第29話 異世界買い物3
「子供……?」
「助けてって、迷子か?」
エル君がその女の子を抱き上げた時だった。
「居たぞー!」
男達の低い声が聞こえてくる。
「煩いですね」
「祭りでもあるのか?」
「こんな地味な祭り、有りますか?」
明らかに声はこちらに向かって来ている。
「あの人たち、悪い人たちなのっ! 助けて!」
「えっ、助けてって……」
「どうやら、祭りでも家族でもなさそうですよ」
「余が千切るか?」
「その後で僕たちが小姉様に引き千切られますよ。取り敢えず、逃げましょうか。マーさん、人気のない道を探して誘導をお願いします。エル君、此方へっ」
「任せろ」
「お、おうっ!」
僕は女の子を抱き抱えたエル君の手を引き走り出す。
周囲を見渡せる千里眼の様なものを使えるマーさんに先頭は任せて、僕たちは追っ手を振り切る様に走ったのだが……。
「まだ追ってくるよ!」
「中々執念深い方々ですね」
「飛ぶか?」
「悪目立ちしますよ。マーさん、少し先に何がありますか?」
「宿屋の荷物置き場がある。樽屋やら木箱が積んであるぞ」
「最高ですね。そこに隠れますよ。少しだけ、僕が魔法を撃ちますので、二人は先に」
「了解」
「任せた」
「ええ。任されました」
僕は振り返りリボンを緩める。
「呪いは時間がかかりますし、毒は周囲の迷惑になりますので……。頼みますよ、影さん達」
僕は息を吸い込み長く吐き出す。
僕の息によって吐き出された黒いヘドロは地面に落ちて僕たちの影を象った。
「あの男達を撹乱させて、できるだけ遠くに」
僕たちの影はこくりと頷くと、すぅーと消えていく。
完璧ではないが、ある程度の時間稼ぎが期待出来る撹乱にはなるだろう。
こんな所で実践の魔法を使うとは……。
「さて、僕も急がなければ」
その瞬間だ。
「っ!?」
僕は勢いよく地面を蹴り上げ後ろに下がる。
「あの子を何処にやった?」
「……シーフ?」
ザ・シーフ! と言う様な長い髪の出立ちの男が僕目掛けて短剣を振り下ろすのをギリギリに避ける。
「俺のジョブはどうでもいいだろ」
「ジョブ? 英語?」
え? 本当にシーフで合ってるのか?
微妙。
本当、微妙。
なんだ、この中途半端感この上無いゲームの世界観は。
「見たところ、お前は魔法使いか?」
「え、ええ。まあ、そんな感じですけど……、何か?」
見たところ魔法使い? 別に、僕は普通の格好ですよ? この世界の魔法使いは皆んなエプロンでもしてるのか? それとも、この男の世界観が可笑しいのか?
「ならば……、接近戦あるのみだな」
「……いや、シーフなら接近戦しか出来ないですよね?僕が魔法使いとか本当に必要でしたか?」
「煩い魔法使いだな。これだから魔法使いと言う奴らは嫌いなんだ」
「魔法使いも頭が悪そうなあなたの事嫌いですよ。多分」
相思相愛ならぬ相思相嫌じゃないか。
「煩いっ!」
呆れ返っている僕の腕を男が掴む。
「仕舞った!」
「悪いが、他の仲間を誘き寄せる餌になって貰うぞっ!」
「成る程……。こんな美少年を捕まえて卑しい事をされるおつもりですね?」
「……は?」
「言い訳は結構。まあ、美少年ですからね。人としてはどうかと心底軽蔑致しますがお気持ちは分かりますよ。自分では分かりませんが、僕は人を狂わせてしまう美しさがある様だ」
「え、いや、あの」
「神に愛される事の弊害ですね。僕と言う薔薇を摘み取りたいと言う欲が……」
「いや、だから」
「でも、そんな事をされても、僕は仲間の居場所を吐きませんよっ! 僕は純潔たる誇り高い友達思いな美少年ですので」
「あ、そ、そうだ。仲間の居場所を吐かないと言うのならば考えがある」
そう言って、シーフは僕に恐ろしく鋭いナイフを向ける。
と言うか、餌にすると最初に言っていた時点で僕に情報を吐かせるつもりも毛頭なかっただろうし、僕は僕で恐ろしく鋭いナイフって最早針の事ではないかと自分の言葉を思わず疑う。
こう、ノリノリで劇場チックに芝居が出来るタイプの人間だと自分のことを自負していたつもりだが、随分と誤りがあるらしい。
僕はあまり向いてない。
とてつもなく向いてないな。
ため息ついでに僕は周りを見渡すが、どうやら彼だけしかいなさそうだ。
「ふぁぁ。や、やめてくださいっ! 顔だけは!」
「仲間の事を吐かなければ、その綺麗な顔がどうなるか……わかっているだろうな?」
「……いや、余り」
「余り!?」
「はい。若干なんでナイフなのかなって」
そもそもシーフが職業として成り立ってていいのか?
どんな世界観なんだ?
そしてシーフの武器がナイフってなんだ? 魔法使いも剣士とかもいる世界でナイフを選ぶってどうなんだ? ただの馬鹿としか思えない。
勿論、ナイフは立派な武器にもなるが、その攻撃範囲を考えると世界観にどうしても合わないと思うのだ。
だって、剣とかの方が範囲も広くて強いし。
サブとして使うのは理解できる。一撃必殺最後の切り札。ならわかる。だが、最初から最後までナイフ一本って最早変態の領域だと思うのだが。
「う、煩えっ! お前がわかる様にその顔を切り刻んでやるよ!」
「成る程、顔を切り刻むためのナイフ、ですか。でも、そんな回りくどい事お勧めしませんね」
「っ!?」
「ナイフがなくても、顔は切り刻めるものですからね。もう少し、守備範囲含めて範囲の広い武器がいいと思いますよ。僕みたいな奴がいますから」
僕を掴んでいるシーフの手に細かい夥しい程の文字が浮かび上がる。
「時間がかかる呪いも、触れていればそんなに時間もかからないんですよ」
これは、呪い。
僕の魔法。
男は最早口すら動かせない。
「軽い呪いですので、少し時間が経てば動けますよ。では、失礼。先を急いでいますので」
僕は彼に頭を下げると、エル君達に合流すべく足を進める。
まったく。どうやら厄介な事に巻き込まれてしまった様だ。
次回更新は1/2の20時を予定してます。おたのしみに!
皆様良いお年をー!
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