第4話

 気が付くと、視界にはいつも通りの景色が広がっていた。テーブルに座っており、目の前には読みかけの新聞が置いてある。

 直前まで見知らぬ空間にいたはず,、という違和感に襲われる。体を一通り確認し、何の変化もないことにひとまず安堵する。


『主人公になった感想はあるかね?レイク君』


 突然、頭の中に声が響く。ついさっきまで聞いていた声だ。


「体には何も変化がないぞ。本当に俺は主人公の能力を持っているのか?」


 変化がないことに安堵したレイクだったが、今度は逆に変化がないことに不安になる。魔王と戦ってくれと言われたのだ。一度も戦いを経験したことがないレイクにとって、自分が劇的な変化を遂げていることに期待するのは当然だろう。


『君の能力は行動しなければ感じにくいものだからね。それは仕方ないさ。旅に出れば嫌でも実感するからそれを楽しみにしていてくれ』


「それはそうと、これから俺はこれからどうすればいい?知っての通り、俺は魔王軍に関心なんてなかったんだ。魔王がどこにいるかなんてわからんぞ」


『まずは隣町のアンカールに向かい、冒険者登録をするんだ。魔王軍の攻撃を激しくさせている今なら誰でも冒険者になれる。そこで地図などの支援を受けるといい』


 アンカールとはこの世界でも有数の大きな町だ。魔王討伐に最も力を入れている町で、冒険者への支援も厚い。レイクも訪れたことがあるが、あまり短い距離ではないため、数回しか足を運んでいない。


「アンカールか、1日は歩くようだな。そこで冒険者になった後は魔王城を目指していけばいいのか?」


『ざっくりと言えばそうだな。その道中で敵を倒すという形になる。あと、私との会話は声に出す必要はないよ。思うだけで私と会話できる。試してみようか』


(これでいいのか?)


『それでいいとも。こうしなければ、君は独り言を呟くヤバいやつになってしまうからね』


 言われてみると神と会話しているレイクは、傍から見たら独り言を呟いているヤバい奴だ。言葉を発さずに神と会話できることはレイクにとって、かなり助かることであった。

 そんなことを考えながら外へ目をやると、明るかったはずの空が暗くなっていた。


『悪いね。君に早く出発してもらいたかったので、今日を終わらせてもらったよ。早く旅の準備をして、明日に備えてくれたまえ』


 そう言うと、神の声は聞こえなくなった。

 こうしてレイクは急に訪れた静寂を迎えつつ、主人公としての初日を終えた。


次の日


 レイクはアンカールに向かう道のりを歩っていた。


『全く、君は本当に辺鄙なところに住んでいたなあ』


(あんたの話が正しいなら、それすらもアンタが決めたことなんだろ?)


『それは少し違うな。私が創ったのは君という存在だけだ。君があの家に住んでいたのは君の意思なのだよ。まあ今となっては君があの家に住んでいた意味があるんだがね』


(俺が住んでいた場所に何か意味があったのか?)


『それはすぐにわかるさ。大した意味ではないが』


 神とそんな話をしながら歩いていると、突然、3人の男が目の前に現れた。男たちの格好はあまり整っているとはいえず、見るからに堅気ではない人間であるとわかる。


「よう兄ちゃん。早速で悪いが、痛い目見たくなかったら金目のもん置いてきな!」


 男の1人がレイクに向かって怒鳴る。その手にはナイフがが握られている。


(これまた典型的な奴が出てきたな。ここらの道に、こんな奴らがいるなんて話は聞いたことがないが、あんたが仕組んだのか?)


『ほう!気づいたかね!そうとも、君の言う通り私が仕組んだものだよ』


 聞こえてくる神の声は心なしか嬉しそうだ。レイクには何がそんなに楽しいのか理解できなかったが。


(それで、あんたは俺にこいつらを合わせてどうしたいんだ?)


『君はまだ自分の力を把握できていないだろう?彼らは君に力の使い方を知ってもらうための練習台のようなものさ』


 レイクは結局、自分の力を理解できないまま旅に出ていた。どこかで機会があるだろうと思っていたが、こんなにも急にその機会が訪れるとは思っていなっかった。

 神との会話に向けていたレイクの意識は、再び発せられた男の叫び声によって遮られる。


「テメェ!無視してんじゃねーぞ!」


 ナイフを持った男がレイクに向かって走り出す。向かってくる男にレイクは戸惑う。こんな時、どうすればいいのかレイクは知らない。そんなレイクに、神は先ほどと同じように楽しそうな声で語りかける。


『さあ、チュートリアルを始めよう』


 その瞬間、レイクの中で何かが変わった。


 落ち着きを取り戻し、向かってくる男を見据える。


「痛い目見てーようだな!」


 男は近づいて来るとナイフを振り回す。今までこんなことを一度もしたことがないレイクによけられるはずがない。

 が、レイクは躱す。二振り目、三振りも難なく躱す。この事実にレイク自身も驚く。


『さすがに元の君の身体能力ではこの先やっていけないからね。たった今、身体能力を底上げさせてもらったよ。』


(今やっただって!?もっと早くからやっといてくれ!昨日だったら少しくらい練習もできたってのに!)


『こっちに意識を向けすぎると危ないぞー』


 視界にナイフが迫る。ギリギリのところでこれを回避し、数歩下がって男と距離を取る。


「チッ!ちょろまかと動きやがって!」


 男に苛立ちが募る。レイクの見た目からして、早々に方が着くと踏んでいたのだろう。

 苛立つ男をよそに状況を確認する。残りの二人を見ると、片方は銃を、もう片方は目の前の男と同じようにナイフを持っている。どちらも、まだ襲ってくる様子はない。その点に安堵していると、小さな痛みを覚える。腕を見てみると、血が流れている。どうやナイフを避ける際に少しだけ切られていたらしい。


『そこで、一度目を閉じてみてくれ。瞬き程度で構わない。』


(目を?)


 言われるがまま、傷口を見ながら瞬きをする。


「な...!傷が消えている!」


 レイクの腕から傷が完全に消える。血も流れておらず、傷跡も残っていない。


『それが回復補正。よく漫画でもシーンが切り替わったら傷がなくなったりするだろ?それを自在にできるのさ。程度によるがね。』


(簡単に言うがとんでもないな...)


『さて、これからはこちらの攻撃だ。』


 驚きつつもレイクは、自分の能力に少しワクワクしていた。




 

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