第6話

 倒れた男を見下ろす。3号もまた、ほかの二人と同様に一撃で気絶した。銃弾を含めるならば一撃ではないが。


「ふぅ...」


 息を吐き、周りを見渡す。先ほど倒した1号と2号が起き上がる様子はない。とりあえずは安堵し、自分の左手に目をやる。ナイフが突き刺さっており、見ているだけで痛みが襲ってきそうなほどだ。初めての痛み、初めての経験。それどころか戦闘も、何もかもが初めてだ。

  ナイフの刺さる左手を見る。本来なら経験したことも無いような痛み。あるはずのそれがない。自分自身に僅かな不気味さを感じながら、ナイフを抜いてみると、流れる血は止まっており、不自由なく動かせる。


回復補正


そう念じながら、目をつむり開くと、傷が無くなっている。残っていた血さえも、きれいさっぱり無くなっている。


『どうだい?便利だろう、その力は』


頭に響く神の声。レイクは、もう慣れたのか、落ち着いた様子で応答する。


(確かに、これからの戦闘を考えれば便利だな。だが、凄すぎる。便利過ぎて自分の体ながら少し気味が悪いぞ、これ)


あったはずの傷が消える。しかも、その原理の一切が自分には分からない。


『深く考えたって、仕方がないさ。本でよくある、場面が変わると傷が無くなっている、それを君は出来る。原理なんてない。ただ出来る。それだけさ。』


 力を与えた本人がそう言うのなら、と理解できないことから目を逸らす。そこに、ふと疑問浮かぶ。なぜこんな場所に山賊まがいの奴らがいたのか、と。


(まさか!)


『お、気がついたかい?あの3人には私が会わせたことに』


(やはりお前の仕業か。どうしてわざわざこんなことをしたんだ?)


『君に能力を把握してもらうためだよ。やはり実戦が一番いい。ああ、それと、君があんな場所に住んでいたのは、これをやり易かったから、というだけさ』


「たったそれだけかよ!変に考えちまったじゃねぇか!」


『別に深い意味があると言った覚えはないがね。それより、もうチュートリアルは終わったんだ。早く物語を進めてくれたまえ。』


(わかってるさ。なんか釈然としないけどな)


文句を言いつつ、倒れた3人を放置し、歩みを進める。


目的地のアンカールまであと少しというところで、レイクは1つの人影を見つける。スーツのような服を着た、背の高い男だ。髪はオールバックで、何本か前髪として垂れている。

男はキョロキョロと周りを見渡し、何かを探しているようだ。何か呟いているようだが、距離が遠く、レイクには聞こえない。

とりあえず声をかけてみようと、男の方へ歩き出すと、


直感補正


頭に警報が鳴り響く。男は魔王軍だ、と直感が訴える。先程の戦闘で、どこに銃弾が飛んでくるのかすら教えてくれたのだ。今回も正しいのであろう。試行回数が少ないため不安は拭えないが、今は頼れるものがこれしかないのだ。


(信じるしかない、となれば話は早い)


 レイクは男に向かって走り出す。男はレイクに気づいた様子はない。

 近づくと、男の呟きが耳に入る。


「グクールの反応があったのは、もう少し先か...」


(グクール!魔王軍なのは確実!なら心置きなく!)


 直感が正しいことを確信し、拳を強く握る。男は足音に反応したのか、こちらへと視線を向ける。男と視線がぶつかる。


(気づかれたか!だが...この距離なら!)


 残り数歩。

 だが、男は警戒することもなく、右手を上げ、


「すまないが、聞きたいことがある。このあたりで怪物が現れたなんて話を...」


「先手必勝!くたばれ魔王軍!」


 男の話を一切聞かず、殴り掛かる。


(攻撃補正!)


 頭で念じ、拳を男の腹へ叩き込む。先ほどの男たち同様、一撃で終わると思っていた。

 だが、


「貴様を敵と認識する」


 頭にとんでもない警報が鳴り響く。男のプレッシャーは跳ね上がり、一瞬でレイクの自信を奪い去った。


 ヤバい。勝てない。挑むな。死ぬ。早く、速く、ハヤク...!


 一瞬でかき乱された思考が統一される。


(逃げろ!)


 一歩下げた足が地面につくよりも早く、男の蹴りが腹に命中する。痛みが全身を駆け巡り、腹をくりぬかれたのではないかと錯覚するほどだ。何をされたかを認識する前に浮遊感に全身を支配される。

 上が右に、下が上に、左が下に、視界が目まぐるしく動き回る。三半規管は役立たずとなり、体を動かそうにも四肢に意識を向けるよりも前に新たな衝撃が全身を襲い、意識が上書きされる。肺の空気は全て押し出され、新しい空気を吸うことが拒絶される。苦しい、痛い、死ぬ、助けて。そんなことしか考えられず、転がり続ける。

 転がって、転がって、転がり続け、やっと止まると、レイクの意識はそこで途絶えた。

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