終焉の魔女の末妹

富升針清

第1話 終焉の誕生

 僕は、矢張り死んでしまったのだろうか。

 ぼんやりと浮かぶ白色の月を、何もない果てしない海を漂う箱舟から眺めながら思う。

 この舟が行き着く先は果たして地獄か天国か。

 自殺した人間は地獄に行くと聞く。

 僕も地獄に行くのだろうか?

 行くのならば、行けばいい。

 思えば、地獄に生きた日々だった。

 僕が死んだ事で、世界は変わったのだろうか?

 僕を虐めてた奴らは、皆自責の念に駆られているだろうか?

 親は、僕を理解出来なくて泣いているだろうか?

 弟は、僕を馬鹿にしていた事に後悔を覚えているだろうか?

 死んでしまった今、真相は闇の中だ。

 でも、願わずには居られないのだ。

 ああ、皆の顔が。

 懺悔と後悔に歪んだ顔が。

 

「見たかったな」


 月明かりに照らされた僕の口角が釣り上がる。

 取り返しがつかないと分かった後悔に泣き喚く姿、実に見たかった。

 とても見たかった。

 見ながら、腹を抱えて嘲笑いたかった。

 僕がいくら泣き叫んでも、止めなかったお前らのクソみたいな後悔を!!

 もう何をしても遅いんだよ!

 馬鹿だな! 脳味噌が入っているのか!? 低能とはまさに貴様らの事だな! と、泣き崩れ僕の遺体の前で無様に額を床に擦り付ける貴様らの頭を踏みじりながら、高笑いを決めてやりたかった。

 

「あーあ、見たいな……。最後に見たかったなぁ……」


 僕の遺書を涙ながらに握りしめて、後悔する様が見たかったな。

 想像するだけで恍惚とした笑顔が自分の張り付くのを肌で感じる。


「はぁ……。見たいなぁ……」


 見たいなぁ。

 そう呟くと、白い月が一層に輝き始めた。


「な、何ですか!?」


 一体、何が起きたと言うのか。

 僕は眩しさの余り目を細めると、其処には残酷な現実が浮かび上がっていた。


「これは、何だ……っ!?」


 僕の葬式。

 僕が棺に横たわっていると言うのに、虐めた奴らは友達面して、悲しむだけ。

 親は気丈に振る舞うフリをしている。

 弟は、何も気に留めてなさそうに欠伸を噛み殺していた。


 は?


 お前らのせいで、僕は死んだんだぞ!?

 何で、お前らはのうのうと生きていられるんだ!?

 人が一人死んでるんだぞ!?

 お前の!

 お前らのせいで!!


「認めない……っ」


 こんな歪んだクソみたいな世界を、僕は認めない。

 事の重要性に何一つ気づかない愚かな人間達。

 あり得ない。

 あり得ては行けない。

 こんな世界を、続けさせてはいけないっ!!


「後悔させなくては……っ」


 僕を蔑ろにした罪を。

 僕を蔑んだ罪を。

 僕を馬鹿にした罪を。

 僕を見下した罪を。

 僕を怒らせた罪を。

 後悔させなければ。

 全ての罪に後悔させなければ。

 何故あの時自分が選択を間違えたのかと、何故僕を苦しめた事にのより、どれだけの自分達が背負った罪が重く消えないのか、後悔しながら死んでいかなければならない。あの愚か者たちはっ!


 全てを精算させねばならないっ! あの現状が許される、あの歪んだ世界にっ!


「滅ぼしてやるっ!!」


 この罪を、許してなるものかっ!


「うわっ!」


 その瞬間だ。

 僕の口から呪いの言葉が吐き出た、その瞬間。

 僕を乗せた箱舟が浮かぶ海が輝き出した。

 何処まで輝いているのか。

 果ての見えないこの海ではわからない。

 途方もない光が、僕を囲んで煌き出す。

 瞬きすらもできぬ程の光の海。最早目を開くことすらままならない。

 両腕で目を庇いながら縮こまる僕の耳に波の音の様な声が届く。


『あの世界を滅ぼしたいのですか?』


 波の様な声は、僕にそう問いかけた。

 滅ぼしたい?

 何を言っているんだ。

 そんなもの、決まっている。


「滅ぼしたいなんて、言ってないっ!」


 僕は大きく口を開け、一番の大声を張り上げる。

 滅ぼしたい?

 何だ、その希望は!

 仄かな夢か!?

 仄かな願いか!?

 馬鹿野郎っ! そんなものであってたまるかっ!


「滅ぼしたいじゃないっ! 滅ぼすんだっ!」


 そして、命乞いをする彼奴らの頭を踏みにじるっ!

 笑いながら、一番に大きな声で笑いながらっ!

 懺悔の言葉を楽しみ尽くして、最後に驚く程に呆気なく、お前の希望全てを摘み取る様に丁寧に滅ぼすんだよっ!


『それは、素晴らしい』


 細波の様な拍手が、僕を取り囲む。

 目は開けられない。

 何人、居るんだ?

 一体、誰が居るんだ!?


『私は、貴方の様な人を長らく待っていたのですよ。この心意気を、私は信じて教えましょう』


 その声が終わらぬうちに、目を庇っていた僕の腕は僕の意思とは関係なく下がっていく。


『目をお開けなさい』


 光がこんなにもあるのに?


『大丈夫。貴方が本当に滅ぼすと決めたのならば、こんなゴミの様な希望の光など、取るに足らぬ愚像の群れですよ』


 希望の光?

 これが?


 は?


 彼奴らが持ってる希望の光? 巫山戯るなよ。

 そんなものに僕は目を庇っていたのか!?

 僕は大きく目を見開くと、僕の前には大きな女が立っていた。

 一体、どれぐらい大きいのか。

 まるで月に届きそうなぐらいの大きな大きな女が一人。


『矢張り、貴方は今迄来た人間とは違いますね。貴方には、素晴らしい素質がある。それを信じて、授けましょう』

「何を?」

『絶望をですよ』


 女は笑うと、真っ直ぐに手を伸ばし指を差す。

 何もない海の果てを、この女は指を差す。


『お進みなさい。この先に貴方が望む終焉を司る魔女の三姉妹が住んでいます。そして、貴方は彼女達から終焉を得るのです』

「終焉……」


 それは、あの世界をも終焉させれると言う意味なのか。


『お行きなさい。希望を絶望に返し終焉の若者よ』


 女は海に溶けていく。

 そして、彼女が最後の一粒になった瞬間、耳を劈く様なけただしい笑い声を上げ、彼女が言った。


『必ずあの世界に終焉をっ!』


 最後の一滴が海に溶けた瞬間、僕の周りから光は文字通り消えてなくなった。

 あれは、何だ?

 女神か?

 それとも、悪魔か?

 だが、今はそんなことどうでも良い。


「はっ」


 僕は眼鏡を指で持ち上げ直しながら、鼻で笑う。

 必ず?


「貴女に言われなくても、必ず滅ぼしてやりますよっ」


 オールが無くても、果てが見えずとも、必ず。

 必ず、僕は終焉の魔女とやらを探し出してやりますよっ!

 僕の為にねっ!




次回更新日は12/1の13時頃となります。

お楽しみに!

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