第10話 末妹様の悩みと朝食

「おや、末姉様がキッチンに立つなんて、珍しいですね」


 今朝の食事を用意しようとキッチンに入れば、普段ならば居ないはずの末の姉がそこに立っていた。


「あっ」


 僕を見ると、びくりと怯えた表情を今も見せる。

 一々怯えられるのは大変不本意だが、それは向こう側の問題だ。

 この完璧と言っても過言ではない僕の落ち度は一つもないのだから、悩んだり歩み寄った所でどうしようもない。

 こう言う場合は、適度な距離感を保ってお互い円滑に最低限の事さえしてればいいのだ。


「挨拶がまだでしたね。失礼致しました。おはようございます。今朝は昨日エルさんが持ってきたベーコンですよ」

「あ、う……」


 そう言えば、ここに来て知らない人と叫ばれた以外は、末姉様の声を聞いた覚えがないな。

 ま、僕には関係ないですけど。


「出来るまで食卓で待っていてくれれば、末姉様の分をいち早く用意しますよ」


 ろくな返事は返ってこないだろうが別に構わない。

 挨拶はする。それが誰でも、するべき事が挨拶だ。

 それが僕の美学。

 僕は、僕の美学によって生きている。

 いや、死んでいるけど。

 どうしても、この単語からマリンちゃんを連想されてしまうのは仕方がない。

 ま、そんな事はどうでもいいから、早くここを片付けて掃除に移行しなければ。

 プレゼン資料が随分と遅れてしまっているからな。


「あ、あのっ!」

「はい?」


 漸く移動するかと思って顔を向ければ、顔を真っ赤にした末姉様がプルプルと自分の服の裾を掴んでいる。

 何だ? トイレか?

 介護がいる系か?


「どうされましたか?」


 自分から話を振るのは失礼だと思うので、相手からの発信を促す。


「あ、あのっ!末妹様っ」

「はい」

「あ、あの、そのっ! そのっ! わ、私って、ニートなんですかっ!?」


 何処からそんな大声が出るんだ?

 ボリューム調整ミスってないか?

 と言うか、ニートって。

 昨日の話を何処かで聞いていたのか?

 色々な疑問が飛び出るが、今はそれどころではない。


「はい」


 質問に答えるこそこそが、真の誠実だ。

 信頼関係はこう言う小さな事の積み重ねだと本に書いてありましたしね。

 賢くて可愛くて美しい僕は、そんな些細な文章でさえ、死んだからと言って忘れないんですよ。

 まあ、向こうの世界ではクソの役にも立たなかったけですけど。


「ふ、ふぉっ!?」

「ふぉ?」


 末姉様の部族の挨拶の言葉でしょうか?

 聞き覚えがないもので。


「に、ニートって、まるでダメな人の事ですよね……?」

「些か齟齬がありますが、末姉様と小姉様に至っては概ね正解です」

「な、何で……っ!?」

「何でって、逆にニートでなければ末姉様はご自分を何だとお思いで? 家事は全て大姉様。日がな一日末姉様はご自室に籠っておられるぐらいしかやってないのでは?」

「と、友達と散歩してますっ」

「ニートですね」


 まごう事なき、ニートですね。


「うう……っ。や、やっぱりダメなんだ……」

「急にどうしたのですか?」


 一人勝手に落ち込んでおられるニート様、あ、間違えた。末姉様に僕は首を傾げる。


「本当にどうされたんです? 昨日の僕のエルさんの会話で何かありましたか? 僕と会話なんてされたくないでしょうに。そんなに確認が急を要することだとは思えないんですが……」

「……私、ダメな魔女で……」

「ええ。特にコミニュケーション能力が皆無過ぎでダメですね」

「……ううっ」

「それで?」

「末妹様が来て、大姉様のお手伝いを自発的にやってるのを見て……」

「はぁ。まあ、ここでは僕が一番下っ端ですからね。階級の下な力士が上位の力士の世話をする事は当たり前ですから」

「相撲に例えないで下さいっ! わ、私本気なんですっ!」

「え、僕も本気で例えてるんですけど……?」

「わ、私、可愛い可愛いと大姉様や小姉様に、あ、甘やかされて育ったもので、その、か、家事とか、何もした事がなくて……」

「は?」


 可愛い可愛いと?

 可愛い、と?

 は?

 は??

 はぁ??


「ひっ!」

「僕よりですか? 失礼ですが、ここでは一番僕が若くて可愛いんですよ? 今までは確かに、末姉様が一番年下であり可愛いポジションニングに席を置いていたかもしれませんが、考えを改めて頂きたいっ! ここでは、僕が! 僕がっ!! 一番若くて可愛いっ!」

「え」

「え、じゃないです! 何をうかうかされていらっしゃるのですか! 末姉様、復唱をっ!」

「あ、え」

「さ、末妹様が一番可愛いと、さんはいっ!」

「す、末妹様が一番可愛いっ!」


 僕は末姉様に拍手を送る。


「完璧ですよ、末姉様。そう、僕が一番可愛いんですっ!」

「……ふふっ。末妹様って、面白い」


 初めて、末姉様の笑った顔を見た。

 随分と、いつも怯えている彼女の印象が柔らかく可憐な花の精の様に感じる。

 そうなると、僕は花の女神になってしまいますけどね。


「ええ。僕は面白くて可愛い上に、家事も完璧なんですよ。さ、ダイニングで待ってて下さい。完璧な僕が完璧な朝ごはんを作って差し上げますから」

「あ、うんんっ。違うの。」

「何か?」

「わ、私、お姉ちゃんになったから、その、あの、ねっ! わ、私も末妹様を手伝いたいのっ」

「それは、つまり……?」

「ずっと、姉様達のお荷物だって、思ってて……。何も出来ない、から。私。一番下の妹だし、仕方がないって思ってて、でも、私も、末妹様のお姉ちゃんになったから、ニートを脱却したいのっ!」

「末妹様……。わかりました。では、まずは朝ごはんから手伝って頂きましょうか」

「う、うんっ! 私、ちゃんこ作れる様に頑張るよっ」

「はっはっはっ。まったく、末姉様は上手いこと言いますね。我が家に力士はいないのでは?」

「そっか、ここ、相撲部屋じゃないもんね」

「はっはっはっ」

「あははは」


 いや、それよりも。


 ここって相撲の概念があるんだ。

 どうなってんだ。ここの世界観。狂ってんのか。

 


次回更新は12/10の13時更新となります。お楽しみに!

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