第5話 補正

 レイクは男に向かって走り出した。


「さあいくぜ、実験台1号」


 勝手に名付けた男との距離を一気に詰める。ちなみに銃を持った男は2号、もう一人のナイフを持った男は3号と名付けた。

 

『適当すぎるネーミングだな』


(ほっとけ!)


 神との無駄なやり取りをしているうちに1号の目の前にたどり着く。

  

「クソがっ!」


 1号は急に距離を詰められたことに焦る。こんなにも速く迫られるとは思っていなかったのだろう。無理やりナイフを振るってくる。

 ナイフを危なげなくかわす。焦って体が不安定な状態で行った攻撃だ。神によって向上させられ、格闘家並の身体能力を持つレイクに当たるはずもない。

 拳を握り、タイミングを窺う。1号がナイフを振った直後、がら空きになった腹にめがけて、

 

『今だ』


「ふんっ!」


レイクの拳が1号の腹に直撃する。


「かはっ!」


1号はうめき声をあげながら、うずくまるように倒れる。起き上がる気配はない。どうやら気絶したようだ。

だが、レイクの頭には疑問が浮かぶ。いくら自分の身体能力が向上したからといって、男一人を一発で気絶させられる程ではない。それは先程のやり取りで何となくではあるが感じたことだ。


『その疑問の正体が君の能力だよ』

 

 不意に神が話しかける。

 

『名前は攻撃補正。よく物語でもあるだろう。攻撃が都合よく急所に当たったり、普通では考えられないようなダメージを与える。君はそれを意図的に起こすことができる。さすがに誰もかれも今のように1発で、とはいかないがね。さ、とりあえずは残りの奴らを片付けてくれたまえ。2号とやらが銃を構えているぞ?』


 2号へ視線を向けると、神の言う通り2号が銃をレイクに向けて構えていた。


『突っ込め』


(はあ!?相手は銃だぞ!?むやみに突撃なんてしたら撃たれておしまいじゃねーか!)


『これはチュートリアルだと言ったろう。とりあえずこの場は私の言う通りに動いてくれれば、君の能力をすべてではないが伝えることができる。君が知りたくないのなら話は別だが。それに何度も言うように君は主人公だ。死ぬわけがないだろう』


 神の声からはふざけた様子は感じられない。今のレイクに、銃に対してどうすべきかの知識はない。レイクは多少の恐怖心を持ちながらも、2号向かって走り出す。 


「とまれ!止まらなければ撃つぞ!」


 2号が叫ぶ。

 が、そんなイ2号の言葉を完全に無視し、距離を詰める。


「チッ!くらっとけや!」


 銃声が鳴り響く。音からして撃たれた弾は3発。そのどれもがレイクに向かっていき―――1発も当たることはなかった。

 レイクは心の中ではかなり動揺していた。銃を自分に向けて撃たれたのだから当然ではある。


「クソッ!」


 2号は続けて銃を撃つ。しかし銃弾は体をわずかに掠るのみに終わる。


『回避補正。君に飛び道具は不自然なほどに当たらない』


 神の解説が頭に流れる。しかし、それに反応する余裕はない。当たらないと言われても相手は銃。怖いものは怖い。

 2号との距離があと数歩というところまで縮まる。もはや銃を真っ直ぐ構えて撃てば命中する距離だ。2号が引き金を引こうとした瞬間、レイクは理由もなく、ただ何となく銃弾がどこに来るかを感じた。その直感に従い、とっさに体をそらすと、銃弾はレイクが思った通りの軌跡を描いた。


『直感補正。直感が異常なまでの的中率となる。』


 レイクは拳を握り、


(攻撃補正!)


 力を発動したレイクの拳が2号の顔面に直撃する。2号は声をあげることもなく倒れる。1号に続けて2号も一撃で気絶させられたようだ。

ここまで上手くいくのなら、と2号が持っていた銃を拾い上げる。その様子を見て3号は悲鳴を上げながら背を向け逃げ出す。レイクは勿論銃など扱ったことはない。しかし、そんなことを気にもせず、銃口を3号へと向ける。

 そのまま引き金を引くと、銃弾は3号の足に当たる。声を上げる3号をよそに、またも神の声が頭に流れ込む。


『射撃補正。君の攻撃はことごとく命中する』


レイクは銃を捨て、3号に向かって駆ける。3号は足を撃たれたため、歩くことさえままならない。当然のことながら二人の距離はすぐに縮まった。腕を引き拳を握る。そのまま前に突き出せば当たる距離。

 そこまで来てレイクは何かを感じ取る。このままではまずい、と。能力によって強化された直感に従い、左手を前に出す。

 その直後、


「死ねやああ!」


 3号は振り向きざまにナイフをレイクへ突き出した。ナイフはレイクの左手を貫通する。左手から血が流れる。だが、それを気にも留めずレイクは刺された左手で3号の手をナイフごと掴む。


『ダメージ補正。ダメージを減らし、痛みさえも抑える。』


 3号は掴まれた手を振りほどけない。焦る3号にレイクは高揚しつつ笑いながら言葉を投げる。


「知ってるか? 物語の主人公ってのはな、」


 引いた拳を強く握り、


「死なないんだよ」


 3号の顔面へと突き出した。

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