第2話 海に浮かぶ標識の魔女

 舟にオールが無いと言うのは、最早人の足が無いと同義かもしれない。

 果てなく続く海を自分の掌二つで漕いで進みながら、僕の心は途方に暮れていた。

 波に押されて、戻りて進んで。戻りて、進んで。

 いつしか、あの大女が示した方向などわからなくなった。

 それでも、僕は進むしか無い。

 あの大女が言う、僕が望む終焉がそこにあるのならば。

 進まなくてはならない。

 何故なら……。


 僕を虐めいたクソみたいな奴らが、後悔しながら死んでいく様を大声で笑いながら見る為にですよっ!」


 絶対にこんな所で諦めるものかと、自分を奮い立たせながら声をあげつつ前へ進む。

 本当に此方であっているのか。

 それとも間違えているのではないだろうか。

 そもそも、本当にこんな大海原の先に三姉妹の魔女が住む地があるのだろうか。

 あの女は、本当に僕を導く気があったのか?

 そんな迷いや心配が頭に浮かんでは指の先から海に溶けていく。

 迷いも心配も生きてた時よりは少ない方だ。

 それだけしか心配や迷いがないなんて、イージーモードも良い所ですよ。

 こっちは自殺する迄日々心配や迷いに心が侵されて続けていたと言うのに。

 しかし……。


「どれだけ進んだんだろう……」


 もう何日も舟を漕いでいる気がする。

 しかし、気になっているだけなのは確かだ。僕が知る限りでは、あの白い月が浮かぶ以降夜は来ていないのだから。


「はぁ……。そろそろ話し相手が一人ぐらい欲しいものですねぇ……」


 いや。

 何を言っているんだ。

 話し相手なんて要らないだろ。寧ろ今は……。


「オールが欲しい」


 寧ろ、それ以外は今どうでもいいだろうに。

 何を言っているんだ、僕は。

 ついに疲労で頭迄も可笑しくなってしまったのか。

 そんな貧弱でどうする。世界一つ滅ぼすと言うのに。

 クソっ、この優秀で素敵な完璧たる僕が、たかが大海原腕二本で渡り切るぐらいで頭をやられそうになるなんて……。

 矢張り、彼奴らの罪は重いなっ!

 全滅するしかなろうにっ!


「絶対滅ぼすっ!」


 その時まで死ねるかっ!


「いや、君、もう死んでるとちゃうの?」

「え?」


 声?

 思わず隣を見ると、ソレがあった。


「君、もう死んどるやろ?」

「え、ええ。まあ、死んでますね」


 思わず返事を返すが、そんな自分に驚きを覚えた。

 何故なら、ソレは実に奇妙なものだった。


「あ、もしかして洒落的な奴やった? ごめんなぁ? おっちゃん、全然若いのこの流行りとかわからんで。ぜも、それ全然おもろないわ」


 ソレは長い髪をポニーテールに纏めて、長い髭が生え、サングラスを掛け、小麦色の鍛え上げられた肌を惜しげもなく出す為に前を全開に開けたパイナップル柄のアロハシャツを来と林檎柄の海水パンツにビーチサンダルを見に纏っていた。

 そして、何より、なんかよくわからないクジラと疑う程のデカいイルカに乗っていた。


「あ、ダメ出しNGワードやった? そんな落ち込まんで?」

「あ、いえ。それはいいんですが……。誰ですか?」


 明らかに怪しい人物とイルカだと言う事はわかる。

 何よりも分かる。


「怪しくはないやろ! マリンちゃんや!」

「あ、イルカの方ではなくて……」

「どこ見てんねん! こんな立派なイケメンなイルカにマリンちゃんなんて名前付けへんやろ! この子はチョコ君や!」


 チョコも可愛いだろ。


「マリンちゃんは俺! 俺がマリンちゃんやっ!」


 あ、理解。

 ヤバい人だ。


「だから、誰がヤバい人やねん! 君、眼鏡キャラなのに失礼な奴やな!」

「いや、眼鏡関係ないですし?」

「関係あるわっ! 大体、こんな世界で眼鏡なんて……。あ、君ぃ、もしかしてこの世界初めてなん?」


 この世界?

 ああ、死後の世界か。


「ちゃうちゃう。ここは死後の世界なんて生優しい所ちゃうよ。そっから勘違いしとるん? あかんのあやわ」

「遺憾の意ではなく?」

「急にめっちゃ眼鏡キャラの味出してくるやん。まあ、ええわ。君がかの世界来っちゅう事は、君も魔女か。このマリンちゃんには敵わんが、まあまあの別嬪さんやし、魔女になれるんちゃう?」

「魔女……。あっ、おじ、いえ、お兄さん、終焉の魔女三姉妹が住んでいる島に行きたいんですが、場所をご存知ですか?」


 余りにも濃い登場にすっかり忘れていたが、そう言えば僕は終焉の魔女三姉妹を探しているんだった。

 見るからに怪しそうだし、終焉の魔女三姉妹が住む場所ぐらい知ってそうだ。


「怪しいは余分やわ。兄さんなんて言わんでええよ。マリンちゃんって言ってや。なんや君、終焉の魔女三姉妹ん所に行くん?」

「はい。親切な方に案内して頂いたんですが、こうも広いと道に迷っているのかなんなのかも分からずに」


 そもそも地図もない航路に道なんてあるわけがないが。


「……ほーん? 親切なデカい女なぁ。まあ、ええわ。道は会ってるで」

「本当ですか!?」

「ああ。俺は全知全能を司る素敵魔女のマリンちゃんやで? 俺に知らん事は何も無い」


 魔女?


「せや、魔法少女って言う奴や。ステッキもあるで? 見るか?」

「いや、興味ないんで」

「おまっ! おっさんと魔法少女やぞ!? 素で返すなや! ツッコミ所がぎょうさんあるやろ!」


 マリンちゃんはつっこみいいんだ。


「はぁ。ちょっとは見所あると思ったのになぁ。まあ、でも、正解は正解や。君は正しい選択をしたなぁ」


 マリンちゃんさんはそう言うと、乾いた拍手を僕に送る。


「あ、ありがとうございます?」


 何故褒められたのかも分からぬまま、僕はぼんやりとマリンちゃんさんを見ていると、彼はニヤリと笑う。


「俺に道だけ尋ねた。この道の導きを司る標識の魔女に、連れて行けとは言わずに。それが、正解やねん」


 彼が笑えば、海がざわめき立ち波が湧き踊る。


「っ!?」


 思わず舟にしがみついて耐えていると、急に海が穏やかになり僕は舟から顔を出した。

 そこには……。


「それは君が対等なる魔女の証拠や。おめでとさん。魔女しか堕ちぬ暮らせぬ魔女の巣窟である魔女の為の楽園の世界へようこそ。あの真っ直ぐ見える島が、終焉の魔女三姉妹が住む場所や!」


 何処までも果てしない海が続いていた筈なのに。

 すぐ其処迄緑に覆われた島が迫って来ていた。


「一体、どうして……?」

「魔女に物理は関係ない。あるのは、理と律のみ。ま、魔法少女マリンちゃんの魔法ってところやな」

「あのっ!」

「おん?」

「有難うございますっ! 助かりました!」


 これが、魔法。

 凄い!

 これなら……。

 あの波一つで国一つ滅ぼせるぞ!!


「……君ぃ、魔女の素質ありありやろ。普通に感動しかと思うたやん。まあ、ええわ。それより、マリンちゃんの魔法ステッキ、見てや」

「まあ、お礼代わりにみても良いですよ?」

「君、いいの持っとるやんけ。ほら、マリマリマリーンのマリンスポーツッ!」


 マリンちゃんさんがそう称えると、マリンちゃんさんの手には光が集まり……。


「此れが魔法のステッキ、魔法のオールや!」


 それはステッキではなく既にオールでは?


「細かい事は気にしたらあかんで。海の様に、このマリンちゃんの様にでっかく生きいや。じゃ、帰るわ。行くで、チョコ君」


 マリンちゃんさんは僕にオールを渡すと、チョコ君が大きく跳ねる。

 大きな波が起きて僕は落ちそうになるも、魔法のオールに捕まっていれば不思議とこの荒ぶった波が僕の周りだけ穏やかになって行く。


「あ、後な、さんは要らへんよ! マリンちゃんだけで次は呼んでなー!」


 遠くからマリンちゃんさん僕に向かって手を振るう。

 

「マリンちゃん、か」


 魔法少女でおっさんで、僕の心が読めるんだな。

 うん。


「滅茶苦茶ヤバい人じゃないですか」


 助かったけど、二度と関わらない様にしようと、僕は心に決めるのであった。



 次回更新は12/2の13時ごろとなります。お楽しみに!

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