第13話 異質と歪の家族な話

 家族と言うものは、玩具箱だ。

 どれだけ親の求めた子供を演じようとも、務めようとも、一回ミスを犯してしまえば、即大事に仕舞う玩具箱から出されてしまう。

 僕にとって、ミスとは弟の事だった。

 二つ歳の離れた弟は、僕とは違って完璧では無かった。

 だが、それは仕方がない。

 僕は完璧である為に、常に努力をしていた。全人類がその努力に勤しむべきと言う考えも持ち合わせていない。

 弟がそれに勤しむか勤しまないかは本人の自由。

 結果、弟は勤しまない方に舵を切った。

 それでも、僕は関係ない。僕は僕の舵を切る。弟とは違う舵を。それが、大きな間違いだった。

 両親は、自分たちが求めていたはずの完璧を放棄した弟を持て囃した。

 母が言った。賢く立派な子に育ちなさいと。

 父が言った。強くて芯のしっかりした子に育ちなさいと。

 僕は、両親が望むまま、その通りに自分を育てた。

 賢い事に妥協せず、自分を誇れる美しさを追求し、己の弱き心に負けない鋼の意志を持ち、己の判断を後悔などせずに前をしっかり見据える子供になった。

 だけど、それでは玩具は楽しくないらしい。

 何一つ叶えられない弟の方が、両親は可愛く見えたのも仕方がない。

 弟は、ずくに僕と比べては泣く。

 自分の持っていないものを比べて、怒って、泣く。

 それを見た両親は、弟が可哀想だと僕を責める。

 僕の玩具箱はすぐに弟の玩具箱になる。

 その時初めて知った。

 ああ、僕自身が玩具だったんだと。

 賢く立派になれと言った母は、賢く物事を考えずに、立派とは到底言えない依怙贔屓を厚顔無恥な顔して僕に晒す。

 強くて芯のしっかりした子になれと言った父は、己が最初に僕に示した芯の強さなどしっかりと忘れて、僕を責める。

 祖母が言った。


「人間なんて、そんなもんだ」


 言葉数が少ない祖母は、僕の唯一の賢く、強く、芯の通ったしっかりした立派な大人だっだ。

 そんな祖母を父と母は随分と疎んでいた。

 それが現実なのだ。

 祖母もまた、母と父の玩具箱から出されてしまった玩具の一つだった。


「哀れな人間だね」


 それは、誰の事を言っているんだろうか。

 満点を取ったら怒られた僕のことだろうか。それとも、はたまたそれで怒る両親か。それとも自分の点数と比べて努力もせずに泣く弟だろうか。


「哀れだね」


 それとも、僕以外は誰も尋ねて来ないこの家の事だろうか。

 でも、祖母の事だけではないのは分かる。

 彼女は、自分を哀れだとは一ミリも思わない。

 だって、立派な大人だから。

 でも、立派な大人になった僕は、どうなるんだろうか……?




 随分と嫌な夢を見てしまった。

 楽しくもない、苦しいばかりの、嫌な記憶。

 今の僕には何一つ必要ない、過去の記憶。

 窓を見れば、すでに朝日が登っているではないか。


「しまった……。随分と寝過ごしてしまったっ」


 僕は大慌てで、キッチンに起きていくと……。


「起きるの遅いわよ。弛んでるんじゃない?」

「小姉様、おはようございます。珍しいですね。随分と早起きじゃないですか」

「立て込んでて寝てないだけ」

「ああ。ネトゲですか?」

「巫山戯た事言ってんじゃ無いわよ。この家にパソコンなんて無いだろ」


 ネトゲの概念はあるんだ。


「あ、末妹様、おはようございますっ!」

「末姉様、おはようございます。ごめんなさい、朝食の準備が遅れて……」

「うんん! 大丈夫だよ! じゃーんっ! 今日は私が一人で作ってみたのっ! スープはよく分からなかったからないけど、パンとベーゴンと卵、焼いたの。一人で!」

「素晴らしい上達ですよ、末姉様っ!」

「えへへ。お姉ちゃんだもん」


 そう言って、末姉様が僕の前に朝ごはんを出してくれる。


「食べなさいよ。妹が頑張って作ってたんだから」

「小姉様も手伝ってくれたんだよ? 末妹様の作る時に、玉子とか割ってくれたの」

「う、うるさいわねっ! ただの気まぐれ! 早く食べなさいよっ!」

「姉様達が作ってくださったんですからね。勿論ですよ」

「これで、私一人でも家事分担に朝食入れて貰えるかな? 大姉様と末姉様の負担が少し軽くなる?」


 歪な、家族だった。

 母と父と弟がいる。ただそれだけで、中身は酷く歪な、いや。僕だけが異質な世界だった。

 今、僕には母も父も弟いない。

 ただ、姉が三人いる。

 見た目は確かに歪で、僕だけが異質な家族かもしれない。

 けど。


「そうですね」


 僕にとっては、これが最高の家族だと思う。

 

「こんなにも美味しそうな黒炭、初めてです」


 例え、朝食に黒炭が出ようとも。


「いや、良い感じにしたいならもっと言葉選びなさいよ。普通に嫌味じゃない」

「く、黒炭……」

「え!? 美味しそうと褒めたのにっ!?」


 えっ。心外。


「おはよー! 洗濯終わったわ〜! あら〜! 今日のご飯は黒炭〜? 美味しそうね!」

「く、黒炭……」

「姉様も! 言葉! 言葉選んで!?」


 でも、この黒炭を誰一人残さなかった家族は矢張り最高だと思うが、末姉様が一人でキッチンに立つのはまだまだ先の話である。




次回更新は12/13の13時更新となります。お楽しみに!

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