第25話 ギロチンの魔女
「おや、種の魔女はいないのかしら?」
露店の品出しをしていると、後ろから嗄れた声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには全身ピンクの老婆が小さな日傘をさして立っていた。
開店時間よりは随分と早いが、ここにきたと言うことは客なのだろう。
「おはようございます、お嬢さん。何かお探しですか?」
僕は露店の隣にあるテーブルの椅子を引くと、彼女は優雅な足取りで席につく。
「貴方が新しい種の妹かしら?」
「はい。お初にお目に掛かります。種の魔女の末妹でございます」
「随分としっかりした子だ事。このテーブルも貴方が用意したの? 前に尋ねた時にはなかったもの」
「はい。お客人を待たせる間立っていて貰うのは大変心苦しいですからね。今、お茶をご用意させて頂くので、暫しお待ちを」
「ああ、それは結構。こう見えて私は、姦しい娘だからね。お茶なんて出されたら、無駄に貴方の時間を食べてしまう」
「姦しいなんてとんでもない。小鳥の囀りの様に軽やかにお話をなさるのでしょうね。是非ともゆっくりお話を聞きたいところですが、お気遣いに感謝致します」
「ふふふ。貴方、面白いわね」
「ええ。姉様達の妹ですので」
老婆は笑うと、日傘を片付ける。
まだ、日はさしていると言うのに。
「ごめんなさいね。急に押しかけて。種の魔女しかここにいないと思って、不躾な事をしたわ」
「大姉様のご友人の魔女様ですか?」
「ご友人なんて、とんでもない。私の序列は種のよりも随分と下ですもの」
序列。
魔女のカーストだろうか。前にマリンちゃんも言っていたが、中々聞ける機会が無かった為、今もわからぬままだが、ここで聞くわけにもいかない。
「ただ、少しだけ借りを作っているだけなの」
「大姉様をお呼びした方が?」
「いいえ。彼女も準備で何かと忙しいのでしょう。それに、貴方にこの店を任している所を見ると、薬は貴方でも大丈夫かしら?」
「ええ。なんなりとご申し付け下さい」
「では、終焉の薬を下さらない?」
僕はピタリと止まる。
「終焉、ですか?」
「ええ。美味しい美味しいワインに良く混ざる様に、粉にした薬が欲しいの」
終焉の薬。
それは、この店を大姉様に任される時に一番最初に聞いた薬だ。
決して、飲んではいけないわ。
大姉様は真剣な声で僕に言った。
いつもの様な優しさはどこにも無い。冷たくて、無機質で。いつもの大姉様とは思えないほど、硬い口調だった。
これはね……。
「魔女を、お辞めになるんですか……?」
魔女を辞める薬なの。
魔女は死なない。
魔女には終わりがない。
魔女は悠久の時を生きる。他の種族と魔女は、別物なのだ。
魔女と言う生き物は、世界から外れた理で生きている。それ故に世界の理では死ねない。
例え首を刎ねられても、業火に焼かれ灰になろうとも、心の臓を食い破られても。魔女は死なない。
長い歳月を掛けて世界に呼び戻される。ゆっくりとゆっくりと、肉片を繋ぎ合わせる様に。
しかし、だからと言って理がないわけではない。
世界の理でないだけで、魔女には魔女の理がある。
魔女の理の中では、魔女は死ぬのだ。
いや、死ぬと言うのは可笑しい。終焉、全てを終わらせる方法がある。
その一つが、この終焉の薬。終焉の種から作ったこの薬が、魔女と言う理を外れた化物を終焉に導ける。
全てを。何もかも。無かった事に出来るのだ。
それは、恨みも、人間も、願いも、何もかも。
「客人の事情に踏み込むのは、マイナス点ね?」
「も、申し訳ございません。初めてご注文頂いたので、動揺してしまい、大変失礼致しました……」
この老婆は、間違いなく魔女だ。
魔女の特有の、花の香りがする。
「初心な事。私にも、妹がいるのよ。既に巣立った妹が三十人、今私が養う妹は十二人。どの子も貴方みたいに可愛い子達よ」
「は、はい」
「でもね、魔女は魔女しか育てられないのよ。魔女は魔女にしかならない。当たり前なのに、可笑しな話よね」
「……そうでしょうか?」
「違うかしら?」
「魔女になるのには、覚悟と決意がヘドロの様に混ぜ合わさってなるものだと思います。魔女になると決めた瞬間から、魔女は魔女です。決して、魔法が使えずとも」
何故だろうか。
彼女の一言に、何故だか自分の決意が、覚悟が。甘く見られている様な感覚を覚えるのは。
「魔女になる為に、世界を滅ぼす為に、僕は大姉様の妹になりました。名も種族も、捨てて。過去の憎さだけを糧に。その決意が可笑しな話なわけがない。僕の、いえ。僕たちの覚悟は、そんなものでは無いっ」
全てを捨てる。
言葉で言う程簡単なものじゃ無い。
それでも、それでも。あの白い月が見せたあの光景を焼き尽くす為なら。
僕を笑った奴らが、肩を震わせ泣き縋る姿を見る為なら。
何を失ったて僕は構わない。
この覚悟が、可笑しなものであってたまるか。
この決意が、当たり前であってたまるか。
魔女という理から外れた化物に、何を夢見る。見る夢は一つ。願いを叶える姿のみ。
「……ふふふ。随分と久しく魔女らしい魔女を見たわ」
「も、申し訳ございません。つい熱くなり、失礼な事を……」
「面白い事。そうね。貴方は、魔女だわ。その確かな思いが貴方を魔女にする事でしょう。でも、それは貴方だから。魔女は魔女故、魔女にしかならない。魔女にたる為の魔女としての何かが一つでもかけるならば、それは魔女とは呼べない。魔女ではない魔女はどうなるかご存知?」
「……そう、ですね。魔女であり続けるだけでしょうか?」
「まさか。魔女でない魔女はね……」
老婆は僕に小さく笑って、小鳥の様な囀りで、こう言った。
「魔女を喰らって、魔女になり続けるの」
魔女になるのには欲望がいる。
でも、それは。魔女としてではないと叶えられない欲望だ。
魔女を喰らってまで、魔女であり続けなければならない。それは、即ち、生きる事。
魔女でなくなれば、魔女は消えてしまうのだから。
それ程までに生が欲しいのか。
しがみ付くのか。
それは、まるで……。
「人間じゃないか……」
僕がポツリと呟くと、老婆はあらあらと笑い金貨を二枚置いて席を立つ。
「お手間を取らせるけれども、私の家まで届けてくださらない? 私は処刑の魔女。どうぞ、お見知り置きを」
次回更新は12/26の15時更新となります。お楽しみに!
ハッピークリスマス!!※明日は菊池寛大先生の誕生日です。みんなでお祝いしましょう!!(白目)
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