第46話 魔法学校短期入門9

「おい。汚い手でそいつに触るなや。アバズレが」


 マリンちゃんが僕の目の前で呪いの手を吹き飛ばす。


「これで最後や。お疲れちゃん。よう、頑張ったな」

「……はい」

「飴のもそのうち目を覚ますやろ。あー。疲れたわ」

「……お疲れ様です」


 今のは、何だったんだ……?

 あの手、あの声。

 あの温度。


「どうした? 大丈夫か?」

「あ、いえ、色々、有りすぎて……。あれは、一体……?」

「……知りたい?」


 その一言は、何故だか優しさを詰め込んだ様な甘い一言の様に感じられた。

 知らなくても、良い事なんだ。

 知ってしまえば、戻れなくなるんだ。

 直感的に言葉の裏側が見えてしまう。

 恐らく、それはマリンちゃんの優しさなのだ。

 それでも、僕は……。


「しり、たい、ですっ」


 あの言葉が、頭から離れない。


「吐きそうになりながら言うなや。だが、たった今、君にも知る権利は出来た。ええで、教えたるわ。あの魔女が何なのか」

「魔女……」

「あれは、君の前にいた呪いの魔女の手や。俺の五番目の妹、序列七位の呪いの魔女。あれは、大層可愛い妹やった。取り分け、俺に懐いては俺の後ろばかりついて来とった。俺も、どの妹よりもアレが可愛かった。あいつの為なら死ねるなと笑えるぐらいに。でもな、アレは自分の呪いに飲まれたん。嫉妬の呪いに」

「嫉妬、ですか?」


 ドキリと胸が痛む。

 嫉妬なんて、可愛いものじゃない。あれは、全てを呪い殺す程の呪いを溜め込んでいたと言うのに?


「愛や恋やらの嫉妬や。アレはな、恋をしたんや。絶対に結ばれん恋を。実らん愛を。それでも、アレは一人を思い続けた。でも、それは俺達姉妹の一人。姉妹は姉妹や。恋愛もクソもない。そんなチンケな絆が必要な関係なんてないんや。俺も止めた。話を知っていた周りの妹達も止めていた。それでも、好きになる事は辞められないと諦めた目で言われてしまえば俺達は何も言えへん。どうせ、姉妹や。恋愛なんてなるはずがない。そう思っていたんやが……、一人の妹がアレの愛した姉妹と恋に落ちた。アレが愛した魔女は、違う魔女を愛し、違う魔女を選んだ。でも、愛したところで魔女は魔女や。どうもならん。そう思っとた。俺も、皆んなも」


 マリンちゃんはため息を吐くと、僕の目を見る。


「でも、愛やら恋やらは人を変えるんや。アレの愛した魔女も、変わった。いや、アイツが変えたんや。アイツは、一人の恋人である妹の為に、世界を変えた。信じられへんやろ? 今でも俺は信じらへん。世界の理を、自分の女の為に最も簡単に書き換えた馬鹿は、もっと信じらへん事をする」

「それは……?」

「子供や」


 マリンちゃんは、僕の腹を指で押す。


「魔女は子供を成さん。俺達は、卵から生まれてきたんや。男も女も関係ない。俺たち自体が完璧な個体や。それ故に俺達に子孫は残せん。それが世界の理やったのに……。それを、アイツは覆した。アイツは事もあろうに、自分の女に、魔女の子を孕ませたんや」

「それは……、悪い事なんですか?」

「人間だった君には自然の理に則るかもしれんが、魔女ではそうではない。魔女は魔法の根源そのものから出来とる。何かを司り、何かを統べる。俺が標識を司り、全ての道を統べるように。全てが俺達だけで完結しとる世界、それが原始の魔女の姉妹や。それを、アイツは覆した。完結された世界に、綻びを作ったんや。天井がなくなったんやぞ? 大罪も大罪。孕んだ魔女も、最悪や。あの魔女が孕んだもんは、アイツの子なんかやない。アイツへの愛、いや、呪いそのものを孕んだんや。元々、孕むに特化した能力をもっとた奴や。そして、それは他人の呪いすらも孕ませる」

「呪いの魔女の、呪い……」

「せや。アレは嫉妬で狂い、復讐に燃えた自分呪いを自分で食った。でも、それでも呪いは満たされん。その次はどうしたと思う?」


 僕は首を振る。

 同じ呪い魔女だと言うのに。

 その次の言葉を信じたくはなかった。


「孕んだ魔女の腹の子を、呪い殺そうと食らった。そうや、子供は食われたんや」


 僕の喉の奥から短い悲鳴が漏れる。


「呪いでできた子やからな。呪いの魔女が呪いを食えんわけがない。たが、母親の方はあかん。呪いの魔女よりも序列が上であり、力の差も歴然としとった。負けたよ、普通に」

「それなら……」


 そこでこの話が終わりなのか。

 ほっとして胸を撫ぜおろしそうになると、マリンちゃんがそれを止めるように手を伸ばす。


「そこから、アレはより多くの呪いを集めようと他の妹を食い始めた」

「……魔女をっ!?」

「二人、一人は半分やけど、食った所で俺に殺された。俺が消滅させた。魔女を殺せるのは魔女だけや。殺した後、食われた奴等は何とか助かったが、正直もっと早く殺すべきやったと今でも思う。俺が迷ったせいで、アイツらが辛い思いをさせたのが申し訳なくてな……」

「マリンちゃん……。あれ、でも、それだと、あの手が呪いの魔女のてだと言うのはおかしくないですか?」


 だって……。


「呪いの魔女は既に亡くなっているわけでしょ……?」


 消滅しているのに、何故……?


「確かに殺した。この手で殺した。今も感覚が覚えとる。君が言う事は正しい。消滅した魔女は二度と元には戻らん。人間やら何やらの死後の世界は魔女には存在せいへん。無は、無にしかならん」

「だったら、余計おかしいでしょ!? 何故、彼女の手が僕たちを襲うんですか!?」

「分からん。俺もそれが分からん。でも、アレは、間違いなく呪いの手や。アレの手や。だが、何故そんな事が出来るのかわからん。だが、俺達を襲う理由は分かるわ」

「それは……」


 僕はぎゅっと口を噤む。

 悍ましい。

 悍ましすぎる。


「魔女を食う為やろうな。あれは、飴のが出した魔女の嫉妬の匂いに誘われて心臓を狙ったんや」

「嫉妬の匂い……」

「君ならわかるやろ?」


 鼻を擽る、呪いの匂い。


「わかり、ますけど……」

「アレは、間違いなくそれを狙った。アレは未だに呪いを、食っとる。そして、より強い呪いを手に入れる為に、魔女を食おうとしとる。もし、魔女を食ったら……」


 マリンちゃんは顔を歪めてこう言った。


「アレはまた、魔女になるかもしれへんな」



次回更新は21日の22時頃となります!お楽しみに!

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