第43話 魔法学校短期入門6

「貴女、魔女でしょ?」

「な、何で……?」

「杖に慣れていないのがバレバレですよ。気を付けて」

「あ、あのっ!」

「大丈夫です。誰にも言いませんよ。お互いの為に、ね?」


 僕はルナさんに背を向け、マリンちゃんの方に戻っていく。


「かっこうぃー」

「馬鹿にしてるんです?」

「褒めてやったやん。よく気付いたな、アレが魔女って」

「竈門に火の魔法を使う末姉様に似てたんですよ。あの人も、大きすぎる力を小さく制御する基礎魔法は下手ですからね」

「成る程。何事も経験やなー」

「どうせ、貴方は気付いていたんでしょ?」


 僕が見抜くぐらいだ。序列二位様なら余裕だろ。


「当たり前やな。でも、何処の子かは知らん。根源的に見れば……、誰やこれ」

「分かんないんですか!?」

「流石に実姉妹のはわかるが、その姉妹のそのまた姉妹となると分からへんし、把握しとらんて。君んとこみたいにわかりやすい奴ばかりじゃないねん」

「はぁ……」

「魔女なんて代を重ねる毎に没個性や。雷の根源持ってる奴なんか腐るほどおる。そこで頭ひとつ抜きん出てる奴しか俺だってわからんわ」

「小姉様です?」

「ああ。あれは、異様やぞ。アイツ自身が雷だと言っても過言やない。雷そのものになる奴なんて、そうおらんからな」

「小姉様は優秀ですしね」

「逆に没個性の中で一際異彩を放ってるのも君ん所の姉妹やぞ」

「末姉様」

「あれは、全てが狂っとる。魔女が産まれる時から魔女しとるが、あんな根源初めて見るわ」

「僕には何かないんですか?」


 姉様達ばかりは少し面白くない。

 多少は褒め称えてもいいじゃないか。


「君は……、二人目やな」

「は? なんですか、それ」

「呪いの魔女は二人目や」

「そうなんですか? もっといると思ったんですけどね。魔女自体が呪いなんでしょ?」

「アホな事言っとるな。呪いって、そう簡単なものやないの。才能がものを言う一番の魔法や。誰もが持つ呪い。怒り苦しみ憎み。誰だって人を呪うし、誰だって自分を憎む。怒る事、痛い事、誰だって持っとる。でもな、そんな事で魔女にはなれん。なれるんだったら生きとるもん全て魔女になっとるわ。深い呪いなら魔女にはなれるが、呪いの魔女にはなれん。呪いの魔女は呪いを司る。つまり、呪いそのもの。呪いの魔女の生が呪いなん。人が呪いになろうなんて無理がある。呪いはな、一滴一滴溜め込まんとあかん。受け皿は感情や。楽しい事や嬉しい事、何か一つでもあればその皿は簡単に割れて溜め込んだ呪いは全て無くなる。また次の瞬間呪っても、それはたった一滴からまた一から始めるもんや。どんな訓練を受けても、日々外から受ける刺激で呪いの皿を壊さん様には出来ん。でもな、君は出来とる。嬉しい時も喜ぶ時も、どんな時でも。君は一秒たりとも呪う事をやめん。呪う為の機関がその体にある様に。呪いの魔女てのは、そう奴しかなれんのや」

「呪う事を辞めない……」


 止められない。

 常に、他人を、自分を呪っている。


「当たり前の事じゃないんですね。初めて知りました」

「君って奴は、ほんまそう言う奴やな」


 ケラケラとマリンちゃんが笑うが、自分の日常に呪いと言うものは常に存在している。

 息を吸う様に当たり前の感覚だ。楽しい時だって嬉しい時だって、何をしていても片時も僕は僕にされた屈辱の日々を忘れない。

 気にしてません。そんな顔を作り続けていたが、そんなわけがない。腹の中ではお前を殺す事に事欠かなかった日々などない。

 確かに、姉様達やエル君達といると毎日が楽しい。僕を僕だと認めてくれる人達の間にいれば、嬉しいくない訳がない。

 けど、それは姉様達とエル君達だからだ。

 僕を蔑み蔑ろにしていた奴らは別じゃないか。その過去にどんな瞬間が来ようとも光など一切合切ないのだ。


「僕、人間の三大欲求は性欲、睡眠欲、食欲なんて嘘だと思うんですよ。本能的に欲しがっていても、ある程度は自我で抑え込める。本当の三大欲求は、嫉妬、怒り、恨みでしょ。これは誰にも、自我にも、止めることは出来ないし、周りに自分以外がいるならばありとあらゆる場面で常に起こり得ている」

「ははは。随分と豪快な自己解釈やな。でも、俺は否定せんよ? 分からんでもない。嫉妬にも、怒りにも、恨みも、限りがないのは良く知っとる」

「貴方でも?」

「俺は、ただの魔女や。この世に卵で産み落とされて、愛なんて知らずに姉妹に囲まれながら生きてきた魔女や。嫉妬もする。怒りも覚える。呪い殺したいと誰かを恨む。でも、他の姉妹が笑えば、片時と言えどそれを許してしまう。忘れようと、してしまう。あいつらにも、事情ってもんがあんのかなとか、恋はそんなにも良いもんかなと、振り返っては寄り添おうと足を止める。そんで、分からずにまた呪う。俺に呪いの才能はないんや」

「何か、人間臭いですね」

「ははは。人間ねぇ……」


 マリンちゃんが顔を歪める。


「人間なんぞに産まれてきたら、少しは楽になっとたかなぁ……」


 この魔女は、なんともまあ、人間臭い事を宣うのだろうか。


「まさか。新しい地獄に産まれるだけですよ」


 人の生も、魔女の生も、生きてればどれでも何でも生き地獄。

 天国なんてないから、僕らは恋人とみた景色の話さえ出来ないのだ。




「今日はここまでにしようか。皆、お疲れ様。クロユリも皆んなの指導ありがとな」

「当然の事をした迄ですよ。と、言いたいですが、これはサスさんへの細やかな恩返しです。召喚の時、僕に色々教えてくれたでしょ? 僕も真似てみただけです」

「あははは。クロユリはいい魔法使いだな。お前みたいな魔法使いが増えればいいのに」

「僕みたいな、ですか?」

「ああ。魔法使いって奴はいい奴も悪い奴もいるからなぁ。お前はいい魔法使いだよ。じゃあ、また明日な」

「はい。お疲れ様でした」


 僕はペコリと頭を下げる。


「かー。爽やかっ!」

「僕がですか?」

「この流れで? 大物すぎん? どう考えてもさっきの兄ちゃんやろ」

「ああ。まあ、そうですね」

「本当、気持ち悪い程爽やかやな」

「貴方は少し見習えばいいのに」

「俺が爽やかになったら世界がミントの香りでいっぱいになるで?」

「ゴキブリが来ませんね。いいじゃないですか」

「君って奴はー!」


 マリンちゃんの小言を聞き流していると、後ろから声がする。


「あのっ!」


 誰かは分かっている。


「はい?」


 振り向けば、ルナさんがいた。


「あの、少しお時間、よろしいですか?」


 分かっている。

 彼女が何の為に僕に声をかけたか。


「ははは。物騒な世界やなー」

「煩いですよ。茶化すなら先に帰っていて貰えますか? 失礼。いいですよ、ルナさん。けど、後ろに隠しているナイフは仕舞ってからでお願いしますね?」


 魔女も人も所詮は呪い呪われる生き物なのだ。



次回更新は16日21時ごろとなります。お楽しみに!

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