第20話 上質なドレスの金貨一枚

「体が休まらない……」

「今日は魔法のレッスンがない日なのに仕事とは、ついてないですね。エルさんも」

「本当それ。一日中寝てたいのになぁ」

「ゆっくりお茶でも飲んで、休憩していって下さい」

「ありがと。魔女の茶、うまーい」

「疲労困憊に効くお茶ですので」

「え? マジで!?」

「勿論冗談ですよ」

「何だよー!」


 キャッキャッと僕がエルさんと戯れていると、激しい波のぶつかる音が聞こえて来る。

 

「あれ? 今日、それ程風は強くないですよね?」

「ああ。変だな。こんなそよ風程度で波が起こるだなんて」

「近くで、姉様達が魔法ぶっ放してるんですかね?」

「小姉様辺りなら有り得るんじゃないか?」

「末姉様の友達も中々なものですよ。この前、家の壁に穴開けましたから。ドランゴンが」

「何故ドラゴン?」

「何故って、末姉様が一人で寝るのが怖くてベッドに招待したらしいです」

「チョイスミスが酷い」


 チョイスミスが酷くない末姉様なんていないのだ。


「末姉様はうっかりさんなんですよ」

「その発言、魔女に毒されてきたな」

「そりゃ、そうですよ」


 だって……。


「魔女やからな」


 僕が発したわけでもない言葉の続きが、後ろから聞こえて来る。


「っ!?」


 即ち、それは僕の後ろに誰がいる事を指すのだ。

 いつの間に!? 音は愚か、気配すらなかったと言うのに。

 僕たちはすぐ様体勢を低くしたまま声の源から距離を取る様に跳ね上がる。

 客じゃない。

 尋常ならざる、力。底知れない力を感じる。


「誰……」

「よっ!」


 僕たちが魔法をぶっ放そうとした瞬間、声の主が手を上げた。

 そこには……。


「ま、マリンちゃんっ!?」

「マーメイドおっさん!」


 ……あ、やっぱり。

 エルさんが言ってたのはマリンちゃんなんだ。

 リアルで聴くと、色々とキツいな。


「二人とも暫くやん。何や、友達になったん?」


 そう言って、マリンちゃんは僕たちの肩を抱く。

 うわぁ……。


「気安く触らないでもらっていいですか?」

「俺も……」

「何でや!? 二人とも久々の再開にその距離なんなん!?」

「心の距離では?」

「え? 君、キャラ変わったん?」

「だって、マリンちゃん人の心の中読めるでしょ? ここで取り繕っても、時間の無駄ですよ」


 こちらは日々家事に仕事に魔法に追われているのだ。

 一々反応取り繕って反応を返す気力も体力も、余りない。


「わかっかとったん?」

「そりゃ、ね?」

「ほーん。相変わらず、おもろいな。そう言えば、無事魔女になれて良かったやん。一応、あの後も心配しとったんやで?」

「ああ、あの節はどうも」


 そう言えば、オール分だけは随分とお世話になったな。


「スー君、知り合いなのか?」

「ええ、まあ。昔の恩がありまして」

「え? こんな人に恩作ってて大丈夫?」

「いや、多分だめですね」

「駄目とか言うなや! 本人目の前やぞ!? 傷つくやんけ!」

「あ、申し訳ないです。そこまで気が回りませんでした。エルさん、次から悪口は小声で言いましょう」

「ああ、わかった」

「言わん努力っ!」


 元気な中年だな。


「年上は敬っといてくれ」

「はあ。気が向いたら」

「それよりこの人、人魚じゃないの?」

「ああ、そう言えば。この方は標識の魔女でマリンちゃんと言う方です。ここにはいませんが、イルカはチョコ君らしいですよ」

「ひょ!?」


 エルさんが大きな目をこれ以上なく見開いて僕を見る。

 僕の顔に何かついているのだろうか?


「エルさん?」

「ひょ、標識の魔女って、あの、あのっ!? 原始の魔女の一人の!?」

「原始?」


 そういえば、大姉様がそんな単語使っていた様な、いなかった様な?


「原始の魔女ってのはっ!」

「原始の魔女っての言うのは?」

「何か、とにかく偉くて凄い魔女!」

「幾らエルフでもふわっとし過ぎやろ」

「偉くて凄いの基準が曖昧過ぎては?」

「いや、だって俺エルフだし、魔女事情そんなに詳しくないし」

「ま、原始の魔女ってのは正解やけどな。そう、俺が序列2位の標識の魔女こと、渚のマーメイド! マリンちゃんやっ!」


 ああ。


「エルさん、凄くやばい人の間違いでは?」

「かもしんない」

「だから、小声っ! 配慮っ!」

「訂正も駄目なんですか?」

「ヤバいは悪口やろ! まったく。種のもどんな教育しとんねん」

「種の?」

「大姉様の事ですか?」


 大姉様は種の魔女だ。


「そうや。おっと、要件を忘れるところやったな。悪いけど、傷薬を分けてくれへんか?」

「あ、はい。いいですけど……。お使いですか?」


 魔女なら自分の傷ぐらいは自分で治せるだろうに。


「ま、そんな所や」

「では、上級の傷薬包んでおきます。使い方分かりますか?」

「おお。悪いな」

「俺、瓶用意するよ。おっさん、海に良くいるし、シケたら大変だろ?」

「ありがとな」


 チョコ君のだろうか?

 怪我だなんて、心配だな。


「包めました。早く治ると良いですね」

「お代は、悪いけどこれで頼むわ」

「あ、はい」


 そう言って、僕に握らしたのは……。


「金貨?」


 見た事もない金貨が手のひらに乗っている。


「それ! めっちゃ高い金貨!」

「めっちゃ高い金貨?」

「そう! 普通の金貨百枚分!」

「普通の金貨が円換算で幾らか知ってます?」

「円って何? 丸?」

「いえ。失言です。お気になさらず」


 家電や相撲を知っているからと思ったけど、流石に無理か。


「上質なドレスが二着分って思えばええで」

「ドレス?」

「何、お使い代込み込みや」

「お使いですか?」

「その金貨を種のに渡すときに、そろそろ茶を飲む時間やと伝えてくれるか?」


 そう言って、マリンちゃんは笑う。

 それは一体、どんな意味で、どんな行為なのか。

 でも、今は聞かない方がいい気がした。


「分かりました。仕事はきっちりとしますよ」

「ありがとな。じゃ! また来るわ」


 マリンちゃんはそれだけ言うと再び海に帰っていく。

 あれ?


「可笑しいな?」

「スー君? どうしたんだ?」

「いえ……」

 

 そう心の中で呟けば、頼まずにもマリンちゃんがその声を聞いて説明を始めると思ったんだが……。


「お気になさらず」


 どうやら当てが外れた様だ。

 しかしそれも仕方がない。

 この時、僕は上質なドレスの意味さえ知らなかったのだった。



次回更新は12/21の15時更新となります。お楽しみに!

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