第19話 大切なものに気付いた日
「これが、末妹の本質……」
ポツリと、呟く姉様の声が聞こえて来る。
「スー君大丈夫か!?」
「な、内臓……、僕内臓、出てないですか……?」
「出てはないっ!」
「本当ですか? もうこれ、絶対内臓出てると思うんですけど……」
「何も出てないって! ここではっ」
ここでは?
僕は胸を押さえながら顔を上げる。
そこには、魔法陣の外に小姉様が見上げるほどの黒いスライムの様な物が聳え立っていたのだ。
「な、何ですか!? あれ!」
「わかんねぇよ! 恐らく、あれがアンタの本質何じゃないか?」
「う、美しくないっ!」
黒スライムって!
何処の罰ゲームですか!? それは!
「美しくない? アンタ、魔女としての目が養われてないわね。充分すぎるほど、綺麗でしょ? アンタの、魔女のなれ果て」
黒いスライムがグニグニと形を作り、黒いウェディングドレスの女が出来る。
「女に、なった?」
「あの姿は、一体……?」
「ちょっと自意識過剰だけど、立派な『呪い』と『毒』の本質よ」
その瞬間だ。
黒い女は小姉様目掛け勢いよく手を振り下ろす。
「アンタ達っ! そっから動けば焦げるわよっ!」
小姉様が女の手に包まれようとした瞬間、あたり一面に稲妻が降り注ぐ。
一瞬のことだ。
女が稲妻から身体を守ろうとした瞬間、包囲網の様に稲妻が女を突き刺し取り囲む。そして、女の手にあったはずの小姉様が、女よりも高い空に浮いていた。
見下ろされた女は、小姉様に威嚇する様に吠えるが、稲妻が突き刺さる場所からは墨汁の様に黒い煙が上がっていた。
「毒に呪い。最悪にして最高の至高の種。だけどね、この私には効かないわよ。稲妻に触れれると思って? 自意識過剰糞野郎もいい所だわっ!」
「それ、僕への悪口ですよね!?」
「自覚あるなら直しなさいよっ。 アンタの種、燃やし尽くすわよっ!?」
「へ? あれ? なんか、から、身体が、あ、熱いっ!」
まるで内臓が焼かれているのかと錯覚するほどに、腹の中が熱くて堪らない。
「お、おいっ! 大丈夫か!?」
「か、体が熱いんです……っ! な、何なんだ、これは……っ!」
「た、倒れるなよ!?」
「小姉様……」
「なぁに? 末妹」
「貴女……」
まさか……。
「エロ同人誌みたいに何か良くないご都合魔法を僕にっ!?」
「誰がエロ同人誌のご都合魔法の魔女だっ! ぶん殴るわよっ!?」
あ、でも、通じるんだ。
「こいつのダメージは、アンタに行くからね。稲妻で焼かれてるから熱いんじゃない?」
「なっ! 小魔女様っ! このままだとスー君がっ!」
「魔女は死なないわよ。でも、そうね。そのままだと確かに腹の中全てが燃え尽きちゃうかもね」
「なら、助けてあげて下さいっ!」
「は? 何で? 私に何の義理があってそんな事しなきゃ行けないの?」
「小魔女様っ!?」
「エルフ、勘違いするなよ。私は確かにお前らに魔法と言うものを教えてやっているが、何も親切心な訳がない。これは、選別だ。間引きだ。この程度で魔女として使い物にならなくなるなら、この先も魔女として生きていけるわけが無い。ソイツもこのまま燃え尽きて灰になった方が幸せだよ」
「なっ! アンタ、自分の妹が苦しんでるってのに……っ!」
「エルさん、お、落ち着いて。僕は、大丈夫、ですからっ」
「スー君っ! お前……」
「それに、彼女は、ひ、ヒントを僕らにくれてますから……っ」
僕はそう言うと、残された僅かな体力で小姉様から渡された林檎を齧る。
恐らく、この林檎は禁断の果実。
知識の木の実。
知識とは、理性だ。
理性とは、思考だ。思考とは、精神の行動。
精神の行動とは即ち、本質を律する事っ!
「やるじゃん」
口の中に何かが広がる。
味では無い。
実でも汁でもない。
それが何かは分からない。分からないが、それが正しい事だと言うのはわかる。
ああ……、これが。
「うげっ! きゅ、急に苦さが!?」
後味悪過ぎでしょ!?
「でも、黒いスライムが、消えてくぞ!? スー君、それ滅茶苦茶食べろ!」
「ま、不味いですよ!?」
「不味さで魔女は死なねぇだろっ! 食えっ!」
「ぐばっ!」
エルさんに無理矢理口の中に林檎を押し込まれ、咀嚼させられる。
このエルフ、滅茶苦茶力、強っ!
「全部飲み込んだわね。使い方、知ってたの?」
「まさかと思いまして……、うげっ! マジで不味いんですけどっ! 吐くっ!」
「吐くなよ!? 俺まだ動けないんだらな!?」
そんな横暴なっ!
「何をやっても締まらない奴らね……。滅茶苦茶貴重な実なのに勿体無いことするんじゃないわよ」
「結局、あの実はなんだったんですか? 小魔女様」
「本質とは、本能だ。自分に最も必要なものを貪る化物。あの実は、その本能を抑え込む力を持つ実よ。普通はあの実に近い成分を持った知性の実ってのを凝縮魔法で加工したものが安価で出回ってるけど」
「加工?」
「ええ。だって、あれすっごく不味いでしょ?」
「僕も加工したの下さいよっ!」
「アンタね、あの実、世界中何処探しても中々手に入らない実なのよ? 有り難く食っとけ!」
「そんな貴重なものより、安価なもの下さいよっ!」
小姉様は僕の言葉にため息を吐く。
「うちはお金ないんだから、そんなもの買えるわけないでしょっ! 高価でも、ただ手に入るんだからっ! うちは現物支給よっ!」
ああ……。
「……スー君、お金って、大事だな」
「ええ、そうですね……」
魔法よりも大切なものに気付かされるレッスンだった。
次回更新は12/20の13時更新となります。お楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます