第22話 ドラゴンジョブショップ

「やってるかー?」

「エルさん、すみません。まだ荷解きの最中でして、少し待って貰っても大丈夫ですか?」

「いいよいいよ、定期便で急ぎじゃないし。俺も手伝うわ」

「ありがとうございます。少しおまけしときますね」

「マジで? 頑張るわ!」


 数週間前に現金取引が可能になった僕たちの店は、ここ数日で一気に忙しくなっていった。


「薬草屋なのに生活用品も売るのか?」

「ええ。薬を買うついでに日々の足りないものを買い出す感覚なら手に取りやすいかと思いまして」

「あー。成る程」

「僕はゆくゆくはこの店をドラッグストアー魔女にして行きたいんですよね……」


 そして、ここを本店として聖地化し各世界に店舗を建てたい。


「また訳の分からん事を……。あ、小姉様いるか? この前の差し入れのお返し持ってきたんだけど」

「大姉様と小姉様なら出かけられてますよ。マリンちゃんからの金貨を渡してから、あの二人大忙しみたいで……」

「この前のレッスンもすぐ終わっちゃったもんな」

「そうなんですよね。理由を聞いてもはぐらかされますし……」

「末姉様は?」

「ああ、あの人は家で家事を担ってますよ。僕が店番、末姉様が料理以外の家事ってところでしょうか。適材適所ですね」

「確かに。そう言えばさ、この間言ってた店なんだけど……」

「ほう、あの店ですね? 調べてもらえたんです?」

「おお、あの店な……」


 そんな他愛のない会話をしながら開店準備を進めていると、後ろから足音が聞こえてくる。

 妙だな。


「客か?」

「可笑しいですね。ドアの調整は間違っている様には見えないのですが、他のお客様と被る事なんて急ぎでしょうか?」


 定期購入の各世界に渡されているドアは、種族間の配慮により余程の事がない限りは同時に解放されることはない。


「マリンちゃんじゃね?」

「あの人はこんな黒い魔力ではないと思うんですが……」


 確かに、この島に自力で来られる人ならばドアの調整は関係ないが……。

 この気配は覚えがないぞ?


「おい」


 振り向けば、そこには角をはやした黒に統一された美しい男性が立っていた。

 しかも、全身至る所にベルト、ベルト、ベルト。

 す、凄くオシャレなのか……? 厨二病という奴なのか? 僕にはよく分からない。


「お前はこの村の住人か?」

「村?」

「ええ、僕は住人ですが?」

「そうか。では、この村で一番の美人を連れて来い」

「美人……?」


 それは……。


「僕ですね」

「え?」

「一番の美人は間違いなく、僕ですが?」


 この枯れ果てたのに咲く一輪の大輪事、僕ですが?


「……余の言い方が悪かった様だ。この魔王の生贄に相応しい美しき若い魔女を連れてこい」

「ええ。だから、僕ですが?」


 僕ですが?

 この島で一番美しく若い魔女は僕ですが?


「……いや、あの、例えば、隣にいるエルフの……」

「あ、俺男なんで。無理ですね」

「……男なら、貴様も……」

「全世界で美しき若い魔女は僕ですが?」


 僕ですが?


「僕ですが、何か?」

「……ここは終焉の魔女の島では?」

「ええ、そうですよ」

「なら、美しき魔女が……」

「僕ですが?」


 僕ですが!?

 何かっ!?


「スー君、やばいって。遊んでないでいいから。この調子だと全然開店間に合わないって」 

「客人の世話も僕の仕事ですよ?」

「え? 客なの? その魔王様」

「客ですよね? 何の薬が要るんです?」

「いや、薬は……」

「必要ないんです? なら忙しいので帰って頂いても?」

「あ、でも……」


 魔王と名乗るの男は文字文字と自分の指を突き合う。

 はぁ。埒があかないな。


「なら、開店準備を手伝って頂けますか? 話はそれが終わってから聞くので」

「開店準備とは?」

「取り敢えず、ここにある段ボールを片っ端から空けて中身を出してください。カッター要ります?」

「いや、爪があるから大丈夫」

「それなら良かった。エルさん、僕は陳列に行くので、魔王さんの面倒みてもらえますか?」

「いいよー。俺もこっちの目処が立ったらそっち行くわ」

「毎回申し訳ないです。終わったらお茶の準備しておくので皆んなで休憩しましょう。では、エルさん、魔王さん、よろしくお願いします」

「魔王様、取り敢えず、俺の隣座りなよ。中身何かわからないから、丁寧に開けるの。そう、上手いじゃん。開けたら中を取り出して、草系はこっち、それ以外はこっちに出して。そうそう、じゃ、おれは右からやってるから魔王様は左からな」

「うむ」

「エルさん、魔王さん。出ている分だけ持っていきますね」

「あいよー」

「わかった。持つのを手伝わなくても良いのか?」

「大丈夫ですよ。僕ぐらいの美人は、力も強いので」

「ははは。何言ってんの、スー君」

「本当の事では?」

「ふふふ。面白い奴だな」



 こうして、初の三人作業で何とか開店まで漕ぎつけた僕たちは漸くお茶を飲める時間を手に入れた。



「マー君、マジモンの魔王なの?」

「うむ。余は魔王なのだが……、最近人間達が余の討伐討伐と生贄を捧げる事をサボっておってな」

「仕事の放棄ですね。生贄は何をなさっているんですか?」

「基本は城の女中になるのだが、前の生贄が随分と歳を取ってしまって……。新しい生贄が手に入らん事には決まり事の為彼女に暇を出す事も出来ずに困っているのだ」

「ああ、だから魔女を、と」

「なら、家事向きの魔女にした方がいいですよ。魔法が強くても家事が壊滅的な魔女もいますし」

「なんと!」

「うちは半数がダメですね」

「終焉の魔女ならば魔力も桁違いで仕事も早いと思ったが……」

「城を終焉させちゃうんで、やめて方がいいですよ。エルさん、他の商品は良かったです?」

「ん? ああ。いつものあればいいから。ありがとな、これ今日のお代」

「此方こそいつも手伝って貰って申し訳ないです。こちらがお釣りで、こちらがオマケですね。家に帰ってからゆっくりとこのお茶でも淹れて休んでください」

「うわっ! マジレアな回復茶じゃん! 有難う。じゃ、そろそろ行くわ。マー君も、お疲れ様。お先です」

「お気を付けて」

「エルもお疲れ様だったな」


 僕らが見送りながら手を振ると、エルさんは扉を出して消えていく。

 未来型ロボットみたいな感じで、何度見ても面白な。あれ。


「スー、次の客がそろそろ来るのではないか?」

「ええ。そうですけど、何か?」

「いや、余もそろそろ帰ろうかと思ってな」

「ああ、そうなんですか。今日はお手伝いありがとうございました。あの、バイト代ではないのですが良かったらコレを。エルさんに渡した回復茶と同じで疲労困憊や体の不調によく効く種の魔女特性のお茶です。生贄さんに是非」

「……いいのか?」

「ええ。労働には対価は必要ですしね。早く新しい生贄さんが来るといいですね。さて、ご苦労様でした。マーさんもお気を付けて」

「……礼を言う。あ、あのっな!」

「はい」

「またらここに来ても良いか!?」


 身を乗り出す様にマーさんが僕の前で叫ぶ。

 少しだけ必死な形相に、思わず笑ってしまうが悪い気はしない。


「ええ、勿論です。お待ちしておりますね」

「うむっ! では、またな。スー」

「お疲れ様でした」


 そう言うと、マーさんは一匹のどデカいドラゴンの姿になると空高く舞い上がっていった。

 そうか。ドラゴンか。ドラゴンで魔王か。


「……段々と末姉様のせいで自分の感性が狂っていくのか分かっていくのが怖い……」


 冷静になれば冷静に成る程、ドラゴンと魔王という単語のヤバさに震えがくる。

 間違いなくやばい人じゃないですか!!



次回更新は12/23の15時更新となります。お楽しみに!

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