第11話 我が家のパンツ事情

「ぷれぜん?」

「ええ。末姉様はこの家の貧困をご存知ですか?」

「う、うんん。知らない」


 僕の部屋で末姉様が首を振る。

 朝ごはんの一件から、掃除にベッドシーツの取り替え迄手伝ってくれた末姉様は、手伝いが終わった後もノリで僕の部屋まで着いてきたので、昨日夜から取り掛かってるプレゼン資料の作成の手伝いを僕は頼む事にしてみた。

 勿論内容は、薬草販売の現金導入である。


「この家には現在、お金がないんです」

「え、何で?」


 僕よりも先にいたと言うのに、どうやらこの家の現状を末姉様は知らないらしい。


「それはですね、収入がないからです」

「収入……?」

「そう、収入ですよ。ニートには縁のない言葉なので、末姉様が首を傾げるのも無理はないです」

「わ、私ニートだけど、収入ぐらいは知ってるよ! それに、今日から家事手伝いだよっ!」


 小癪な。

 いや、でも、収入は知っているのか。


「それなら話は早いですね。我が家は収入が無いんですよ」

「でも、でも、大姉様は薬草を売ってるし……」

「売っては無いです。物々交換をしているだけです」

「え? あ、あの、でも、それって収入になるんじゃないのかな? 現金と物の違いでしょ? 現金で物を買うって行為を割愛しただけじゃない?」


 これまた小癪な。


「貴女、結構鋭いですね」

「う、うんっ!」


 返事しちゃうのか。

 いや、でも、素直に受け入れることは良いことですし。

 良しとしましょう。


「勿論、僕たちが食料を買うと言う手間を省いていると言う点はあっています。しかし、です。デメリットがないわけじゃない」

「例えば?」

「例えば、家電が手に入らない」


 今一番の問題だ。


「か、でん?」

「ん?」

「かでんって、何?」


 こんな時だけ世界観っ!!


「末妹様、家電を知らないんですかっ!?」

「え、う、うん。どんな物なの?」

「ほら! 氷の箱だったり、四角水晶だったり!」

「魔法の、一種? 聞いたことない、魔法かな?」


 世界観が帰ってきてしまった! こんな無駄な所でっ!


「……はい。では、服。今、末姉様が着ている服はどうやって手に入れたかご存知で?」

「これも、物々交換?」

「いえ、違います。それは、先日僕が糸紡ぎをして機織りした布地を大姉様が仕立てて作った服です」

「糸紡ぎ!? 機織り!? 童話!?」


 あ、そこは童話括りになるんだ。


「因みに、この作業の為、この一週間の僕の自由はほぼなかったです」

「ご、ごめんね」

「姉妹の服ですからね。しかし、これで分かったと思います」

「末妹様が糸紡ぎと機織り出来るってこと?」

「完璧な僕なら出来ますが、そうではなくて。我々は服を買うお金すら無いんですよっ!」

「えっ!」


 そう。

 我が家には圧倒的に金が不足しているのだっ!


「……でも、服と薬草を物々交換すればいいだけじゃない?」

「はいっ! そこっ!」


 僕はピシッと末姉様を指さす。


「ど、何処?」

「末妹様。服と薬草を物々交換する為には、何が必要ですか?」

「え? や、薬草?」

「違いますよ。服を持ってきてくれる取引相手が必要なんです。しかし、服屋はこんな魔女の薬草を買い付けない」

「あっ」

「他の売人に服を頼もうにも、大抵のお相手は魔女渡りで服を買う金すら持ってない方々が多いです。お金がないという事は、自分達の意思で自分達が必要な物を買えない場合が発生するという事なんですよ」

「……なる、ほど?」

「何かまだ疑問が?」


 疑問系で終わる言葉に僕は眉を顰めた。


「大姉様が不便を感じてるの? 大姉様、多分だけどお金とか貰わないと思う。困ってないからとか言いそうかな」

「そこねっ!」


 そう。

 一番の問題はそこなのだ。


「恐らく、感じてないです。何だかんだ、お金がない、家電が欲しいと口では言いながらも、困ってないんですよ。あの人、自分で何でも出来ますしね。家の修理とかも」


 寧ろ、僕はここに来てから魔法を使う大姉様よりも大工仕事に勤しむ姿を見る方が多い。


「でも、僕が困るんですっ」


 色々と。

 買い揃えれないって、現代人には些か辛い物がある。


「だからこそのプレゼンなんですよ。大姉様に、お金を貰えばどんなに得か。どんないい事があるか。知らしめる必要があるっ」

「でもでもでも。今日からは私も手伝うし、末妹様の負担も減ると思うよ?」

「そうですね。いい機会だと思うし、末妹様。貴女には言っておかねばならないことがあります」

「う、うん」

「僕は可愛いでしょ?」

「え、う、うん」

「可愛い可愛い妹と思うでしょう?」

「う、うん……?」

「でもね、僕は……、本当は男なんです」


 この神に与えられし美しい姿をしているので、末姉様は知らないと思うが……。


「み、見ればわかる事だよ!? 末妹様の中の私の知能数どうなってるのっ!?」

「あ、ご存知でした? 赤子並みだと思ってます」

「余りにもはっきり言い過ぎじゃない!? 赤ちゃんじゃないよ、私!」

「失礼。正直者なもので。と言うわけで、僕には死活問題なんですよ」


 色々と。


「男だと? 何で?」

「色々とあるんです」

「え? 何で? 何で?」

「だから、色々と」

「何で? 何で?」


 赤子かー!?


「何でー!?」

「あー! もー! 分かりましたよっ! 良いですかっ!? 貴女が見たがったんですからね! 文句は聞きませんよっ!」


 そう言って、僕はズボンをズラす。


「……」

「こう言う問題が、既に浮上しているんです」


 僕は悲しそうな顔をして、ズボンを戻すと末妹様は真剣に頷いてくれた。


「……末妹様、私わかった。お金、必要だね。お金貰って、買いに行こう」


 ああ、もう。本当に……。

 誰か埋めてくれっ!


「大姉様、センスの毛根死滅してるけど、その柄でピンクのリボンつけたパンツを男の子に着せるのはヤバいよ……。女の子と同じの履かせるのもヤバいけど」

「でも、綿から紡いで織って作ってくれてる経緯を知っているだけに無下には出来なくないです!?」

「確かに。私も協力するから、末妹様。ぷれぜん? 頑張ろ!」

「末妹様〜!」


 最初は変人でなおかつ赤子だと思ってしまって申し訳ない。

 貴女は心優しいレディですよ。


「でも、私だけじゃなかったんだ。私のパンツの柄もヤバいんだよ。見て?」


 そう言って、末姉様はスカートを捲る。

 其処には通常の人間には余りにも理解し難い柄のパンツがあった。


「や、ヤバい!」

「でしょー!? 寧ろ他の柄も見る!?」

「これはある意味見てみたくなりますね……」

「これ、マシな方だよ!?」

「本当に!? え!? 大姉様のセンス毛根死滅どころでは無いのでは!?」

「一番ヤバいのはねー……」


 その時だ。


「ちょっと、妹達っ! こんな朝からうるさ……」

「あ」

「あ」


 ドアを壊す勢いで開けた小姉様が、スカートを捲り上げている末姉様と、それを見る僕を交互に見て肩を震わせている。

 あ、この流れ、わかる。

 ヤバい奴だな。これ。



次回更新は12/11の13時更新となります。お楽しみに!

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