第3話 脅迫
レイクはその言葉に目を丸くする。
「主人公...補正...?」
『そう、主人公補正だ』
主人公補正。即死するような目にあっても死ななかったり、不自然なほどに敵の攻撃が当たらないなど、物語の進行の関係で主人公にはたらく、言わばご都合主義である。
「ちょっと待て!待ってくれ!そういうのってあれだろ!こう...何でも切れる剣とか、どんな攻撃も防ぐ盾とかそういうやつだろう!普通!」
『あー...そういうのは、もうやってしまったんだよ。』
「やってしまった?まるで今までにも主人公にしたやつがいるようなことを...」
『いや、いるよ。』
「いるのかよ!主人公って普通一人だろう!」
そう、普通、一つの物語に主人公は一人である。しかし、もちろん例外も存在する。いわゆるW主人公であったり、死によって主人公が入れ替わったりするものもある。
『君の先輩は後者が多いけどな。』
「ん?後者?」
『こっちの話だ。気にしないでくれ。とにかく、君は初めての主人公ではない。だが安心してくれ、唯一の主人公ではある。世界に主人公は二人同時に存在しないさ。主人公補正が発揮されるのは君にだけさ。その力で…』
神が改めて告げる。
『魔王を倒してもらう!』
「断る」
二人の会話が止まる。白い空間に響いていたのは二人の会話だけ。それが止まったために、空間を静寂が支配する。しかし、この静寂を苦しいとは思わなかった。それよりも、なぜ、自分が魔王を倒さなければならないのか、自分の理想とする生活とはかけ離れた要望に不満を覚えるばかりであった。
『その返事では私は本をたたむ、つまり君たちの世界が消えてしまうが?』
レイクは、ヘラヘラとした笑みを浮かべ答える。
「構わんさ。世界が消えるのなら人間だって魔王だって消えちまうんだろ?そんなことになるんだったら素直にそれを受け入れるさ。」
『困難な選択をするねー君は。』
「…どういう意味だ」
なぜこの選択が困難なのか。わざわざ勝てるかもわからない魔王に挑むより、素直に世界の終わりを迎えたほうが楽に決まっている。そんなレイクの疑問に答えるかのように神は話す。
『君は主人公としての人生が、自分の理想のものになるはずがないから嫌なんだろう?だが、私はもう君を主人公にすると決めてしまっている。君がこの空間から出たら、その時点で能力を持った主人公だ。つまり君は主人公補正を持っている。』
「能力を持っていたって、俺が魔王を倒そうと思わなければそれまでだろう。それとも、俺の思考を操作して行動させるのか?神というからには、そんなこともできるんじゃないのか?」
『確かに、君の思考を私が書きかえることもできなくはないが、それでは私が面白くないのだよ。登場人物の性格などは決めるがそれ以上の干渉はしないようにしているしね。よく言うだろ?キャラが勝手に動き出すって』
「それはそんな直接的な意味ではないだろう...」
『だから私はキャラクターの言葉を尊重したい。君に「魔王を倒す」と言ってもらいたいのだよ。』
「だから――」
反論するレイクの言葉を神が遮る。
『君は勘違いをしている。主人公補正は必ずしもプラスに働くものではない。傷の治りがやたら早い、致命傷を負っても死なない等々、確かにプラスに働きものが多く目立つ。だが、主人公には試練がつきものだ。他の人とは比べ物にならないほどの試練を主人公は乗り越えなければならない。理不尽なほどにつらい目にも合うはずだ。あまりにも苦しくて死にたくなるかもしれない』
そこまで聞いてレイクは嫌な予感を覚える。死なない。試練。苦難。それはつまり――
『お、気づいたかな?そう、君は生きているだけで困難に襲われる。それこそ死にそうな目に何度も会うだろう。だが死なない。傷もすぐ治るが再び傷つく。それも治りまた傷つく。それでも死なない。死ねない。戻った君を待っているのはそんな生活さ』
「ふざけんじゃねーぞ...選択もくそもない!こんなの脅迫じゃないか!」
『そんなことはないさ。10年、20年も書き続ければ私も飽きて本を閉じる。その間だけ耐え続ければ、今君が望んでいる結末を迎えることができる。だが、果たしてその中で君が望む生き方ができるかな?』
「…っ!」
言葉に詰まっていると、神はそれを予想していたかのように言葉を続ける。
『そうだね、君を襲う苦しみがどれだけのものなのかを教えないのはフェアじゃない。ひとつ、体験させてあげよう』
そう言うと、神は指をパチンと鳴らす。その瞬間――
「痛ッッ!!!!」
あり得ない痛みが全身を襲う。あまりの苦痛に声すら出ない。声を出すエネルギーを痛みに耐える方へ使わなければならぬほどに。たまらずに膝から崩れ落ちる。時間にしてどれだけだっただろう。おそらく5秒ほど。痛みは嘘のように消えっ去った。しかし、これまでの人生の中で受けた痛みをすべて足しても足りないほどの痛み。痛みから解放され、やっと働き始めた頭に神の声が響く。
『どうだったかな?今回は痛覚のみだったが、実際には傷も生じる』
神はレイクを追い詰めるかのように言葉を並べる。逃げ道をなくし、追い詰める。
『このことを踏まえて、改めて聞こうか。』
二人の距離が縮まる。
『主人公となって魔王を倒してくれるかね?』
理不尽な選択を迫られ、レイクは奥歯を噛みしめる。ふざけた選択肢。これを脅迫と呼ばずして何と呼ぶ。まったくもってふざけている。
だが、
「やってやるさ」
やるしかない。立ち上がり、覚悟を決め、神を睨む。
『その言葉を待っていた!』
神の楽しそうな声が響く中、レイクの主人公としての人生が始まった。
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