第26話 魔女が魔女でなくなる日

「そう、ギロチンの魔女が来たのね。配達は上の妹ちゃんに任せるわ。末の妹ちゃんはそのまま店番をお願いね。大丈夫。美味しい美味しい粉にするのはお姉ちゃんがやってあげるから。末の妹ちゃんはね」


 大姉様が優しい声で僕の耳元で囁く。


「早く忘れなさい」


 残酷で優しい言葉を残して。




「やっとるかー!」

「マリンさん。いらっしゃい」

「今は客おらんの?」

「ええ。丁度間の時間ですので」

「……」


 忘れろと言われた。

 魔女が、自分と同じ魔女が、魔女でなくなると言うのに。

 僕たちが扱う商品一つで消えてしまうと言うのに。


「何か、あったん?」


 マリンちゃんが僕の髪を触る。


「元気ないやん」


 この人も、魔女、なんだよな……。


「いえ、別に。今日も傷薬ですか?」

「釣れんなぁ。上質の頼むわ」

「はい」

「……終焉の薬が一つなくなっとるな」

「えっ? 大姉様はここからは……」


 僕が急いで瓶に顔を向けると、マリンちゃんが両手を開けてにこりと笑う。

 ああ。そうか。

 嵌められたのか。


「釣れちゃったやん。普段ならそんな事、絶対しんのにな。弱っとる証拠やん」

「すみません……。初めての体験だったもので……」

「初心いな。ま、大方買って行ったのは重さの魔女かギロチンの魔女か、どっちかやろ。アイツらは、優しいからな」

「ギロチン……」

「知らん? お前ら人間の世界で中世の世に出回ったとんでもパーリーグッズや」

「いえ、知ってますが……、処刑の魔女の別名ですか?」

「あれを見て、アイツは自分でそう名乗っとるな。優しい処刑だと思っとるんやろ」

「優しい処刑……」

「アイツの魔法は、えっぐいからな。名前だけでも優しくなりたいんちゃうの? 根っからの末っ子気質やねん」

「処刑の魔女と、知り合いなんですか?」

「あいつは、序列十二。俺達の今んところは最後の妹や」

「妹? 老婆でしたよ?」

「アイツ、変わっとんねん。姿は変わっても、可愛い妹の一人である事には間違い無いわ」

「妹と言う事は、同じ魔女を姉にもつ兄妹なんですか?」

「種のから、何の説明もないやな」


 説明?


「何の話ですか?」


 僕が首を傾げると、マリンちゃんは小さな溜息を吐く。

 聞いてはいけない話なのだろうか。


「原始の魔女の話や。種のも俺も同じ原始の魔女なのは知っとるな?」

「はい。でも、原始の魔女と言うものはいまいち理解していません。何も説明がなかったもので」

「原始の魔女は文字通り、原始。最初の魔女の事を指す。産まれも魔女。親もなし。ただただ卵の中から産まれた生粋の魔女を指す。魔女の卵はこの世界に十六個産み落とされていた。最初に目覚めたのは、世界の魔女。次に目を覚ましたのが標識の魔女、そして三番目に産まれたのは、種の魔女。そして、十二番目に産まれたのが処刑の魔女や。まだ四つっの卵は孵っとらんし、これから孵るのかも俺たちには分からん。だから、現段階で処刑の魔女は俺や種のの末妹に当たるんや」

「ま、待って下さい! マリンちゃんと大姉様が、姉妹って事ですか!?」

「せや。俺と種のは一つ違いの兄妹よ。魔女には親がない。だからこそ、魔女の下に入るのは妹のみなんや。子なんて俺たちには分からへんからな」


 マリンちゃんと……、大姉様が?

 始まりの魔女……?


「原始の魔女は皆、魔女の理の中を生きるが故、魔女殺しの能がある。俺も、種も、処刑のも」

「処刑の魔女も? なら、彼女は何故終焉の薬を?」

「言ったやろ。アイツの魔法、えぐいねん。文字通り、処刑の様な殺し方や。そんな殺し方を、自分の妹達に望む奴やない」

「妹……?」

「アイツは、自分の妹達を殺す為に此処に来る。一番苦しまんで済む方法を選んで。種の以外は皆んなえぐいっちゃえぐいからな。俺のも大概や」


 では、あの人は……。


「自分の妹殺す為に、ここに……」

「目的を、見失ったんやろうな」

「目的?」

「生粋の魔女以外が魔女になる為には目的がある。欲望という名の目的が。君は、自分がいた世界を滅ぼす事。君の二人の姉達にも同じように魔女になった欲望が存在する。その理由が、魔女を魔女にする。でもな、君ら姉妹みたいに常に欲に忠実な奴ばかりが魔女になるわけやない。中には、弱い奴もおる。前の世界とは違った幸せな生活を手に入れて、姉達の愛に触れて。欲が消えかかる奴もおる。このまま、姉達と幸せに暮らせれば。そんな無欲を欲と呼んでしまえるほど、弱い魔女もおるんや」


 優しくも厳しい姉達。

 前世では決して手に入らなかった、幸せな食卓。

 もし、いじめなんてなくて、家族間だけの問題であれば今の幸せに僕は浸っていたかもしれない。僕だって、今があればいいと思っていたかもしれない。


「魔女は、魔女を喰う……」

「なんや。聞いたんか。ああ、魔女が魔女としての目的がなくなった時、魔女として成立しない身体になった時、待っているのは消滅や。延命処置は、他人の欲を喰らって自分の欲にするしかない。でも、んなものは一時的なもんやからな。他人の欲が自分の欲になるわけがない。結局は、興味なんてなんもないもん。おかしなもんやな。生を捨てる程の魔女になるだけの欲を持っていたのに。消えるとなると生を必死に欲しがるなんて。まるで、世界の理の中にいる生き物やん」


 魔女から離れれば離れる程、人間の様になる。


「あの子は優しいから。姉を泣きながら喰らう妹を見たくないやろうな」

「喰われた魔女は、どうなるんです?」

「ん? どうなると思う?」


 マリンちゃんは悪戯に首を傾げる。


「魔女は、死なないんじゃないんですか?」

「せやな。けど、喰われたら魔女やないやろ? それはな」


 それは……。


「ただの餌ってもんや」


 餌は蘇らない。

 体に吸収されて不要な物は排出される。


「なあ、君は……」


 マリンちゃんは僕の顎を持ち上げる。


「あの世界を滅ぼしたら何が残るん?」


 僕は?

 僕は……。



次回更新は12/28の8時更新となります。お楽しみに!

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