第45話 魔法学校短期入門8

「一体、これは……?」


 自分ではない呪いの手。

 初めて見る。こんなにも禍々しい呪いは。

 思わず、自分の口を手で覆う。呪いを食える体を持っている筈なのに、この呪いだけは食える事はないと本能的にわかってしまう。


「本物の、呪いや。下手に手を出す事は考えんな。俺の後ろで隠れとれよ」

「本物の呪い……?」


 これが?


「愛とか恋とかそんな馬鹿みたいなくだらんもんを飲み込んだ呪いのなれ果て。殺した筈なんやけどなぁ。下らん恋心とやらその物全てを。なのに未だ、欲しがっとるんか」


 恋? 愛? そんなものではない。これは、そんなチンケな呪いじゃない。


「お前は飴のの心臓直せるか? 魔女やから死ぬ事はないとは思うが、早めにくっ付けてやり」

「た、ぶん。でも、マリンちゃんは……」

「向こうは俺が片付けるわ。お前らが出たら間違いなく食われる」

「でも……っ!」

「いいか? 俺を誰だと思っとる? 序列は二位やが、お前ん所の姉よりも、お前ん所の姉が愛した男よりも、俺の方が強い。俺は、アホやないからな。こんな呪い程度で食われる魔女ちゃうぞ?」


 マリンちゃんはそう言うと、僕たちを標識へ囲み外へ出る。


「よぉ、三日振りか? 恋しかったで」


 マリンちゃんが呪いの手に蹴りを入れる。

 いや、呪いの手だぞ!?

 そんなもので効くわけが……。


「え……、効いてる……」


 僕は、ゴクリと喉を鳴らす。

 何だ。あの強さは。

 何だ。あの力は。

 この人は、本当に、マリンちゃんなのか……?


「気安く触るなって言っとるやろ? 他の男の匂い撒き散らせて、腹が立つわ」

「マリンちゃんっ! 後ろ!」

「え?」


 僕が叫ぶが、既にマリンちゃんの後ろには、夥しい程の呪いの手。

 何百、何千にも幾多にも分かれた腕がマリンちゃんの全身を掴む。

 呪いの手に掴まれたら、どうする事も出来ない。

 小姉様が言っていた。

 私達は呪いの手に触られない様にするしか手がない。触られたら最後、私達の全てがしゃぶり尽くされる。食い散らかされる。そして、それを呪い、更に呪いを食われる。

 だから、駄目なのだ。

 呪いを食い殺そうとする手には、触れてはいけないのだ。


「マリンちゃんっ!!」


 嘘だろ?

 あれほど、強かったのに?

 あの呪いの手には効かない?

 じゃあ、どうすればいいんだ。

 今、動けるのは僕だけ。

 でも、僕の呪いの手は……。


「……」


 小さな小さな赤ちゃんみたいに、頼りない。

 あの悍ましい手に比べれば、実に些細でありふれた呪いだ。

 勝てるわけがない。

 この場から逃げる?

 どうやって? 呪いの手をどうやって振り切れるんだ?

 初めて、怖いと思った。

 死ぬ時だって、思った事はないのに。

 足がすくむ。

 呪いに食われると言う事実に、喉が引き攣る。

 呼吸が、上手く吐き出せない。

 どうすれば……。


「はぁ? この程度の呪いの手でチビんなや。お前も呪いやろ。この手ぐらい、呪い食い荒らすぐらいは思わんと」


 咀嚼を始める手が、引きちぎられる。

 嘘だろ?


「言っとるやろ? お触り禁止やぞ」


 光が、そこにはあった。


「お前は、お前の呪いを信じろ。そんで、俺の強さを信じるんや」


 呪いの手を引きちぎりながら、マリンちゃんが立っていたのだ。


「乳もケツも揉まれまくったんやから、訴えたら俺が勝で? 覚悟、出来とんやろうな?」

「マリンちゃんっ! 無事なんですか!?」

「あー? そこそこ無事やな。それよりも、お前は早く飴を直せや!」

「でもっ!」

「チビりそうになっとったガキに何が出来ん? 言ったやろ。俺に任せて、お前はお前の仕事をやれやっ!」


 そうだ。

 確かに、僕は足手まといだ。

 今、加勢に行ったところで犬死もいい所だろう。


「……っ! 完璧に、絶対直しますっ!」

「おう、後で採点してやるわ。てなわけで、復讐の。お前は早く土にでも帰ってくれるか?」


 マリンちゃんなら、大丈夫。

 あの人なら、大丈夫。


「……大丈夫っ!」


 僕は必死に自分を安心させるために、呟きながら彼女の心臓を胸に戻す。

 心臓は、恐ろしいぐらい冷たかった。

 けど、それぐらいで魔女は死なない。

 そうだろ?

 僕も魔女だ。魔女の体のことはよくわかっている。

 自分の呪いの手を借りて、何とか心臓と体を繋ぐが彼女寝てばかりだ。

 本当に大丈夫なのか?

 僕の処置に本当にミスはなかったか? 呪いの手が彼女の魂を既に貪った後ではないのか?

 このまま胸を塞いで、いいのか?

 頭の中が混乱している。

 大丈夫じゃない。

 でも……。


 僕は思いっきり、自分で自分の頬を叩く。


 何をウジウジ美しくない事を僕は考えているのか。

 今、それが必要なのか。

 迷っていたら、本当にキャンディーの魔女さんが死ぬかもしれない。

 怖がる必要なんてない。今以上に最悪の結果なんてないんだから。

 僕は深く呼吸をすると、再度キャンディーの魔女さんの胸を閉じる作業に入る。

 呪いの手を休める事なく、確実に動かして……。

 頼む。

 動いてくれ。

 息を、吹き返してくれ。

 何度も何度も呪いの手を被せては力を注ぎ込む。

 魔女の原動力が呪いだと言うのならば、少しだけ僕の呪いを分けてあげます。

 だから……っ!

 その時だ。

 ピクリと、キャンディーの魔女さんの手が動いた。


「動いたっ!」


 胸を見れば、本当に細やかなぐらいの上下が確認できる。


「やった! マリンちゃんっ! キャンディーの魔女さんが動きましたよ!」


 その瞬間だ。

 僕の手でない手が、標識をかき分け僕の喉元を掴む。


「え」

『私の身体、返してよ』


 今、何て?




次回更新は19日の22時ごろとなります!お楽しみに!

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