第41話 魔法学校短期入門4

「何で僕だけ授業参加型で授業を受けなきゃいけないんですかっ!」

「他の召喚獣は肩とか乗ってたけど、おじさんがするのはちとキツイやろ? 俺も君もダメージ受けるやん。そうなると、後ろからニヤニヤして見てるしかないと思わへんの?」

「ニヤニヤが必要ないんですよ!」


 寮の部屋に戻ってきて、僕は大きな声をあげる。

 これから十五日間もこのおっさんと寝食共にするなんて……。


「地獄だ……」

「俺が楽園に変えたるわ」

「元凶が何言ってるんですか」

「俺のせいなん? 呼び出したのはご主人様やで? それにしても、せっまい部屋やな机とベッドしかないなんて」

「おっさんと一緒に住む予定もなかったですしね。ここで提案なんですが、夜は帰りません? 出勤制にしまょう。朝六時から夜の五時まで契約でそれ以外はマリンちゃんは魔女の世界へ帰る。良いと思いませんか?」

「いや、暇やからここにおるわ。ええよ、ええよ。俺なんて気にせんで一人でやっててもええから」

「……セクハラで大姉様に訴えますよ?」

「やめとけ。戦争やぞ?」

「なら、発言を謹んで下さいね」


 まったく。こんなつもりではなかったというのに。


「……そんなにも、その復讐の魔女の残り香が気になりますか?」

「あ?」


 そのマリンちゃんの表情に、僕は思わず目を見開く。


「……マリンちゃん、僕の心の中、読めないんですか?」


 会ったばかりの頃は、確かにこの人は僕の心の声が聞こえていたはずだ。

 でも、今のこの人はそうじゃない。


「ああ、気づいちゃった?」

「何故?」

「魔女は心がないんよ。心のない奴の声は聞けん。あん時は、君は魔女じゃなく普通の迷子やった。今は立派な魔女になっちゃってるやん?」

「心? 心なら……」

「逆に聞くけど、心って何なん? 君は明確に魔法も使える魔女として、俺の前に心とやらを提示できるん?」

「それは……」


 出来ない。逆に人間だった頃心があったのかと問われた所で明確な答えは出せない。


「出来へんやろ? 難しく考える必要はないが、事実だけを落とし込む能力も君には必要やね」

「事実だけって」

「魔女の世界には多いんよ。そういうもんが」

「……知能型の僕には向いてない世界ですね」

「いや、呪いも毒もかなりゴリゴリの力押し系能力やぞ? 知能必要ないもんばっかりやないかい」

「生きた方の話をしてるんですっ! 僕は授業の復習するので、もう話しかけないで貰えますか?」

「突然の拒否〜。反抗期やん」

「煩いですよっ!」




「臭いな」


 狭いベッドの上で標識の魔女が体を起こす。

 隣で寝ている新米魔女は、どうやらこの匂いに何も気付いていない様だ。


「……なんやろな。なんか用でもあるん?」


 ゆっくりと体を起こしながら、ベッドから出て窓を開ける。


「寂しいわ。お前はほんま、そればっかりやな。違う男追っかけんのは、変わらんな」


 あの時も。あの瞬間も。

 いつも隣で手を引いた兄の事さえ思い出さなかっただろ?


「お前はまた、お兄ちゃんに頼らへんつもりか?」


 その瞬間だ。

 標識の魔女めがけて外から幾つもの黒い手が伸びてくる。

 

「は?」


 は?

 そう、標識の魔女の声が漏れた時、幾つもの標識が魔女の前に立ち塞がる。

 まるでその標識に従う様に、黒い手達は全く逆の方向へと伸びていった。


「は? 有り得んやろ。お前の恋愛っつークソみたいな概念が俺を殺したんやろうが。何キレとるんや。何が恋愛や。アホか。俺たち全員姉妹やろ。姉妹は姉妹にしか殺せへん。産まれた時から死ぬ時まで、いつでもどこでも、一緒やろうが。何が恋や。愛や。洒落臭い事言いよって。世界のも種のもお前も、皆んなほんまアホちゃうの?」


 反吐が出る。

 恋? 愛? そんな抽象的で気の迷いで、全てが壊れて死んでいく。

 人が必死になって積み上げてきたもの全てを。


「ガラクタになってまで、何しとるんや」


 何重にも重なる標識の一本を引っこ抜き、窓から外へ飛び降りる。


「なぁ。お前、知っとるか? 今、お前の事を呪いのと呼ぶ奴はおらんのやぞ? 皆、俺も、誰も彼もが復讐のって呼んどる。復讐の魔女」


 離れた地面へ着地した瞬間、またも幾つもの黒い呪いの手が標識の魔女を襲った。


「他の男触った手で触んなやっ」


 またも夥しい標識が乱立し、呪いの手は文字通り指一本標識の魔女には届かない。

 残り滓を払う様に手に持っていた標識で薙ぎ払うと、標識の魔女は一歩前へ出る。


「別に俺は処女を持て囃す趣味はない。ないが、復讐の。お前は別や」


 兄様兄様と自分を慕った五番目の妹。

 同じ巣から生まれた妹。

 呪いと言う特性を持ちながらも、誰からも愛された妹。

 呪いと愛の調和の妹。


「今のお前は、別や」


 そして、呪いと愛に飲まれた妹。


「っ!?」


 呪いの手を取ろうとした刹那、標識の魔女に凄まじい魔力を持った業火が降り注ぐ。


「……はぁ?」


 間違いない。

 これは、妹の力ではない。


「誰か知らんが、こっからは姉妹以外立ち入り禁止やぞっ!」


 立ち入り禁止の標識が、標識の魔女の前に立ち塞がる。その瞬間、業火は瞬く間に消えていった。

 魔女の序列二位。標識の魔女は文字通り標識の魔法を使う。

 彼が標識を立てれば何もかもがその標識に従うしか術はない。

 それは生き物であっても、魔法であっても、物であっても。

 彼の意思にそぐわなければ、彼には髪一本触れられないのだ。

 だからこそ、標識の魔女なのだ。

 だからこそ、導きの魔女なのだ。

 彼は何処へでも、何処までも導くための標識を持っているのだ。


「臭いが、消えたな……」


 小さな舌打ちが夜の帳に小さく響く。


「……あいつの匂いを追ってきたが、どうもきな臭い事になりそうや」


 生まれるはずのない、新しき呪いの魔女が生まれた。

 永久欠番である七番目の空席に座れる資格を持った魔女が。


「俺を狙ったんが、あの坊主を狙ったんが知らんが……」


 ここには、何かがある。

 呪いの魔女の、いや。復讐の魔女の何かが。


「俺はお前を何回殺せばええんや……」




「おはようございます」

「……おはよう」


 漸く目を覚ましたおっさんに着替えながら僕は挨拶を交わす。


「マリンちゃん、ケットシーしないなら帰って下さいよ」

「あ?」


 この人、寝起き悪いのか?


「猫耳、取れてますよ。何処に置いてきたんですか?」

「あー。夜邪魔で外したわ」

「あくまでもここにいる場合は、僕の召喚獣ケットシーなんですから、耳ぐらい嵌めててください。部屋に突然人が来たらどう言い訳するんですか!」


 おっさんと同室であるだけでも地獄なのに、これ以上の地獄はお断りだ。


「あー。分かった分かった。朝から君元気やね」

「マリンちゃんは朝弱いんですか? 機嫌悪そうですね」

「んー? あー。んー……」


 マリンちゃんは一度窓の方を向くと、少しだけ笑った。


「そうだったかも、しれへんな」


 それは、遠い遠い昔の兄の顔をしていた。



次回更新は14日の20時更新となります。お楽しみにー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る