第16話 黒炎雷、改める

「魔法の源、か……」

「末妹様、どうしたの? お鍋、ぐつぐつしてるよ?」

「末姉様。お鍋はグツグツしていいんですよ。たまに優しくかき回せてあげて下さいね」

「はーい!」


 朝の小姉様との会話を思い出しながら僕は夕食の準備をするが、どうも明日の事を思うと酷く気分が落ち込んだ。

 明日から、念願の魔法を小姉様に教わる事になる。

 しかし、だ。

 僕には一つの懸念があった。

 それは、僕が魔法に対して無知に近い事。

 致し方ない。僕の暮らしいていた人間の世界は、魔法よりも化学に精通していたのだ。

 魔法なんて、夢の話。

 僕が生前好ましく思わなかったスピリチュアルな話である。

 その為、僕は魔法について詳しくもなければ、知識もない。

 だから、明日の予習が何もできないのである。

 こんな事、初めてだ。

 幼稚園でさえ、事前にどんな遊びをするか予習をしっかり行なって行ったというのに……。

 予習をしないなど、僕の人生ではあり得ない。常に完璧たる立派な人間になるべく努力をしていたと言うのに、ついにここでその志がここで途絶えてしまうのか……?

 

「末妹様、どうしたの? 難しい顔してるよ? 悩み事?」

「ああ……。ええ、そうですね。先ほど、小姉様から魔法のレッスンを受ける約束をして頂いたんですが……。どうも、何を事前にしておけば良い皆目検討が付かず悩んでおりました」

「魔法のレッスン?」

「ええ」

「懐かしいなぁ。私も、ここに入ってきたばかりの頃、小姉様に習ってたよ」

「本当ですか!?」

「うん。途中で匙を投げられたけど……」


 急に死んだ魚の目になったな。末姉様。


「しかも、物理的にも」

「人生で匙を物理的にも概念的にも投げられた事ある人、居ます?」

「ここに居ますけど? ま、仕方がないんだけどね。私、魔法の才能なかったし」

「末姉様、魔法使えないんですか?」

「使えるよー。でも、なんて言うか、見習い魔女レベルの魔法しか未だに使えなくて……」

「でも、末姉様も大姉様に魔女の種を貰ってるんですよね? 花は咲いているんですか?」

「咲いてるけど、私の種は姉様達みたいに魔法特化ってわけじゃないんだよね。魔女の種って、私達の過去の記憶と心を養分にして咲くから、私のは……」


 末姉様が、僕を見る。

 何も無い、虚空の瞳で。


「腐り切ってるの」


 この人は……。


「もう! 下の妹ちゃんは何も腐ってないでしょ! お花も綺麗よ! 種の魔女のお姉ちゃんがそう言うんだから、間違いないんだから!」

「大姉様っ! び、びっくりしたぁ!」


 急に大姉様が末姉様を後ろから抱きしめる様に登場するものだから、驚いた。

 でも良かった。

 いつの間にかいつもの末姉様に戻っている。


「大姉様、お帰りなさい」

「ただいまー。ご飯の準備有難うね。お姉ちゃんもお手伝いするね」

「有難う御座います」

「それにしても、急にお花の話してどうしたの?」

「ああ。明日から僕、小姉様に魔法を教わるんです」

「あらー! 流石上の妹ちゃんね。妹ちゃんの面倒、あの子しっかり見るから」

「でも、少し不安で……。魔法なんて初めてなので、上手く出来るかどうか……」

「皆始めはそんなものよ」

「少し、予習的なことが出来れば良いんですが……」

「真面目ちゃんね。偉いわ! でも、魔女の授業に予習は必要ないわよ。寧ろ、知識を入れてしまうと自分の本質が中々分からなくなったりするんだから」

「そうなんですか?」


 確かに、人間固定概念と言うものがある。

 最早、思い込みの領域に近い。

 これはこうだと決めつけてしまえば、そこから抜け出すのは随分と時間と労働がいるもの。


「ええ。魔女に大切なものは本能よ」


 鍋の中を見ながら、大姉様が笑う。


「本能、ですか?」

「そう。それが、私の植えた種の花になるの。末の妹ちゃんも綺麗なお花よ?」

「矢張り、薔薇ですか?」

「……あ、そう言う物理的な話? うーん……。そうね。薔薇かどうかと問われたら、薔薇亜科の植物だと思うわ!」


 あ、これ、薔薇じゃ無いな。

 心外!!


「それにね、魔法って、ある程度ならお花がなくても使えるし、末の妹ちゃん、頭が良いからきっとすぐ使える様になるわ」

「この世界では、人間も魔法が使えるんですか?」


 わざわざ魔法使いという種族がいるのに?

 いや、そう考えると、魔女と言う種族もいるのか。二点の違いは何だろうか?


「使えるわよー。勿論、使える子使えない子、両方いるけどね」

「私は使えなかったなー」

「でも、今では基礎魔法を一通り使えるから問題ないわ」

「因みにですが、末姉様は使える迄どれぐらいかかりました?」

「私は、三百年ぐらい?」

「三百年……!?」

「下の妹ちゃんは随分と特殊だったからー。先に召喚魔法の方を覚えちゃってたし、末の妹ちゃんには参考にならないかしらね」

「はぁ」

「でも、どんな魔法が末の妹ちゃんに合うかしら?」

「氷とかどうかな?」

「あらー。クールね! でも、お姉ちゃんは炎とかでもいいと思うの」

「何で?」

「上の妹ちゃんの稲妻と系統が近くて、兄弟見たいでしょ? そしたら、上の妹ちゃんとお揃いの名前付けてあげようと思って!」


 お揃いの名前?

 何だそれはと思っていたら、急にまた末姉様の目が死に始めた。


「……ああ」


 何だ!? ヤバい奴か!?


「上の妹ちゃんの魔法の名前はブラックファイヤーサンダーでしょ!? そうなると、末の妹ちゃんの魔法の名前は、ブラックファイヤーサンダー改にすると、凄く仲良し姉妹っぽいじゃない?」


 ブラックファイヤーサンダー改!?

 ここは地獄か!?

 末姉様、頼むから、止めてくれますか!?


「……うん。私、すごく良いと思う……」


 ここに味方はいないのか!?


「でしょー!? 末の妹ちゃんもどうかしらー!?」


 ……。

 そうですね。


「頑張りますね」


 炎系と電気系にならない様にっ!



次回更新は12/16の13時更新となります。お楽しみに!


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