第5話 終焉の魔女の末妹

「確かに誰よりも美少女な自信は有り余りますが、僕男の子ですよ!?」


 確かに僕は可愛いですがね!?

 そんじょそこらの美人よりは美しいし可愛過ぎますけどね!?

 妹にしたがる気持ちは理解できますがね!?

 この青白い肌をキープする為に日々太陽と戦いつつスキンケアを怠らなかった美にストイックな僕の長所が、まさかこんな所で仇になるとは……っ!


「アンタのキャラそんなんだったのか……?」

「あら〜。元気いっぱいで可愛いわ!」

「大魔女様、眼球と鼓膜付いてますか?」

「えー? 元気いっぱいな子は可愛いわよ。ほら、うちの上の妹ちゃんも元気いっぱいで可愛いでしょ? 下の妹ちゃんは私と同じでほんわか大人しめだからバランス的にも丁度いいわ」

「小魔女様は元気を通り越してますよ!」

「あの子、ちょっと早いから人には余り見えないけど、稲光の中元気いっぱい駆け回ってるのよ?」

「いや、俺そんな話してないし!」

「あの、僕の可愛さを褒めるのであれば他の女の話しないでもらえます? 自信がある故に不愉快です」

「自分の意見がちゃんと言えるのね! 素敵よ!」

「自分と言うものを持っていますので」


 誰よりも自信はある。

 その為の努力を怠った事など一度もない。

 容姿にも頭にも妥協などしなかった。

 だからこそ、僕を褒める時に他の名前など言語道断なんですよ!

 僕を絶賛しきってからにしていただきたい!

 まだ、褒める所は沢山あるでしょうに!


「何か、一気に魔女っぽくなってきたな。アンタ」

「どの魔女よりも勤勉で賢く、気高く美しい自信はありますが、それとこれとは話が別です。大魔女様、僕は別に魔女になるつもりはないんですよ。僕は僕の世界を滅ぼして欲しいだけで、僕が魔女になる必要は無いんです」

「あら? だから、その願いを叶えてあげるのよ? 私の妹になれば、どんな世界でも自分の意思で滅ぼせるわ」

「ですから……」

「だからね、貴方が滅ぼしたい世界を滅ぼすのは、貴方自身しかいないのよ。私達姉妹は、貴方の世界を滅ぼす意思なんて持ち合わせていないの。だって、貴方の世界を滅ぼす事に興味はないから。滅ぼしたいなら、貴方が滅ぼす他ないわ」


 大魔女様はにっこりと笑う。

 その笑顔に、先程の指先同様に何にも言い換えれない程の恐怖が僕の背中に宿る。


「貴方に世界を滅ぼす知恵と努力の場を貸してあげる。代償は、貴方が私の末の妹になる事。魔女はね、魔女たる信念の元生きるしか出来ない秩序の中に生きるものよ。私達姉妹に興味がない世界の終焉は、私達姉妹の秩序によって行う事は許されない。貴方が私や妹達を幾ら願っても脅しても、それは秩序によって不可能な事なのよ。やりたいなら、ご自分で。貴方にはその覚悟があるかしら?」


 恐怖が身体を支配する。

 底の見えない、暗闇の様に。

 だが、それと同時に僕の中で何かが顔を上げた。


「は?」


 覚悟?

 何を寝ぼけた事を言っているのか。

 冷めぬ怒りと憎悪が、恐怖を覆う。僕を馬鹿にした奴らの絶望的な顔、後悔の念を貪り尽くしたい欲が、恐怖を押し退け顔を上げる。

 顔の皮膚を剥がれても、魂をこの魔女に捧げても、構わないとここまで来た。

 あの世界が滅びるならば、僕自身が魔女になっても構わない。


「あるに決まっているでしょう。僕は僕自身の命を賭けるつもりでここに来たんだ。いいでしょう。貴女の妹になってあげますよ! あの世界を滅ぼせるならね!」

「では、契約成立ね。こんなにも美人で元気な妹が出来て嬉しいわ! 魔女の素質は十分ね!」


 そう言って、大魔女は僕の顔を両手で掴む。


「では、与えましょう。私の『種』を」


 そう言って、大魔女は僕の唇に自分の唇を押し付ける。


「!?」

「大魔女様!?」


 抵抗しようにも、男の僕の力でもびくともしない。

 無理矢理僕の唇がこじ開けられ、大魔女は舌をねじ込こんできた。

 上顎をなぞる様に舌と舌を絡められ、唾液が顎まで伝い落ち様が構わず、彼女の舌は僕の舌を己の口内へと引き摺り込む。

 息ができない、苦しい、生暖かい、気持ち悪い。

 全身が拒絶をしていると言うのに、彼女はお構いなしに悪戯に僕の舌を吸いあげて……。


「っ!?」


 何かが僕の舌上で這いずり回る。

 それは、彼女の舌ではない。

 生暖かくもなければ、柔くもない。

 酷く固く、冷たい。

 それは、自分の意思が有る様に、段々と僕の舌を転がって、奥へ奥へと入って行く。

 舌の根本まで来た時に、何とか吐き出そうと嗚咽を出すが、まるでしがみついてる様に離れない。

 まるで、それに手足が生えている様に。

 注がれる恵みの雨の様な唾液には、いつしか何方の歯で傷つけたのかわからない鉄の味がする。

 他人の体液どころか血液だなんて気持ちが悪い。不衛生だ。不愉快だ。

 一層激しく抵抗をすると、大魔女はやっと僕の唇から自分の唇を外し、薄く血が滲んだ唾液を舐め上げると、にっこりと笑う。

 何を僕は惚けているんだ。早くこの異物を口から出さなければ……。

 舌を出そうとする僕の唇に、大魔女の冷たい指がそっと押し当てられる。


「飲み込んで。原始の魔女が一人、種の魔女の種を分けてあげたの。その種を飲み込めば、貴方は私の妹としてここに住まうことが許される。その代わり、その種は飲み込んで仕舞えば貴方の内臓全てに根をはやし、魔女としてしか生きられなくなってしまう。もう普通の人間には戻れ……」


 僕はその言葉を聞くと、喉を鳴らし魔女の指を掴み上げ口から引き離し口を大きく開けた。

 そこには種はもうない。


「あの世界を滅ぼせるならば、戻る必要はないと言ったでしょうに! 馬鹿にしないで頂きたいっ!」


 何度も僕を試すだと!?

 馬鹿にするのも大概にしろ!


「あらあらあら〜。新しい妹ちゃんは、勇ましい妹ちゃんだわ」

「ば、馬鹿野郎っ! 飲み込んだのかっ!?」


 エルフが僕の腕を掴み怒鳴り始める。


「アンタ、魔女になるってどう言う事か分かっているのか!? アンタはもう、魔女としか生きられないんだぞ!? 人間になんて二度と戻れないっ! 魔女として……」

「だからなんですか? それは、僕を馬鹿にした屑を滅ぼすよりも大切な事なんです? 人と生きて、人として生かすこともしてくれない世界の人間として生きて、なにがたのしいんです? エルフさんが心優しい人だと言う事は、貴方と歩いた短い時間で十分わかりました。だが、人の価値観について口立ては優しさの範疇を超えていますよ」


 エルフは僕の言葉に固まっていると、大魔女は手を叩いて満面の笑みを浮かべながらこう言った。


「あはっ! それは最早、魔女の言葉よ。妹ちゃん!」


 もう、僕は何処にも戻れない。




次回更新は12/5の13時更新となります。お楽しみに!

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