第35話 異世界買い物9

「はい、記憶の書き換え完了。死にかけの奴も直したから、アンタはさっさと呪いを食え」

「えー!?」

「早くしなさいよ? それとも、ダイエットの為にもう一回吹き飛んどく?」

「はぁ。僕が太ったら小姉様のせいですからね!」

「はいはい。ダイエットぐらい付き合ってやるっての」

「では、お嬢さん。少し失礼しますね。多分痛くは無いと思いますので」


 僕は少女の奴隷紋に口を当てる。

 人の呪いなんて、最悪だ。質が悪い。僕の呪いを見習って欲しい。呪いは呪い殺す為にある。誰かを締め付ける為のものなんて、生温いヨーグルトの様だ。


「はい。これで食べましたよ」

「私、死んで無い!」

「ええ。呪いは僕の中で生きてますからね。僕に譲渡された形です」

「魔女さんが奴隷になるの?」

「ならないならない。契約はただの呪いになって末妹の呪いの一部になるの。つまり、契約は解消されてアンタは自由になったってわけ。これで、何処でも行けるわよ」

「本当!?」

「ええ。良かったね」

「うんっ!」


 意外に小姉様が子供に優しい。子供嫌いそうな性格なのに。


「末妹、さっさと反転世界戻して菓子買って帰るわよ。あー。私も金出すから滅茶苦茶いいお菓子買ってくかー」

「珍しいですね」

「どうした?」

「言ったでしょ? 腹立ってるって。そんな時は美味いもんに限るってわけ。ケーキもついでに買ってきましょ。姉様と妹の分よ」

「私も食べたい!」

「アンタね。私達と一緒に帰るんだから、アンタの分もあるに決まってるでしょ? 私の自慢の姉様と妹の分もあるんだから、アンタは一番美味しい奴を選ぶのよ」

「はーい!」

「末妹をあれだけ木っ端微塵ににしておいて、腹が立っているとはこれ如何に……? さて、体も回復して反転も解きましたし、僕たちもいきましょうか、エル君」

「あー。すまん。俺ちょっとしょ……じゃない、えっと、トイレ行くわ。さっきの店なら行けるから、先行っといて」

「分かりました。迷ったら言ってくださいね?」

「大声でスー君の名前呼ぶわ」

「ははは。呼んだ事後悔させる早さで行きますよ」

「普通に怖いって」


 そう言って、僕達は別れた。




「アイツら、魔女と魔王だ……」


 男が震えながら裏路地を歩く。

 あの力、あの強さ、あの魔法。全てが世界の理の外の世界。

 まさかあの金髪の魔法使いも魔女だったなんて……。


「あの女狐め……っ!」


 早く、上に報告しなければ。

 報告しなければ、大変な事になる。

 大変な事になる前にアイツらを狩らなければ。


「……エルフも、いるんだけどな?」


 男は後ろから声にはっとした顔をする。


「まだ、アンタの得意な魔法聞けてなかっなた。合コンの続きしようぜ?」

「エル、フか……。驚かせやがって……っ!」


 魔法使いは後ろに立ち塞がるエルに杖を向ける。

 死ぬ思いで貴重な魔道具を消費してあの稲妻を回避したのだ。

 エルフ如き、恐る事があると言うのか。


「エルフで悪かったな。まあ、アンタがガッカリするのも分かるよ。俺は雑魚の雑魚だからさ」


 魔法使いが攻撃魔法を何重にもエルに向かって打ち込んだ。

 確かに魔女や魔王と比べれば彼の強さは虫ほどのものだろう。しかし、人間や魔物ならば誰もが彼の魔法に膝を折る。この魔法使いはただの冒険者ではない。彼はなの通った魔法使いなのだから。


「やったか……?」


 エルフ相手など、瞬殺で事足りる。


「早く、行かねば」


 彼は後ろ向き足を進めようとした。その瞬間だ。魔法使いの頭が後ろに下がる。

 声をあげようにも、口は手で覆われている。


「っ!?」


 そこには、先ほど倒した筈のエルの姿がある。

 あれだけの魔法をどうやって回避したのかは分からない。

 だが、口を塞がれたままであれば、自分は間違いなく魔法も出せずにこのエルフに負ける事は魔法使いもわかっていた。

 だから、もがく。もがくが、押さえつけている手は如何にもならないのだ。


「お前、スー君狙おうとしたよな? したよな? 俺、見てたから。回復してるスー君、狙おうとしてたよな? マー君が言ってたじゃん。スー君の邪魔すんなって。お前、邪魔しようとしたよな? マー君の助言も守ろうとしなかったよな? そんで、小姉様の悪口? は? あり得ないんだけど。俺の友達、馬鹿にしてんの?」


 エルの手にはナイフ。

 そのナイフが魔法使いの首に当てられた。

 恐らく、魔王に吹き飛ばされたシーフから取ってきたのだろう。


「俺、別に自分が馬鹿にされるのは平気だけど、友達はダメだわ。それにな、今回、スー君初めての異世界買い物の旅なわけよ。これで楽しかった、また行きたいって言ったら、お前に邪魔な事されるとそれも叶わないわけだろ? マジでねぇーよな。可哀想だろ? そんな事、さ」


 ナイフが肉に食い込む。


「させるわけねぇだろ? なぁ」


 そう、エルが問いかけるが答えはなかった。





「さーて、帰るわよ」


 エル君と合流して次々と店に入った僕達は抱えきれない姉様達のお土産を買って帰路に着く。

 少女の事は、意外にも奴隷紋がなければ判断がつかないのか、何事もなく終わったのは随分と肩透かしを食らった気分だ。

 総合的に考えても今回の異世界の買い物、悪くない。


「そういえば、エル君迷いませんでしたね。トイレ直ぐに見つかったんです?」

「あー。うん。まあ、分かりやすかったから」

「テーマパークか?」

「何それ?」

「いえ。標識でもあったのかなって」

「ああ、そう言うことね。うん。まあ、分かりやすいもんならあったよ」

「そうですか。それにしても、楽しかったですね。買い物」

「ああ。楽しかったな」

「そろそろ学校も始まってしまいますが、終わったら、また皆んなで来ましょうか」

「いいねー。次もあるなら頑張った甲斐があったてもんだよ」

「何がです? 荷物持ちなら僕もですよ?」

「あははは。ちげぇよ」


 エル君は笑う。


「清掃活動!」


 その笑顔は、帰り道の青空の様に清々しいものだった。




次回更新は8日の20時となります。お楽しみにー!

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