速さに溺れた鳥~完結編~

@masusuzuki

速さに溺れた鳥~最終回~

「見つけられないって!?」


 驚いたプロングホーンの声が大平原に広がる。


「だって速すぎるし……バスじゃどうにもならないよ」

「今カラロードランナーが目的サレタ地点まデは最低デモ1時間カカルヨ」

「出る前は助けに行くと意気込んでいたのですが、特に手はなかったのですね、助手」

「てっきり何かあるかと思ってたのです。ワープとかできないんですか」

「そんな漫画みたいなことがあるわけないでしょうが!」

「どうするつもりだ!このままだと日が沈んでしまうぞ!」

「まぁ……一応ハンターとか捜索隊も協力してくれてるらしいから、なんとかなるんじゃない……?」

「ああ、まずいぞ。こんなところにいても時間の無駄だ……私は降りる。止めてくれ」


 プロングホーンはもう時間がないと焦って、冷静ではいられなかった。そこで博士は彼女を宥めて言う。


「待つのです。降りたところで何も変わらないのですよ」


 それに助手も便乗。


「まず我々の目的は、ロードランナーの症状を治すことです。捜索は他の奴らにも任せとけばいいのですよ」


 プロングホーンは腑に落ちなかったが、焦っても事の解決には繋がらないと冷静さを取り戻し座席に戻った。


「大丈夫なのかな……」


 俯いて言った。


「見つかるのは時間の問題だと思うけどね。もしかしたら寂しくて自分から帰ってくるかも?」

「そんなものなのか?」

「まあ、心配するなです。そろそろ話したほうがいいじゃないですか?助手、例のものを」

「はい」


 助手は後部座席に置いてあったケースから、虹色の液体が入った小瓶を取り出した。


「博士、どうぞ」

「どうも、さあ見るのです!これが我々の研究成果なのです!」

「サンドスター……?」

「そうなのです。一言で言えば、これを使えばセルリウムを除去することができるのです」

「なんだって!?すごい……これがあればロードランナーを助けられるのか?」

「きっとね。上手くいけば<輝き>が戻ってくれるはず……理論上は」


 みどりは不安そうな表情だった。


「本当に大丈夫なのか……。まずあいつがどうして

あんな状態になったのかもよくわからないし……」

「そうだね……実は私たちもよく分からないんだ、はは」

「え?分析したって」

「うーん、説明しにくい……」


 みどりは後ろにいる博士たちに目を配らせた。

 彼女たちは首を横に振る。


「まあ、ジャパリまんの中に入っていた物質はセルリウムが主な成分で、そのせいであんなことになってるんだ」

「<輝き>の変換が起きているのです。ある輝きを増やすために、代償として別の輝きを犠牲にしているということなのです」

「ロードランナ―は<速さ>という輝きを増やして驚異的な身体能力を手に入れた。その代わりに<速さ>に必要ない輝きは失われたのです」

「戻すには体内のセルリウムを取り除けばいいのだな!?」

「うん、そうすれば輝きのバランスが保たれると思うけど」

「けど?」

「これはあくまでセルリアンを倒すための対抗手段として作ったもので……飲んでどうなるかはやってみないと分からない」

「まだ試験段階でセルリアンとの戦闘に使われたことがないのです」

「……でもやるしかない。それは私が持っておく」

「なんかあったときのために3つ持っておくといいよ」


プロングホーンは小瓶を受け取り、ジャージのポケットに入れた。


「あとはロードランナーを見つかるのを待つだけ……」


 グーーーーーっ


 誰かの壮大な腹の音が鳴った。


「え?」

「これは助手ですね」

「いえ、この音は博士のです。」

「フフッ、そういえば今日は二人とも腹いっぱいに食べるために、まだ何も食べていないんだっけ?」 

「今日という日のために……昨日からなのです」

「こんな事態にならなければ今頃ご馳走にありつけていたというのに……」

「そう思ってたから色々と持ってきたよ。ほら、後ろのケースの中から好きなものを選んでね。」

「気が利くやつです!どれどれ……」

「なんなんですか……全部冷凍食品じゃないですかーー!」

「先程の発言を撤回するのです。おまえは本当に使えないやつですね。」

「まあ、落ち着きたまえ。私がそんなポンコツなことするわけないでしょ!近くに電子レンジがあるでしょ!」

「こんなところに……しかしこれどう使えばいいのです。電源もなければプラグもないのです!」

「料理を入れてそのままボタンを押せば勝手に温まるよ」

「はい?あ、点いたのです!これはどうなってるんですか?」

「その電子レンジの中にはサンドスターが入っているんだ。サンドスターの気候変動作用を利用して熱を起こして発電をしてるってわけ」

「よく分からんが凄いことをしている気がする……」

「君も食べるかい?」

「え、なら……ヘルシーなものを頼む」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あの辺りで目撃情報があったらしいが、どこにいるんだ?」

「どこを見渡してもあるのは青い海ばかり……本当にここであってるのか?」「もしかしたら、どっかの建物に隠れているんじゃ……」

「ちょっと行ってみるか」

「手がかりなしか……どうなってるんだ?」

「ヒグマさん、そちらのほうに行ったらしいですが見つかりましたか?」

「だめだ、全然見つからない。さてはこの機械壊れてないか?」

「どうなんですかね……一応こうやって会話はできているので問題はないはずですが……」

「もしもし、こちらライブ会場のキンシコウです。件の子は見つかりましたか?」

「いや、すでに別のところに行ってしまったか、目につかないところに隠れてるかも知れない。そっちは?」

「PPPのライブを見にヒトやフレンズがどんどん集まってきています。開始までにまだ3時間ほどありますがすでに結構の数のお客さんがいますね」

「そういうことですか……だからさっきからバスがよく通るわけだ」

「キンシコウももしかしたらそっちに行くかも知れないから頼むぞ」

「了解しました~」

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 まさかハンターたちはロードランナーがキョウシュウエリアから脱出するために海上を走行したこと、それに失敗した末に海に沈んでいったことなどつゆ知らず。

 彼女が沈んだのはキョウシュウエリア北東部の海岸から約20km離れた場所で、あたりを見渡せば紺碧の空と海が果てしなく広がるばかりで他には何もない。

 捜索の手が届かない場所だった。

 だがしかし、ロードランナーに救いの手が伸びる。


「けっこう泳いだけどカントーエリアまであとどれくらいかな?私ちょっと疲れちゃったよ」

「まだ半分ぐらいですね……ちょっと船で休憩しますか」

「ジャパリまんいっただきまーす!あーん」


 カントーエリアに向かう途中のバンドウイルカとカルフォルニアアシカが、荷物運搬用の船を推し進めていた。

 二人は一休みするために舟の上にあがり、おやつ用に持ってきた水色のジャパリまんを頬張ろうとした。

 しかし、大きく開かれた口がジャパリまんを食らうその瞬間、後方から強烈な勢いで何かが近づき、大きな音とともに3階の建物をゆうに超えるほどの高さの水しぶきが上がった。

 イルカたちはあまりの衝撃に驚きが隠せず、数秒の間は身体が硬直し声も出なかったが、少し落ち着いてから何が起きたのかを理解しようとした。

 

「な、なに……?」

「び、びっくり……クジラでもいるんでしょうか?」


 イルカたちは海に潜り辺りを見渡す。 


 「誰かが溺れてる!」

 バンドウイルカはすぐに全速力で向かっていき、それにカルフォルニアシカもついていく。

 

「大丈夫……あれ?ロードランナーちゃん!?た、大変だあ!」

「なんでこんなところに?島からここまで結構離れてるはずなのに……」

「とにかく船に乗せよう!」


 イルカたちはロードランナーを担いで運搬用に借りたボートの上に運んだ。

 そして、日差しを避けるためにオーニングの下に彼女の身体をそっと下ろした。


「息はあるから気を失っているだけみたいですね……どうしましょう、ここは一度戻るしかなさそうですよね?」

「まだカントーエリアまではあるからね、ここは引き返したほうがいいかも……絶対おかしいよこの状況は……」

「致し方ないですね。行きましょう!」


 バンドウイルカとカルフォルニアアシカは海の中に飛び込んで、ともに舟を押し始めた。

 甲板の上で仰向けになっているロードランナーは、船上にあるイルカたちの荷物とともにゆっくりと揺らめき始めた。

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 プロングホーンたちは結局ロードランナーを見つけられずにいた。

 燃料節約のためにバスを停止させ、ただハンターたちの連絡を待つしかなく、ラッキービーストも新たな目的情報がないと言い、何のあてもなかったのだ。


「おかしいなぁ」

 みどりは項垂れていた。

「もう日が沈みそうだ……」

「まだ見つからないのですか……」

「待ちくたびれたのです……」

「ロードランナーの現在地不明。ドコカニ隠レテイルカモシレナイネ」

「やっぱりもう戻ってくる気はないということなのか……」


 一同はすでに疲れ果てていた。まもなく日が沈み捜索がより困難になる。

 それ以前にロードランナーの居場所も分からず、生存するかさえも分からない。彼女たちは寸秒も落ち着けなかった。


「本当ならもう見つかってもおかしくないはずだけど……ちょっと連絡してみようかな」


 みどりが通信機に触れようとした瞬間。


「おい……!あれを見ろ!」


 バスケットボールのような赤茶色の丸いセルリアンがプロングホーンたちが乗っているバスに近づいてきた。


「セルリアンなのです!なんでこんなところにいるのですか!?」

「ここにはセルリアンは現れないはず……」


 信じられないものを見たかのように博士と助手は目を見開いていた。


「今こそこの、名前は……セルデリートの出番だね!蜂の巣にしてやるぜぇ!」


 みどりは水鉄砲にセルデリートの瓶をセットして、セルリアンに向けて発射した。しかし、セルリアンはまるで意志があるかのようにその攻撃を華麗に避けた。


「ちっ、すばしっこいね……」


 セルリアンは自分から接近したのにもかかわらず、攻撃を仕掛けるわけでもなくバスを通り過ぎ、どこかへ去っていく。


「おい!逃げたぞ!」

「分かっているよ!みんな乗るよ!」


 バスに乗りセルリアンを追う。

 しかし、思ったよりもずっと速く、いつまで経っても追いつくことができない。


「私よりも速いかもしれない……」

「どこまで逃げるつもりなのかしら……」


 その時、ボスが言う。


「タッタ今入ッタ情報ダケド、コノ先二 ロードランナーノ目撃情報アッタミタイダヨ。コノママ進ムヨ」

「あいつは見つかったのか……よかった……」


 プロングホーンは安心して胸を撫で下ろした。


「そうだと分かったらこのまま突き進むのです!」

「ととっとロードランナーを連れ戻すのです」


 彼女たちは荒野へ向かった。

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 PPPライブ会場。

 開始まで2時間となり、バスや電車でやって来た人やフレンズで会場は埋まっていく。皆がPPPの登場を心して待っている。


「もうすぐですね……あれ?」


 警備中のキンシコウは宙に何かが浮いているの気づいた。


「風船?」


 しかし、他にも同じくらいの球体が2,3,4……徐々にその数は増えていく。さすがに何かがおかしいと思い注視していると、球体は集合し環の形になった。

 観客たちの中にもそれに気づき上を指差すものいる。


「おい見ろよ。なんか浮いてんぞ」

「ドローンじゃないの?」


 キンシコウは目を凝らしてみた。

 そして気づいたあれはセルリアンだ。


「どうしてここに……何とかしないと」


 キンシコウは同じく会場を警備している者たちに連絡を取ろうとした。

 セルリアンたちの方は襲ってくる様子はなく、環状を維持しながら縦横無尽に宙を舞った。

 観客たちはそれをライブ前の一種の余興だと思いこんでいたが、環が分裂して数を増やすのを見ると不気味に感じてきた。

 そしてとうとう鳥類のハンターがセルリアンの群れに攻撃を仕掛けた途端、空気は一変する。

 セルリアンたちは陣形を解除し、観客に襲いかかった。

 逃げ惑う観客が出口にごった返す。

 その間にもセルリアンは近づいてくる。


「危ない!」


 キンシコウは棒で一突きしようと走り出したが間に合わない。

 しかし、セルリアンは激突寸前のところで急に止まり、そのおかげで彼女の一撃が命中し、何とか討伐することができた。


「間一髪なのかしら……」


 キンシコウは違和感を抱きながら被害を出さずに済んでほっとした。

 それからハンターたちがセルリアンと戦っている間にも人の警備隊が観客を避難させ、会場は無人の状態になった。

 後は倒すだけ、だがそう簡単にはいかない。

 セルリアンの残党は一つに合体し、巨大な一体のセルリアンとなった。

 ハンターたちは戦慄する。

 さらに、彼女たちは知らなかった。

 会場外にはここ以上にセルリアンがいたことを。

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「はぁ……見つからないな」


 ヒグマは海岸周辺の施設に聞き込みをしていたが目ぼしい情報もなく途方に暮れていた。


 しかし、諦めかけたその瞬間

 ズドオオオオオォォォン――

 と、強風とともに爆音が鳴り響いた。


 何事かと思い、音がした方へと向かっていく。

 そこにはイルカたちがいた。


「すまない、そこの二人ちょっといいか」


 イルカたちは戸惑いの表情だった。


「え……あなたはハンター……?」

「今、ロードランナーさんが消えてしまって……」


 地表がえぐれている。

 それは一直線に続き、あるところで途切れていた。

 これをロードランナーがやったとは信じられなかったが、

 彼女たちの表情から察するに、本当のことだと知り驚く。


「遅かったか……ん」


 キンシコウからの連絡だ。


「ヒグマさん緊急事態です!PPPライブ会場で大量のセルリアンが発生しました!かなり手強くて救援が必要です!今ゆっくり話す余裕がないので……リカオンにも伝えといてください!」

「そんな……」


 通話が途絶えた。


「すまん急用ができた。ロードランナーのことは私たちに任せろ」

「よろしくお願いします!」「助けてあげて!」

「じゃあな……!」


 ヒグマは急いでライブ会場に駆けていった。

 その間にもリカオンに連絡を取る。


「ヒグマさん!ボスがおかしくなっちゃいまして、警報警報って繰り返し言っててっ!」

「セルリアンがPPPのライブ会場に発生したらしい……たく、今日は一体どうなってるんだ……」

「えっ、ライブ会場に?どうしてですか!?」

「知らん。とにかく私は今向かっている。お前も早く来るんだ」


 それ以上はもう何も言うことはない、とヒグマは通話を切った。

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「あの、ヒグマさん!あ、もう切られてる……まずいですよ……早く行かないと」


 落ち着けずにおどおどしていると、前からバスが来るのが見えた。


「おーい!この先はセルリアンが発生しているから危険ですよー!!!」


 バスが停まる。


「なにっ!?セルリアンだと!?」

「博士たちに……あなたはプロングホーン……この人は?」

「わ、私はジャパリパーク研究所キョウシュウ支部長のみどりです……以後お見知りおきを」


 交流を避けて研究に没頭していたことに後悔したみどりだった。


「セルリアンが発生していると言いましたが、実はさきほど我々のところに小さなやつが現れたのです」

「なんとか倒すことはできましたが」

「そちらのほうにも……この辺りには現れてないはずなのに」

「この先にはロードランナーもいるらしいんだ。私たちは彼女の救助しないといけない」

「なら、私も乗せてください!」


リカオンはバスに乗った。

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 セルリアンの襲撃はパーク中に知れ渡り、キョウシュウエリアの一部ちほーへの立ち入りが禁じられた。

 そのことは当然ジャパリカフェにも伝わった。


「イエイヌちゃん今日はお疲れさまぁ~」

「はい、お先失礼します!」


 イエイヌはカフェでのバイトを終えて家に帰ろうとしたところだった。しかし、PPPライブでの異常事態を知らせる速報がテレビに映り、歩みを止めた。


「異常事態……?」


 それが何を意味しているのか考えていると、外から警報サイレンの音が鳴り響いた。


「えっ……?」

「今日は色々ぶっそーなこと起きてるにぇー……ここからけっこう近いじゃない!イエイヌちゃん、ちょっとここで休んでいったら?」

「そうですね……紅茶をお願いします」


 夜に差し掛かり、店の中は既に空いていた。

 イエイヌは空いていた席に座り、テレビでことの詳細を確かめる。

 しばらくすると客が電話で話している声が耳に入った。

 特別集中していたわけではなかったが、話によると彼の友人がライブ会場にいたのだと言う。

 

盗み聞きは良くないと思っていたが、気になってそちらの方に耳を傾けて、優れた聴覚を活かし、通話相手が言っていることまでも聴き取ろうとしていた。


「パークに化け物っておまえ冗談がきついぜ……そんなのいるわけないじゃん」

「マジなんだって!急に空になんか丸いのが出てきたと思ったら、一気に数が増えて襲ってきたんだよ!」


 セルリアンだ。イエイヌはすぐに気づいた。

 しかし、彼女は本物を見たことがない。

 スクールでそのような生物が昔いたと習ったのと、2,3年前にまた出現した程度の知識しかなかった。


「マジかよー、すっげえ面白そうじゃん。俺も見たかったな」

「バカか!ほんとに生きてる感じがしなかったんだぞ……会場抜けて助かったと思ったらまたバケモンがいて、車の数も少なくて、ああもう俺死ぬんだって思ったんだわ」

「でもこうして話せてるってことは、助かったんだろ?よかったじゃん」

「まあな……バケモンがうじゃうじゃいてもうダメだーって思ったら、なぜか急に消えちまったんだよ」

「はァ?」

「俺もよく分からねえけど、ほんとに言ったことまんまなんだって!フレンズでも倒せないから、逃げるしかねえと思ってから何が起きたんだって後ろ振りたんよ」

「んで、何が見えたんだよ」

「まあ普通にフレンズだったけどよ。目に止まらねえ速さでどっかに消えちまって……これ完全に夢だわって現実逃避したわ」

「イエイヌちゃん?紅茶どうぞ」


 気がついたら彼らの話に集中しすぎていた。

 イエイヌはもういいやと思い、ティーカップに触れる。

 一口飲んで心を落ち着けようとした。

 しかし、彼らの声は自然と耳に入る。


「たしかな……Beep!ってTシャツに書いてあったような。何だろう?まあどうでもいいか」


 イエイヌは耳を疑う。

 まさかロードランナーがあそこに居るのだろうか。

 しかし、これはただの偶然。そのような服はどこでも買えるような品物だから彼女とは限らないとも思っていた。

 また一杯飲んで気を紛らわす。


「でもまあ、今頃どうなってんだろうな。俺は運良く駅まで逃げ切ってけど、他の奴らはな……まだ終わったわけじゃねえし」

「結局、あの化け物ってなんなん?あんなのがいるなんてパンフ――」


 紅茶を一気に飲み干し立ち上がった。


「アルパカさん……私、帰ります。これお代です」

「どうしたの急に?お外は危ないよぉ!?」

「遠回りして帰るのでご心配なく」

「待って――」


 アルパカが引き止めようとしたかが、それを無視して外に出て、イエイヌはそのままロープウェイに乗り、下へ向かった。

 別にライブ会場に行こうとは思っていない。

 ただロードランナーの家に行って、彼女が無事か確かめたかっただけだ。

 彼女ならきっと大丈夫。

 イエイヌは自分にそう言い聞かせ家に向かった。

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 プロングホーン一行のバスはライブ会場がある方へ爆走していた。


「ココカラ先ハ大量ノセルリアント接触スル可能性ガアルヨ。ミンナ心ノ準備ヲシテネ」

「ちょっと緊張してきました……」


 リカオンは震えていた。


「おまえはハンターだろ?セルリアンとの戦いは慣れているんじゃないのか?」

「私は一人でガンガンいくようなタイプじゃないですよ……それにセルリアンなんて決まった種類としか経験がないので、こういう非常事態では……」

「こんな調子で大丈夫なのですか……」


 助手が呆れた様子で言う。


「助手、仕方ないのです。誰もセルリアンと戦い慣れているものなんていないのです。あれが現れたのもたった2,3年前の話なのですから」

「それもそうですね。我々も経験はほんとんどないのですし」


 誰もが不安だった。

 ロードランナーのこと、セルリアンのこと。

 二つの大きな問題が同時に降り掛かり、彼女たちはどうすべきかもよく分かっていなかった。


 プロングホーンは彼女なりに考えていた。

 この先にロードランナーがいるならば、恐らく彼女は戦っている。今持っている力を最大限に活かせば、セルリアンの大群でさえ一人で倒すことすらできると考え、それが自分の使命だと思い込むだろう。

 しかし、力を使うことで彼女のサンドスターはさらに消耗されてしまう。そしたらロードランナーはどうなってしまうのか。

 想像しただけでも恐ろしい。

 無茶はするなよ。プロングホーンは心の中で呟いた。


 徐々にセルリアンから逃げてきた対向車の数が増えてきた。

 走ったり、飛んで逃げるフレンズもいる。

 奥の方に進めば進むほど、車内の空気は重くなった。


「みんな……来るよ!」


 フロントガラスのの奥には極彩色のセルリアンの大群が見え、ハンターを始めとしたフレンズたちが戦っており、人間たちも銃器を使い彼女たちを援護している。


「すごい戦いなのです助手……」

「こんなことがパークで起こっているのですね博士……」


 はじめて見た衝撃的な光景に、博士たちは「戦争」という言葉の意味を理解したような気がした。


「この先にロードランナーがいるのか……うわっ!」


 突然バスが大きく揺れたと思ったら、周りは既にセルリアンに囲まれていた。


「うわあああああああ!もうこんなに囲まれちゃってますよ!」

「ボクニ任セテ」


 ボスはバスを最高速度で飛ばし、荒々しい運転で引っ付いていたセルリアンを引き離した。セルリアンはそれ以上追うことはなかった。


「ボス、すごいな……」

「危ないところだったね……早くロードランナーのところにいかないと」


 これで一安心と思いきや、博士が上を指差して言う。


「まだ先は遠そうですよ……」


 前には5メートルほどの高さの四足歩行のセルリアンが立ち塞がっていた。全員顔を上げて何も言えずにいた。


「博士……これはあまりにもでかすぎるのですよ……」

「あんなのがあちこちにいるというのですか……」


 セルリアンは前足を高く振り上げ、より一層大きく見えた。


「まずい!攻撃してくるぞ!」

「使うしかないようね……ボス、足元まで行って!」

「ええ!そんなことしたら踏み潰されてしまいますよ!」

「了解」


 ボスはセルリアンの身体を支えている後ろの両足付近までバスを動かし、みどりが水鉄砲を取り出した。


「ここだ!」


 水鉄砲から勢いよくセルデリートが発射され左足に付着し、そこから徐々に虹色の蒸気が沸き立ち溶けていく。


「すごい……効いてるみたいです」

「感心してる場合じゃない!倒れてくるぞ!」


 左足が溶けたことによってセルリアンは体勢を崩し、バスの方へ倒れ込もうとしている。


「「「「「うわあああああああああああ!!!!」」」」」


 ボスが素早くセルリアンからバスを離す。

 巨体が地面に叩きつけられ大きな震動と衝撃音が響き、一瞬バスが宙に浮いたが、全員無事に済んだ。


「危なかったね……」

「まだ倒したわけじゃない。今のうちにとどめを刺す!」


 プロングホーンはバスから飛び出てセルリアンの上に乗った。

 正直こんな巨体に自分の攻撃が通用するとは思っていなかったが、やるしかない。

 渾身の一撃をセルリアンにお見舞いした。


「どうだ……?」


 意外にもセルリアンは脆く、その一撃を受けて大量のサンドスターを放出して散った。これにはプロングホーンもあっけからんとしている。本人が一番手応えを感じていなかったのだから。


「す、すごい……あんなおっきなセルリアンを一撃で倒しちゃいました……」

「まだまだ来るですよ!」


 博士が前から小型セルリアンの群れが押し寄せてくるのを知らせた。だが、バスは四方八方を囲まれてしまい脱出することができない。


「やるしかないみたいね……」


 みどりはケース開きセルデリートの残量を確かめた。

 このような事態になるとはゆめにも思わなかったため、持って後2リットルペットボトル一本分の量しか残っていない。しかもロードランナーを助けるためにも念に少し残す必要があるから、戦いに使える量はほんの僅かだった。


「あとこれだけか……」

「ミドリはバスノ中ニ居テ。後ハ、フレンズタチニ任セヨウ」

「大丈夫!私だってまだ戦えるよ」

「やるしかないみたいですね。みどりさんはバスの中から援護をお願いします」

「こんなとっとと終わらせて我々も行くですよ、助手」

「グルメを堪能するのですよ、博士」


 博士たちはバスを中心とした三角形の陣形を組み、野生解放して戦いに臨んだ。


 プロングホーンは自分も戦いに加わろうとしたが、みどりに止められた。


「君は先に行ってロードランナーを探して、懐にあるものを飲ませなさい! この辺りにいるなら、あの子もたぶん戦っているはず……今の状態で無理をしたらサンドスターが枯渇して手遅れになっちゃうよ!」

「しかし、おまえたちは……」


 セルリアンと戦いながら博士が言う。


「この程度は我々だけで十分なのです。おまえは早く行くのです。その薬品は高濃度のサンドスターが含まれていて、飲めばサンドスターを一気に補給することができるのです!」


「……分かった! ここはおまえ達に任せたぞ」


 プロングホーンはセルリアンの攻撃を掻い潜りながら、疾風のごとくライブ会場がある方向に突っ走った。


「あはは、あんなこと言っちゃったけど……かなりピンチかな」

「こんなにどっから湧いて出てきてるんでしょうか!?」


 倒しても倒してもセルリアンの数は一向に減る気配はない。

 むしろ増えているとさえ感じる。


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 ロードランナーの安否を確認しにフレンズたちが暮らす住宅街に行ったイエイヌ。

 その中の集合住宅の一つ、「けもの荘」の2階の一室が彼女の部屋で、その二つ隣がロードランナーの部屋だ。


 彼女は階段を上がりロードランナーの家の前に着き、インターホンを押した。しかし中から足音も聞こえず出てくる様子はない。


「まだ帰ってきてない……?」

「あの子ならまだ帰ってないですけど」

「わぁ!」


 右から声がした。


「マレーグマさん……いらしてましたか」

「今日はみんなPPPのライブがあるって行っちゃたんで、だれかいて安心したんですけどー」

「ライブ会場でセルリアンが現れたみたいです……」

「あーそうなの。寝ている間にすごい大変なことになってたんですけど……」

「みんな大丈夫なんでしょうか……」

「ま―悩んでもしょうがないし、寝ている間になんとかなってると思うんですけど……マレーグマはもう一眠りしようと思うんで、イエイヌさんもゆっくり休めばいいと思うんですけどー」

「そうですよね……わたしもそうします」

「じゃぁーおやすみなさいー……」

 

 マレーバクは今にもその場に眠りそうなりがらも、眠気眼をこすりながら自分の部屋に戻っていった。

 イエイヌも部屋に入り、布団の中に潜った。

 しかし、中々寝付けない。

 そして羊の数を数えて187匹目、彼女は諦めた。


「やっぱり気になっちゃいますよ……」


 イエイヌは悶々とした。

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「どこにいるんだ……!」

 プロングホーンはロードランナーを探しに荒野を駆ける。

 先程はあれほど大量にいたはずのセルリアンは打って変わり、その数はまばらである。そして各個体は襲ってくるわけでもなく、どこに向かっているわけでもなく、ただ彷徨っている。

 しかし、目は常に彼女の方を見ている。

 それがプロングホーンにはものすごく不気味に感じた。


「こいつら何が目的だ……なぜ襲ってこない?」


 すると突然、セルリアンたちはある方向に向かって進んでいく。

 彼女はわけも分からなかったが、目を凝らして見ると、遥か先に夥しい数のセルリアンの大群が見えた。

 さすがのプロングホーンもこれには怖気づき、一瞬ためらったが勇気を振り絞る。だが、次の瞬間、その群れは跡形もなく消えてしまった。


「そんな、さっきまであそこに……」


 彼女は自分の目を疑い、もう一度目を皿にする。

 さっきまで群れで隠されていて見えなかったが、はっきりと黒点が動いている。ここからの距離を考えるかなりの大きさだ。

 依然としてセルリアンは止まらず群れがいる場所に向かっていく。


「よし……!」


 プロングホーンはセルリアンの後を追った。

 目的地に近づくにつれて彼女の前にいたセルリアンが一体ずつ、亜空間に吸い込まれるかのように消えていき、全速力で走ろうともセルリアンは常にプロングホーンの前を行った。

 だが、彼女はそんなことも気にする余裕もなかった。

 そして40,50体いたはずの小型セルリアンの数は、いつの間にか2,3体まで減っていた。遠くからはよく分からなったがか、もう一目瞭然だ。

 前方にはクラゲのような形をした中型セルリアンが8体に、少し離れたところには大型の楕円形セルリアンが1体いた。

 プロングホーンは息を呑んだ。

 あたりには自分以外誰もいない。もし今突っ込めば、間違いなく自分がやられることは十分に分かっていた。

 彼女を先導していたセルリアンは気づけばもういない。

 罠にはめられてしまったのかと思ったが、クラゲセルリアンが何かを囲んでいることに気づいた。あれは――


「ロードランナー!?」


 プロングホーンは後先を考えずにすぐさま彼女のそばに駆け寄った。


「おい!大丈夫か!?」


 意識を失っているだけで、目立った外傷も特にない。

 だが、安心してはいられない。

 プロングホーンはセルリアンの環の中に入ったことで、四面楚歌の状態となってしまった。


「ひとまずここから離れなければ……」


 彼女はロードランナーを背負った。

 セルリアンたちは何も仕掛けてこない。

 今がチャンスと思い隙間に向かって飛び出した瞬間、セルリアンが目に留まらぬ速さで彼女の前に立ち塞がった。


「速い……!」


 プロングホーンは咄嗟に体勢を変え、助走を利用し飛び蹴りを浴びせる。

 蹴りはクリーンヒットし、宙に浮いていたセルリアンは地表に墜ちた。


「おかしい……」


 さっき倒した巨大セルリアンと同じだ。

 まるでわざと倒されているような感触がした。

 だが、その違和感に考えを巡らす暇もなく、また別のセルリアンが目の前に瞬間移動する。彼女は一度後退して倒したセルリアンを確かめることにした。

 すると、倒したはずなのにサンドスターが噴出せず、2つに分裂し蘇った。そして、それぞれ半分ほどの大きさだったものが元の大きさに戻り、結果的には、敵を増やしただけに過ぎなかった。


「倒したら増え続ける……めちゃくちゃだな」

「ロードランナ―――――!!!」


 あの声は、とプロングホーンは思い、後ろを振り返った。


「チーター!?」

「プロングホーン!?何であんたが……ロードランナー……!この子大丈夫なの!?それにセルリアンがこんなに……早く逃げましょう!」

「落ち着けチーター!」


 彼女たちが話している最中にもセルリアンたちは動いた。

 環は広がり、プロングホーンたちはあっという間に囲まれてしまった。


「やばいわよ!囲まれちゃったじゃない!」

「逃げても無駄だ。こいつらは恐らく私たちよりも速い。倒しても分裂して増えるだけだ」

「そんな……どうすればいいのよ……私たちこのままじゃ食べられちゃうわよ!」

「まあ待て、私はこの状況に違和感を感じる」

「何よ!?」

「セルリアンが襲ってこないんだ」


 セルリアンたちは各々の位置からじっと留まっている。奥にいる巨大なセルリアンに関してはまだ一度も動いていない。

 チーターは少し冷静になり、まずこうして話していられる余裕があること自体に違和感を感じた。


「たしかに……なんだか妙わね……」

「おかしいと思っていたんだ。ここまであんなにも多くのセルリアンがいたというのにもかかわらず、無傷で済んでいることに」

「でも、実際セルリアンはみんなのことを襲っているじゃない?だから逃げてるんじゃないの?」


 プロングホーンは思案した。


「まずはこれをロードランナーに飲ませなくてはいけない」

懐からセルデリートを取り出した。

「何よそれ……この子に何があったというの」

「あとで話す」


 瓶の封を開け、中身をロードランナーに飲ませようとした――しかし、攻撃の気配。


「プロングホーン後ろ!」


 彼女は背後から放たれた強烈な一撃を見ずに左に躱した。


「あぶなかった……チーター助かったぞ」

「やっぱり襲ってくるじゃないの……戦うしかないみたいね!」

「……もう一度だ」


 プロングホーンは再び瓶をロードランナーの口に近づけた。

 すると、今度は正面から彼女が瓶を持っている右手に向かって、触手が伸びた。彼女が手を引っ込めると、触手は動きを止め縮んでいく。

 さらに彼女は同じこと繰り返し、セルリアンも同じ反応を見せた。


「え……なにこれ?」

「なるほど、この液体を飲ませようとしたときだけこいつらは攻撃してくるのか。理由は分からないが……」

「プロングホーン!ロードランナーの手が……!」


 背中からロードランナーを降ろし両手を見ると、彼女の手からけものプラズムが発生し徐々に透けてきた。


「くそっ……助ける方法はあるというのに!」

「一体どうなってるのよ……その瓶がこの子と何か関係があるの!?」

「これを早く飲ませないと……ロードランナーは獣に戻る……」

「嘘でしょ?セルリアンに食べられてないのに?」

「とにかく、こいつらを倒さないとロードランナーは助けられない!」

「どうやって……倒しても増える敵に対抗するのよ……」

プロングホーンは瓶をもう一本取り出し、チーターに渡した。


「これでどうするつもり?」

「それにはセルリアンを倒す力があるんだ。だからこうすれば……」


 彼女は自分が持っている瓶の中身を手足に垂らした。

 すると、触れた部分は虹色の光を発し力が漲るのを感じた。


「なにしてるの!それがなかったらロードランナーが!」

「あと二本残っているから大丈夫だ。おまえも使え。これしか私たちがこのセルリアンたちを倒す方法はないぞ!」

「わ、わかったわよ……!」


 チーターもプロングホーンの真似をして手足に液体を垂らした。


「さあ、行くぞチーター。準備はいいか」

「ええ、早く倒してロードランナーを助けるわよ!」


 二人は背中合わせになり、互いの正面にいるセルリアンにいざ立ち向かんと野生解放し集中する。


「よし……いくぞおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 戦いは始まった。

 プロングホーンたちは拳を強く握りしめてセルリアンに飛びかかる。セルリアンは攻撃を避けようとするが、野生解放とセルデリートにより能力が強化された彼女たちは非常に速く、強かった。

 敢え無くセルリアンは触手で拳を受けざるを得ず、触れた部分は七色に輝き、瞬く間にサンドスターとなった。

 彼女たちの猛攻は続く。

 速攻の連撃に耐えられず、殴られた箇所から順にサンドスターが零れ落ちセルリアンは消滅した。


「すごいわ……ものすごく身体が軽いし、私たちの攻撃がこんなに効くなんて」

「次来るぞ!」


 セルリアンたちは一斉に触手を伸ばし掴み掛かかってきた。

二人は高く飛び跳ねて躱したが下にはロードランナーが残っている。


「あの子が!」

「あいつなら大丈夫だ」

「え?」


 触手はロードランナーを無視し、環の中心に行ったところから彼女たちを狙って直角に伸びる。

 プロングホーンはニヤリと笑った。

 二人はセルリアンに目掛けて飛び蹴りし、見事に眼球に命中し一撃で葬った。残るクラゲセルリアンの数は5体だ


「こんなに戦えるなんて信じられないわ……それより、どうしてあの子は狙われなかったのかしら?」

「私がロードランナーを見つけたとき既に意識をなくしていた。なのにセルリアンはとどめを刺さなかった。はじめから食べることが目的じゃなかったんだ」

「じゃあ、なんで……」

「わからない。でも……敵意を感じない。私たちを倒そうとするなら、あそこにいる大きなやつが来てもおかしくないはずだ。」

「手加減されてるってこと?セルリアンがそんなことするかしら?」

「……考えてもしょうがない。早く残りのセルリアンを倒してロードランナーを助けるぞ」


「ねえ……なんかセルリアンの様子がおかしいわよ……」


 じっとその場から動かなかったはずのセルリアンたちが、急に環を乱し蠢き出した。そしてプロングホーンたちから急速に離れてどこかに去っていく。しかし、急に止まり再び戻ってくる。


「何をするつもりだ……」


 セルリアンの目の向きは定まらず、触手は激しく不規則に揺らめいている。明らかにさっきとは別物だと彼女たちは感じた。


「くるぞ……」

「ねえ、大きいのはどこに行ったの……?」


あたりを見渡しても見当たらない。


「どこにいる!?」


 プロングホーンが再び顔を正面に向き直すと、大型セルリアンが眼前にいた。そして身体の内側から無数の触手が飛び出す。今度は明確な殺意を感じた。


「プロングホ――ン!!!」


 チーターが助けようと手を伸ばすが間に合わない。

 触手は針のように鋭くなり、彼女の全身を串刺しにしようと素早く襲いかかった。


「しまった――」


 触手は肌に迫りもう当たる寸前まで来ており、躱そうとしても間に合わない。

 ここまでか、とプロングホーンは思った。

 だが、既のところで攻撃は止まり、セルリアンは硬直した。

 間一髪のところで助かったものの、プロングホーンは恐怖で声も出ず、指一本も動かせないほど身体が強張っている。

 すると急に、誰かに横から強く掴まれた。

----------------------------------------


「こんなもんかー?小さいやつしか見当たらないが」


 ヒグマが辺りを見渡してもほとんどセルリアンの姿は全く見えない。そのとき通信機からキンシコウから連絡が来た。


「セルリアンなんて見当たらないぞ?」

「さっきまで大型のと戦っていたんですが、急にどっかに消えちゃって……」

「消えた?まさかそんなわけないだろ……」

「本当ですよ!ハンターたちが全力で戦っても全く刃が立たなくって……もう終わりだと思ったら、セルリアンがどこかに吸い込まれちゃったんです」

「うーん、リカオンはどうなんだろう」


 ヒグマは彼女に連絡をし、グループ通話を行った。


「どうなっているんですか!?セルリアンが急にいなくなっちゃいました!!」

「そっちも同じですか」

「私だけが知らないようだな……ということはもう全部解決ってことか?」

「いえ、まだでかいのが残っています。今博士たちとバスに乗って向かっているんですが、そこにはロードランナーもいるそうですよ!」

「そうですか……私も会場周辺にまだ残っているかもしれませんからパトロールして、行けたらそっちに向かいます」

「私はそっちに向かう。ここらへんはもう問題なさそうだからな。じゃあ切るぞ」


 ヒグマはあっけらかんとして息を吐く。


「えーっと……あの丘の向こうか?私が着く頃にはすべて終わってるかもしれないが。まったくどうなってるんだ今日は……あっ、おーい!そっちは危険だぞー!」


 ヒグマは野次馬たちを追い払いに行った。

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「私たちのとこだけじゃなく、ライブ会場の方でも突然セルリアンが消えてしまったそうです」

「不思議だね……セルリアンたちはどこに行っちゃったんだろう?」

「今思うとあれほどの数に、大きな個体もいたのに案外あっけなかったのです」

「まあとにかく、おかげですぐにプロングホーンのところに行ける。セルデリートも節約できたし」


 みどりが残量を確認していると、助手が席を立ち上がって前を指し大きな声で言った。


「見るのです! プロングホーンに、他にもフレンズが2人見えるのです!」

「ああっ!? セルリアンが目の前に! このままでは食べられてしまうますよ! バスを彼女の方に寄せてください!」


 リカオンは手すりにつかまり、バスの出入り口から腕を伸ばした。


「ボス!もっとスピード上げられないの!?」

「現在、最高速度」

「助手、我々も他の二人を助けるのです!」

「はい!博士」


 博士たちはバスの外に飛んでいく。

 バスとプロングホーンの間は50mを切った。


「間に合ってええええええええ!」


 リカオンは掴み損ねないように集中し手すりを強く握った。

 そして、プロングホーンの腰を包むように腕を被せて、車内の方へぐいっと引っ張り、勢い余って二人は座席に倒れた。


「いてて……あぶなかった……」

「うぅ……私は助かったのか…………二人は!?」

「ここにいるのです」


 バスの後部から博士がロードランナーを背負って入ってきた。

 それに続いて助手もチータを抱えてきた。


「ありがとう助かったわ……」

「とりあえずここから離れてハンターたちのところに行こう!あとロードランナーの容態は?」


 みどりはロードランナーの方を見ると、彼女の肢体が消えかけていることに気づいた。


「はやくしないと、セルデリートを!」


 博士たちがテキパキと動いてロードランナーにセルデリートを飲ますと、消えかけていた彼女の体が元に戻った。

 これで安心と思いきやそうではない。動きを止めていた巨大セルリアンは高速でバスの目の前に立ちはだかり、ボスは回避しようと急に左にハンドルを大きく回してしまい転倒してしまう。

 そして他のクラゲ型のセルリアンたちもバスの周りを囲み、彼女たちは絶体絶命の危機に陥った。


「まずいよこれは……」


 全員バスの横転により体勢を崩し、下に叩きつけられて怪我を負い、簡単には立ち上がれない。

 このままセルリアンに飲み込まれてしまうのかと思ったその時、ロードランナーの全身から眩い七色の光が溢れ出し目を覚ます。その瞳も虹色に輝きており野生解放とは異なっていた。

 

「ロードランナー……」


 プロングホーンは息を漏らすように呟く。


「もう大丈夫です。私がすべてを終わらせますから!」


 ロードランナーがそう快活に言ってバスから飛び出すと、目にも留まらぬ速さでセルリアンに向かって次々飛び蹴りを繰り出した。あっさりとクラゲ型のものは全身から白い光を発し、それからサンドスターを噴出し消える。

 プロングホーンたちにはロードランナーが何もしていないのにもかかわらず、勝手にセルリアンが蒸散したようにしか見えなくて戸惑いを隠せなかった。

 最後に残るのは楕円形の巨大セルリアンである。

 ロードランナーは「野生解放」と呟くと全身の虹色のオーラがさらに拡し、先ほど倒されたセルリアンから噴出したサンドスターが彼女の元に集い、オーラはセルリアンと同等の大きさまで膨張した。

 そうして彼女は大きな虹色の光そのものになってセルリアン目掛けて突撃、飛び蹴りは体の中心に命中し、強固な表面をサンドスターに変えてゆき後部を貫く。ロードランナーの猛攻は留まることなく、光速を超える連撃がありとあらゆる方向に繰り出され、傍から見れば光が覆い包んで居るようにしか見えない。

 そしてその光が薄まり消えた瞬間、セルリアンは跡形もなく姿を消し、そこら一体にはサンドスターの大海が広がった。その真ん中に立っているロードランナーにはもう虹色のオーラはなく、彼女は電池が尽きてしまったロボットのように停止し、力なく膝から崩れ落ち倒れた。


----------------------------------------


 ロードランナーが目を覚めるとベッドの上だった。

 外はすっかり暗くなってものすごく静かである。

 あたりを見渡すと見覚えがあるところだと感じ、そこが自分の家だとわかった。

 そしてベッドの横ではイエイヌが椅子に座って眠っている。


「イエイヌ……」

 

彼女は立ち上がりイエイヌを起こさぬよう、部屋の外に出ようとすると

「目覚めたか」

 と部屋の外にいたプロングホーンが現れ、ロードランナーは困惑して何を言えばいいのか分からず、10秒ほどだんまりしてしまう。それからやっと口を開いた。


「あ、あの……プロングホーンさま………」

「今からちょっと走らないか?」

「えっ……あ、はい……」


 二人は外に出て走り出す。

 プロングホーンがどこへ行くのか分からないまま、彼女のあとを黙って付いていく。走っている間、彼女たちは一言も言葉を発することもなく、ただ暗くておぼつかない道を駆け、森を抜け、いつもの荒野に出て、丘の上で二人は止まった。

 それからもしばらく沈黙は続いたが、プロングホーンから切り出す。


「おまえの不安に気づいてやれなくて悪かった」


「い、いや……プロングホーン様は何も悪くありませんから……」


「走るのは好きか」


「はい……でも、やっぱり競争に負けるのは悔しいです」


「……そんなことを気にせず己との戦いだ、なんて言っても何も響かないだろうな。私は才能に恵まれていて常に上にいる者だから、おまえの劣等感を頭で理解できても、心からは理解はしてやれない……おまえにどうすれば私のような速さが手に入るかもわからない……」


ロードランナーは黙る。


「おまえを連れ戻したらなんて言ってやればいいのかずっと考えていたが、そうやって思い浮かんだ言葉はどれも綺麗ごとにすぎず、何の解決にも繋がらないと思った。

 だから、結局ストレートに思いを告げるのが一番。

 そうすることしようと思う!」


「プロングホーンさま……?」


「走れロードランナー! 私はおまえの成長する姿が見たいんだ。

 おまえが挫折や苦悩を乗り越え、行き着いたその先

 輝いたおまえの姿が見たいんだ!」


 ロードランナーは目を閉じて思った。

 こんなにも自分のことを思ってくれている者たちがいて、自分は幸せ者だと。

 速さはいらない、というより見方が変わった。

 速さを育もう。みんなと歩んでいく中で、自分だけの速さを磨いていく。

 それは宝物であり魂のようなものだから、能力的に優れているかどうかは別問題である。もうそんな感じでいいんじゃないかと彼女は晴れやかな気持ちになった。


「私もプロングホーンさまに付いていきますよ!

 これからもどうぞよろしくおねがいしますね!」

 

 満面の笑みでロードランナーは言い、涙がぽろりと頬を伝って溺れる。

 それにプロングホーンは神妙な顔になりながらも、ロードランナーを抱きしめ、彼女も抱きしめ返し、1分ほどじっとしていた。

 彼女たちの正面には朝日が昇り、空は薄いオレンジ色に染められていった。


 それから彼女たちはロードランナーの家に戻り、起きたイエイヌに会う。彼女はロードランナーが無事に目覚めたことを大変喜んで、勢いよく抱きしめた。 

 イエイヌは家で留まってようと思っていたが、どうしてもロードランナーの安否が気になってしまい結局外に出る。通りがかったヒグマに止められるも、彼女の通信機に全てのセルリアンが消えてしまったと報告が来て、もう止める理由もなく二人でロードランナーたちのところにやってきた。

 バスの修理が済んだあとみんなでロードランナーの家に行き、イエイヌが彼女をお風呂に入れ、着替えさせ、ベッドに寝かせて起きるのを側で待っていたのだ。


「もう動いて大丈夫でなんですか!?」

「体は全然大丈夫……心配かけて悪かったな」

「そうですか!ほんとうによかったです……!」


 イエイヌは喜びロードランナーと抱きつき、二人は抱擁を交わし、プロングホーンはその様子を満足げな表情で眺めていた。


 こうしてロードランナーは後遺症もなく無事に救出され、一連の事件は幕を閉じた。

 彼女の一件はセルリアン騒動やその後に起こった様々な出来事に比べれば瑣末なことで、メディアは実名も上げずにあの事件の被害者の一人としか知らせなかった。

 ロードランナー自身も翌日には事件についての記憶を綺麗さっぱりなくしてしまったそうで、彼女の身に起こったことは、救出に向かったプロングホーンたち、チーター、イエイヌ、ハンターたちだけと少ない。彼女たちもロードランナーには何も言わず、あの日のことを胸の中にしまい込み、彼女が今無事で元気そうにしているのだからそれで良しとし、いつものように日常を過ごすのだった。

 結局、セルリアン大量発生事件は規模が大きかったのにもかかわらず、被害者の数は一桁台で、その者たちも一時的な昏睡状態だったが、しばらくすると何もなかったかのように元気に目覚め、後遺症も全くない。

 それはともあれ、あの事件が起こったすぐ後に、ライブ会場のステージ上に不思議な封筒が落ちており、それを取り出すと便箋が入っていた。そこには今回の一連の事件と過去の事件の犯行声明が活字で書かれており、最後には


<我々は目的を達成した。もう事件は起こさない。

 ジャパリパークに栄光あれ。>


と締め括られていた。

 さらに、封筒を見つけたのと同じ頃、政府がこれまで隠してきた悪事や陰謀の数々が何者かによって大量リークされ、彼らは世間の轟々たる批判を浴び、関わった者たちは全員逮捕されることとなった。そして、ジャパリパークも安全性が問題視され、一時閉鎖を余儀なくされた。

 事件後に研究者たちがセルリアンについて説明し、それは火山災害にとって代わるもので、火山付近でないところで突如大量に発生することは本来ならあり得ず、あの事件で発生したのは何者かによって生み出されたものである可能性が高い、と事実でありながら苦し紛れについた嘘のようなことを言う。その結果、世間の不安を解消するどころか、より一層ジャパリパークに対する不信感が募るだけで、パーク再開後には観光客は激減した。

 だが、パークは以前と比べて遥かに安全になったのである。

 セルリアンはあの事件を境に全く姿を見せなくなり、全エリアにある火山を調査してもまったくセルリウムは見つからなくなったからだ。

 理由など誰にも分からないことだったが、もはや厳重な警備も必要なくなり、誰でも火山周辺に立ち入ることが可能になり、パークの者たちは大い喜ぶ。

 現在、正常化が果たされたジャパリパーク管理局が、第三者機関に監視されながら一時的にパークの運営を行っている。しかし、パークの今後については日本のみならず世界中で激しい議論が交わされており、どうなるかは誰にもわからない。


 一方、事件後のロードランナーは、コヨーテというライバルに恵まれて、共に競って高めあっているらしい。それからサンドスターのコントロールを訓練し、飛行能力を走る力に転換する技術を身に着けて、彼女は格段に速くなったそうだ。

 ロードランナーは以前よりも自信に溢れ、結果的にはあの事件は彼女にとっても、その周りの者にとってもプラスに働いたのである。

 

 ある日、直線500m走5本勝負をロードランナーとコヨーテは行っていた。

1本目はコヨーテが頭一つ分前に出たが、2,3本目はロードランナーが身体一つ分を差をつけ勝つ。4本目はギリギリの差でコヨーテがゴールし、最終戦で決着が決まることになるが、間に数十秒の休憩すらも入れずに全速力で走ったので、二人はすでにバタバテだった。


「はぁ……はぁああ!よっしゃあ!勝ったあ!」

「へっ……てっきり勝負はすぐに付いちまうと思ったが、なかなかやるじゃねえか……」

「こっちもいつも負けっぱしじゃないからな……」

「……よし、最後の一本、いくぞ……休憩なんて甘っちょろいことは、いらねえよな!?」

「はっ、当たり前だ!熱気が冷めちまう前にとっとと勝負決めようか!」

 

 二人はあらかじめ引いといた線の手前に立つ。

 彼女たちは500mの直線を何度も行き来していた。

 こちらの方にはボスがいて、どっちが勝った教えて判定してくれたが、その反対、これから勝負の決着が決まる直線上の向こうには、小さくぼんやりとイエイヌ、プロングホーン、チーターが見え、ゴールテープを持っていた。

 

「オン・ユア・マークス……セット」


 ロードランナーは腰のベルトにつけたタイマーを押し、自身も走る体勢にすぐ切り替える。カウントは15~9秒の間にランダムで設定されているため、いつ来るのか予想できない。

 

 彼女たちは沈黙になり、集中。

 風の音だけが聞こえ、その時を待つ。

 

 そして、タイマーから高い電子音が1回鳴り始めた瞬間、

二人は右足を強く前に踏み込み、地面をギュッとしっかり掴んで押すように飛び出し、空気の質感感じ、その壁貫き、全速力で彼女たちが待つ場所へ、走るのだった。


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