬼の形相で促してくるので、男は大きくため息を吐く。


「すみません、私にはできないみたいです」

 

 なぜか思っていないことを口走ってしまい困惑するが、次第に我に返っていき、金槌を床に投げ捨てた。


「貴様……! おまえらぁ! この反逆者を引っ捕らえろ!」


 幹部は怒り狂ったように叫んだ。

 しかし、その声は誰にも届かず、研究者たちは全員狼狽したり、凄惨な光景に耐えられず嘔吐する。それは男も同じで、今まで行ってきたことがフラッシュバックして、激しい罪悪感が押し寄せてきて堪らず嘔吐。そして、「作戦は成功したのか」と生気の抜けた顔で呟くのである。

 

「この役立たず共が! 兵士たちを連れて来い! 早くしろおおおぉぉ!」

  

 幹部が狂乱とするのを尻目にする男だが、もう自分の役目は終わった。あとは組織の者たちに全てを委ねようと、その場に倒れるように座り込んだ。

 だが、その時、固く塞がれていた扉が爆音と共に吹き飛び、黒い煙が出る入り口から組織の者たちが現れるのだった。


―――――――――――


~4ヶ月後~


 博士たちは研究室の休憩ルームにて、午後のティータイムをしていた。


み「まさかあれほどのセルリアン騒動が人為的に起こされたものだったなんてね……」


博「信じられないのです……結局、犯人たちはどうなってしまったのでしょう」


み「さあね……」


助「敵か味方か……よく分からないやつらなのです」


み「だけど、フレンズに酷い目に遭わせたり、みんなを不安にさせるのは許されることじゃないと思うよ……どんな目的があってもね……」


博「そういえば、ジャパリまんから抜き取った薬品……我々が研究所に戻ってきたら跡形もなくなっていて、結局よく分からないままなのです……」


助「あれは薬品というよりも……血のようなもので、あの中にはフレンズか人の細胞が入ってましたし……今ではもう確かめようはないのですが」


み「まあ、もういいじゃない……?こうして本当の平和がやって来たんだから」


博「……ええ、そうですね。セルリアンも現れなくなりましたし、研究所にはフレンズが集まって賑やかになったのです」


助「みどりが前のみどりに戻ったからじゃないですか?」


み「……そう?」


博「怪しい実験やスキンシップがなくなったのです」


み「たしかに……やっぱり、節操は大事だと思ってね」


助「薄ら寒いギャグはなくなりませんがね」


み「ジョークは我が母国の文化だもん!」


助「はいはい……そういえば彼の様態は大丈夫なんですか?」


み「うん、もうすぐ退院できるんだって」


博「本当ですか、あんなに撃たれたというのに……先月のコウモリといい、彼といい、奇跡としか思えないのです……」


み「あれを見た時はびっくりしすぎて心臓が止まっちゃいそうだったよ、まるで映画みたいで」


助「単身で敵の本拠地に突っ込むなんてあの老人も無茶なことをするのです。まあ、そのおかげで本部のやつらが裏で何をしていたのかよく分かりましたが、本当に酷いものなのです」


博「ほんとうですね……おまえが専門家としてニュース番組に出てたときに、急に速報だからって、あんなものが流れるんですから。モザイク越しでも不快な気持ちになったのです……」


み「パークの外だとすごかったんだよ?毎日のように国会前で大きなデモがあったんだから、私も危うく巻き込まれそうで危なかったよ……」


助「まあ、とにかく全て解決したから良かったのです。そろそろパークも再開しますし、少しずつですが活気が戻ってくるでしょう」


み「新しいパークの幕開けだね」


ティータイム済ませ、彼女たちは研究を再開した。

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速さに溺れた鳥~完結編~ @masusuzuki

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