第31話 異世界買い物5

「お嬢さんは、ヒーラーなのですか?」

「わかんない……。私には、わかんない。でも、おじさん達はそ言ってる。毎日箱に入れられて水に入れられて、もう嫌だ……。お家に帰りたい……」

「水……?」

「ヒーラーを箱と言うか、檻に入れて泉の中に落とすんだよ」

「え?」


 何だ、その拷問は。


「ヒーラーの修行方法の一つだよ。ヒーラーって、回復とは名ばかりで無くなったものを補う力はないんだ。ヒーラーの能力は限定的に時間を戻す能力を持つものを指す。だから、呼吸が出来ず溺れ死ぬ直前に本能的に体中の酸素が確保できていた時間に身体を何度も戻す修行方法があるんだ」

「そんなもの、拷問じゃないですかっ!」

「拷問だよ。この子が逃げ出すぐらいに」


 エル君は、少女を抱きしめて優しく頭を撫ぜる。


「母ちゃんと父ちゃんの所に帰りたいよな?」

「帰りたいけど……、もう二度と会っちゃダメってママが……。私が行くと、皆んなが……」

「奴隷紋がついていたと言う事は、少なくとも金銭取引があった事を指す。この小娘の親は金で売ったのだ。戻れぬだろうな」

「酷い昔話だ……」

「どの世界にも俺みたいな貧困層はいるからな。子供でも売り物になるなら生きて行くために売らなきゃならねぇ時がある。弱い種族は、生きる為に誰でも必死だからな。この子もそれを知ってて親の元には帰れないと言ってるんだ。こんな小さい子でも、分かるんだよ。どうなるか、どうなってるか、どうしてはいけないか。貧困って奴は」

「でも……。これからこの子はどうするんです……?」


 親元にも、帰れないんなんて。


「誰かが引き取るしかないけど、俺はエルフの世界に住んでるからなぁ。渡が人間の奴隷なんて持ち込んだ人にはどうなるか……」

「となると、矢張り僕ですかね」


 流石に持ち帰るとなると、小姉様に頭は焼かれる事必須だろう。

 だが、このまま見殺しにする方が小姉様に頭を焼かれるよりも気分が悪い。


「魔女になる条件さえ揃っていれば、新しい姉妹として島に住まわせる事はできると思いますが……。お嬢さん、魔女はお好きですか?」

「え、怖いから嫌い」


 回答が早い。

 なんだ、先程までのどもり具合は。


「フラれたな」

「いや、彼女は魔女をよく知らないだけなので時間をかけてプレゼンしていけば必ずや魔女に興味を持たす事は可能ですよ!」

「魔女は悪い人なんでしょ?」

「悪くないですよ! 慎ましやかに生活を送る善良な島民です。悪魔も魔女も、人間にとって悪と言われていますが、そもそも人間など簡単には相手には出来ない上級種族ですよ? 皆さん、それなりに知性を持ってますし……」

「悪魔は、悪くない人って知ってる」

「おや?」

「エルフさんも悪魔さんも、一緒の部屋にいたから、いい人って知ってる……」


 エルフと悪魔が?


「スー君は知らないだろうけど、悪魔もエルフも奴隷になるんだよ」

「はぐれ悪魔は下級だからな。人の手に落ちる奴らもそれなりに数はある」

「結局、弱い奴は金を持ってる人間にすら勝てないってわけ」


 エルさんは肩を竦ませながら僕に笑う。


「本当、クソみたいなルールだよ」

「……本当ですね。でも、魔女にならないと貴女はこここら逃げれないんですよ。だから……」


 僕の続けようとした言葉を、マーさんが手広げて制して来た。


「スー、一つ余からの提案があるのだが良いだろうか?」

「何です?」

「この子を生贄として余が引き取りたい」


 マーさんは長い指でこの子の頬を撫ぜる。


「小娘、貴様は木登りは得意か?」

「うん、好き……」

「そうか。では、余の庭で林檎を沢山取っておくれ。檻にも水にも入れぬ代わりに、余の家来たちと一緒に沢山林檎を取っておくれ。余の城には多くの悪魔が住んでいるが、お前は悪魔の良さを知っているだろ? 皆、気のいい奴らばかりだ」

「林檎を? 私、林檎好きっ」

「そうか? 林檎のケーキは好きか?」

「好きっ!」

「余の生贄の一人に林檎のケーキを上手く焼ける者がいる。貴様が林檎を取り、そいつがケーキを焼いて皆んなで食べる。美味いぞ」

「……うん。でも、生贄って……、食べられる人でしょ?」

「食べはせん。生贄には生贄の立派な仕事がある。それに、食ってはつまらんだろう。人生と言うものは、楽しむべき物だ。余の家来になるのだから、つまらぬ事はさせぬ。それが我ら魔王の仕事よ」


 何というか、意外だ。

 マーさんがこんな事を言い出すなんて。

 基本的にはいい人ではあるが、魔王は魔王。シビアな面は持っているはずなのに。


「それに、これが勇者一行の手に渡ってしまうとなると、また余の生贄が遠くなるからな。それでは余が困る」

「成る程。この子の保護は利害一致と言うわけですか」

「うむ。悪い話では無かろう? 魔女になれぬのならば、余の生贄においで」

「ひどい事、しない? 苦しい事、しない?」

「勿論。余は魔王だ。自分の配下に下る者に約束は違えぬ」


 それでも何度も約束を破られたであろう、この子は迷っている。

 信じられないのだろう。大人を。

 親ですら、自分を売り払ったのだから。

 それを見兼ねたエル君は、彼女の背中を優しく撫ぜた。


「……マー君は、魔王だけど、そんな酷い事する人じゃないよ。それに、アンタの能力なんて欲しくない、林檎を取れるアンタを欲しがる人だから。酷い事する必要がない人だよ」

「ええ。この人は魔王ですけど、良き人ですよ。魔女の島に生贄さんの為に美味しいお茶を度々買いに来るぐらいには。とても優しい人ですよ」


 マーさんは少女の前に跪き、彼女の手を取る。


「誓おう。貴様が望むのならば、どんな苦痛も貴様から守ろう。王として」


 彼女の手に優しくキスを贈る。


「何者でもない貴様を、余が守ってやろう。助けてやろう」


 ヒーラーとして、今迄の自分を否定される毎日を送っていたであろう少女はジッと跪きキスを捧げた魔王を見る。

 何者でもない、ヒーラーでもない、彼女が。


「行くっ! 助けてっ! もう、ヤダっ! 戻りたく……ないっ!」


 エル君から離れて、彼女はマーさんに飛びついた。


「と言う事はですよ。お嬢さん」


 僕も彼女に跪き手を取る。


「マーさんの親友の一人として、僕も貴女を助ける義理が発生しました。僕は終焉の魔女の末妹。スー君です。貴女を助けるお手伝いをさせて下さい」

「俺も。俺はエルフのエル君。魔王や魔女と違って弱い弱いエルフだけど、アンタを助けるの手伝わせて貰うよ」

「……うんっ」


 どうやら、今日から可愛らしい友達が出来たようです。


「さて、と。と言っても、だ。まずはこの奴隷紋を何とかしないとかな」

「何か問題でもあるんですか?」

「奴隷紋ってもんは一種の契約みたいなもんよ。金銭の支払いによって所有の譲渡が出来る」

「契約が破棄されると?」

「基本、奴隷からは契約破棄出来ない。金銭の支払いによる譲渡のみが有効とされる。ただ契約主は契約破棄可能である」

「では、持ち主に金銭を?」

「ヒーラーの譲渡は勇者が国王のみが可能。俺たちがいくら金を積んでも規約としては意味はない」

「このままにすれば?」

「この子の魔力が消費させれ続けて枯れれば命が代用となる」


 そのままと言うのは無理があるのか。


「余ならば簡単に消せるが……、この世界の中で消すとこの世界の理に属する事となる」

「えっと、確か魔法の理って世界毎に違うんでしたっけ?」

「基本魔法は変わらないけど、奴隷紋みたいな世界のルールに沿った魔法は世界の理に従わなきゃなんねぇ。奴隷紋が不当に解除をされればこの世界のルールに乗っ取りこの子の命の破棄となる」

「この世界では無理、か。ならば、他の世界に行けば良いのですよね?」

「ああ。だけど……」


 エル君はため息を吐く。


「どうやって行くんだ? 異世界の扉はこの街の外だし、マー君が扉生成するにもドラゴンの姿に戻らなきゃ行けないから目立つ目立つ。俺とスー君に扉を作る魔法はまだ出来ないし、この街の外に行くにはどう頑張っても兵士達が見張る関所を通る必要がある」

「つまり、まずはこの街からの脱出する手立てを考える必要がある、と」

「そう言う事」


 成る程、成る程。


「面白いではないですか」


 脱出ゲームなら、得意ですよ?



次回更新は4日の20時となります。お楽しみに!

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