第8話 魔女と家電事情

 夜中に喉の渇きを覚えて藁のベッドを抜け出すと、キッチンで小姉様と大姉様の声が聞こえる。

 どうやらあの二人はまだ寝ていない様だ。


「姉様! 彼奴を本当に妹にする気なんですか!?」

「うん。もう種植え付けちゃったし、後戻りは私も末の妹ちゃんも出来ないのー」

「た、種を!? ね、姉様が!?」

「あの時の末の妹ちゃん、本当の魔女みたいで素敵だったのよー。妹ちゃん達にも見せたかったわぁ」

「た、た、種を!? 種を!?」

「あらやだー。忘れちゃったの? 上の妹ちゃんにもあげたでしょ?」

「た、種を!? 口から!? 種を!?」

「口からじゃないと、舌を引きちぎってしまうでしょ? もー。下の妹ちゃんったら忘れっぽいんだから」

「き、キッスを!? おと、おと、男と!?」


 いや、それよりも。

 舌を引きちぎるって何だ!?




「おはよう。よく眠れたかしたら?」

「ええ、まあ」


 舌を引きちぎると言う単語のお陰で寝起きもバッチリですよ。

 結局、僕は大姉様以外に認められずに一晩過ごしたが、寝込みを襲われる心配は無いようだ。


「でも、こんな早起きしてどうしたの?」

「早起きなんですか?」

「ええ。他の妹ちゃんはまだぐっすり夢の中よ」

「はぁ。取り分け早く起きたつもりはないですが、ここでは僕が一番下なので、家事などをお手伝いしようかと思いまして」


 見習いなわけだし、家事全般は僕がこなす事にゆくゆくはなるだろう。

 相撲みたいなもんだろう。

 上下関係は人間関係だ。


「まあまあ、まあっ! お姉ちゃん嬉しい! こんな妹ちゃんは初めてよ!」

「は、はぁ」

「何から一緒にしましょうか? まずは、洗濯物からやってみる?」

「いいですよ」

「でも、最初に残念なお知らせなんだけどね」

「はい? 何か?」

「この家には、家電とかないから」

「か、家電?」


 家電? 聞き間違いでなけらば、今大姉様は家電と?


「掃除機、洗濯機、コンロ、冷蔵庫。うちにはないから!」


 家電だ!

 本当に家電の話をしている!


「ま、魔女が家電知ってるんですか!?」

「知ってるわ。でも、うちは高くて買えないのよ……」


 魔女って無条件に中世ヨーロッパ的な生活をしているんじゃないなのか!?

 家電と言う概念があるのか!?

 むしろ、その単語に驚くんですが!?

 無い事しか仮定してなかったですよ!


「我が家はそれ程お金を持ってないのよ。だから、末の妹ちゃんが生きていた世界とは随分と違う生活形式になっちゃうの」

「いえ、あの、なんと言うか……、他の魔女の家には家電あるんですか……?」

「あるわっ!」


 力強いっ!!


「しかも、お掃除ロボとかも割とスタンダードにあるわっ!」


 結構最新じゃないですかっ!


「でも、スマホとかないから! 電波とかないの!」

「電気はあると!?」

「そこは魔法で何とかなるから」


 そこは魔女らしさがあるんだ。




「思ったんですが、家電なくても魔法で家事をすれば良いのでは?」


 洗濯物を手で擦りながら僕は大姉様に顔を向ける。


「出来ないこともないけど、得意な魔法は人によって違うものね。少なくとも、私は植物を操れるけど、洗濯の魔法とかは得意じゃないわ。やろうと思うと、家事だけで一日終わっちゃうかも。コントロールが難しいのよね」

「あー。成る程」


 大姉様、大雑把っぽいでもすもね。

 他の姉様も。

 言わないけれども。


「だから、朝早く起きて自分の手でやった方が早いのよね」

「でも、ここお湯も出ないでしょう? 寒い日とか、お辛くないのですか?」

「それは魔法で天気変えればいい話だから大丈夫よ!」

 

 そちらの方が大掛かりでは!?


「最悪、腕から下を木の枝とかに変えて皮膚殺すから大丈夫よ!」


 無駄な魔女らしさが凄い。




「大姉様は家電とか、欲しくないんですか?」

「んー。欲しいけど、家電買うぐらいなら生活費にもう少しゆとりを持ちたいかしら……。いつも、カツカツだし……。あ、末の妹ちゃん、玉子とってくれる?」

「はい。四つでいいです?」

「うん」

「玉子、割りますよ」

「あら、ありがとう」

「でも、うちって、何で貧乏なんですか?」


 核心をつくような言葉を言えば、大姉様が首を捻る。


「それが、よく分からないのよ……」

「と、言いますと?」

「そもそも、お金がないから買い物なんて殆どしないし、ご飯も見てわかる様に、エル君達が持ってきてくれる食材と私が育てた葉に実に根。家事だって、何か日割りが掛かるような道具の導入はしていないわ。無駄をする場所がないはずなのに、お金がない無いのよねぇ……」


 はぁと大姉様がため息をつく。


「家計簿は?」

「支出がないのに?」


 本当にお金使ってないな。この人。


「本当は、折角魔女になった末の妹ちゃんに新しい服を買ってあげたかったんだけど……。ダメなお姉ちゃんよね」

「え、そ、そんな事ないですよっ! お気持ちだけで僕は嬉しいですっ!」

「末の妹ちゃん……」

「僕に魔女の服はまだ早いですし、それに、それは僕が立派にあの世界を滅ぼすまで取っておいて下さいね」

「末の妹ちゃんって、本当にいい子ね! お姉ちゃん、感動しちゃう!」


 そう言って、大姉様は僕を抱きしめてくれる。

 なんて暖かくて優しい抱擁だろうか。

 良かった。

 この人のセンス、死んでるもんな!

 まだ当分は絶対に着たくないっ!

 

 


次回更新は12/8の13時更新となります。お楽しみに!

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