第4幕 『白鳥の湖』のオディールの場合 ⑨ <完>

「オディール・・・オディール・・・私の愛しい娘・・どうか目を開けておくれ・・・。」


悲し気な声が遠くから聞こえて来る。


「う・・・・。」


何度か眼を瞬き、オディールは目を開けた。すると眼前には涙を湛え、オディールを覗きこんでいる父の姿が目に入った。


「お・・・お父様・・・?」


「ああ・・・良かった・・・!オディールッ!」


ロットバルトはオディールを力強く抱きしめると涙した。


「お父様・・・オデットは・・・?」


するとロットバルトは悲し気に目を伏せると言った。


「オデットは・・・白鳥の姿になって・・・王子の所へ飛んで行ったよ・・・。」


「まさか・・・!」


その時、オディールの目に自分が来ているドレスが目に入った。

黒い・・・まるで漆黒の闇のような色のドレス。


(ま・・・まさか・・・。)


オディールは震えながら自分の髪をすくいあげた。その髪はオデットの髪色・・黒々とした髪であった。


(ああ・・・やはり運命を変える事は出来なかった。私はオデットに自分の身体を奪われてしまったんだわ・・・。そしてやがて私とお父様はジークフリート様に殺される・・・。)


オディールは身体を震わせ、ハラハラと涙を流した。ロットバルトはそんな娘が哀れでならなかった。


「オディール・・・可哀そうな我が娘・・・。」


すすり泣く娘を強く抱きしめながらロットバルトは言った。


「大丈夫だ、オディール。どんな姿になったとしても内面からにじみ出る美しさや醜さは・・・外見だけでは隠しきれない。オディール・・・お前はオデットの姿に変わったとしても・・・優しく、美しい私の娘だよ・・・。」


「お父様・・・・。」


オディールはロットバルトを真剣な眼差しで見た。


「お父様、今から話す事・・・全て信じて下さいますか?」


「ああ・・分かったよ、オディール。お前の話なら・・どんな話でも信じよう。」


ロットバルトが頷くのを見てオディールは覚悟を決めた―。




「な・・・何だって・・・?それではこの世界はおとぎ話の世界だと言うのか・・?それで私とオディールはいつも同じ結末を・・・?」


「はい、オデットは私の姿をしてジークフリート様に近付き、私とお父様を殺すように仕向けます。お父様は悪魔で・・・私は悪魔の血をひく娘だと・・・。だから・・お父様!2人で逃げましょうっ!どうせ・・・もうこの城は・・全てオデットの手に落ちたのです。お父様・・どこか遠い地へ行き、2人でひっそり生きていきましょう?家事の事なら大丈夫です。私は料理も洗濯も掃除も出来ます。働く覚悟だって出来ています。だから・・・・。」


最期は涙で言葉にならなかった。しかしロットバルトは首を振る。


「オディール・・・私はこの城を出るつもりは無いよ。逃げるなら・・オディール。お前が1人で逃げなさい。私の所有する早駆けの馬が1頭いる。それに乗って取りあえず、あの森を抜けると「セレン」という王国がある。そこの国王は私の友人なのだ。これを持って行きなさい。」


ロットバルトは自分の服についている紋章のブローチを外してオディールに渡した。


「これを見せれば、きっと彼は信じてくれる・・・。さあ、オディール。行きなさい。」


ロットバルトはオディールの掌を開かせると握らせた。


「い・・・嫌ですっ!お父様・・・何故そのような事を仰るのですか?お父様迄いなくなられたら・・・私はこの先1人で生きていけませんっ!何故私と一緒に逃げて下さらないのですかっ?!」


涙を流しながら訴えるオディールにロットバルトは優しく言った。


「それはね・・・オディール。ここは・・・私の妻・・レダの眠る思い出の城だからだよ。彼女のお墓はここの城の前にあるんだ。私は妻が亡くなった今も彼女を愛している。だから1人残してはいけないのだよ。」


「それでは・・私の事は?私の事は・・・愛していないのですかっ?!」


自分でも何て我儘な事を言っているのか、オディールは良く分かっていた。父を困らせていると言う事も・・・だが・・・。」


「お父様っ!お願いです!私は・・もう何度も何度もお父様がジークフリート様に殺される姿を繰り返し見て来たのです。これ以上お父様が殺されるのも、ジークフリート様がお父様を殺す姿も・・・見たくはないのですっ!」


「オディール・・・。」


肩を震わせて泣くオディールの姿にとうとうロットバルトは折れた。


「そうか・・・分かったよ、オディール。なら・・私もお前と一緒に・・・。」


するとその時・・・・。


「それはもう無理な話ね・・。」


2人の背後で声が聞こえた。オディールとロットバルトが慌てて振り向くと、そこにはジークフリートとオディールの姿をしたオデットがそこに立っていた。

そしてオデットは言った。


「ジークフリート様。あそこにいる父が・・・私に呪いをかけたのです。白鳥になってしまう呪いを・・・。私の呪いを解くには悪魔ロットバルトと娘のオデットを倒さなければならないのです。」


オデットはジークフリートに縋りつきながら言う。


「そうか・・・・。あの悪魔が・・・姫を白鳥になってしまう呪いをかけた悪魔なのだな・・?」


スラリと剣を抜きながらジークフリートはロットバルトとオディールに近付いて行く。


「お・・おやめくださいっ!ジークフリート様っ!父は・・・父は悪魔などではありませんっ!」


オディールは必死で叫んだ。


すると素早くオデットは言った。


「ジークフリート様。いけません。あの女の戯言を耳にしては・・・妹のオデットも悪魔の力に魅入られてしまった魔女なのです。」


「ああ・・・勿論よく分かっている・・・。」


そして突如ジークフリートはオデットに剣を向けた。


「オデット!私の愛するオディールの身体を奪い、私を誘惑してオディールの父を悪魔に仕立てた魔女め・・・!お前の戯言等もう聞かぬわっ!」


ロットバルトとオディールはジークフリートがいきなり剣をオデットに向けたので驚いた。


「な・・・何故私がオデットだと仰るのですか・・?」


オデットは身体を震わせながらジークフリートに尋ねた。


「フン、魔女め・・・今更しらばっくれるのか?見ろ!お前の髪を・・・!」


ジークフリートに言われたオデットは髪の毛を見て慌てた。何とオデットの金色に輝く髪の毛先が黒く染まっているのである。


「ええ?!そ、そんな・・・!」


「ふん・・・魔女め。幾ら体を奪おうとも内面からにじみ出る悪の気配がお前の外見を変化させたのだろう?」


「あ・・・そ、そんな・・・・。」


オデットの髪はますます黒く染まっていく。


「オディール・・・・・。」


ジークフリートが優し眼差しでオディールを見つめる。


「ジークフリート様・・・。」


「ああ・・・やはり貴女は・・・心だけでなく・・外見もとても美い女性です・・。」


「え・・・?」


オディールは何の事か分からなかった。するとロットバルトが息を飲んだ。


「オディールッ!お、お前の髪の毛が・・・!」


「え?髪の毛が・・・?」


見ると、あれ程真っ黒だった髪の毛の色素がすっかり抜け、徐々に毛先が金色に染まってゆき、瞳の色も元のマリンブルーの瞳に戻っていたのだ。


「オディールッ!!」


ジークフリートはオディールに駆け寄ると強く彼女を胸に抱きしめた。


「ジークフリート様・・・・。」


「オディール・・・会いたかった・・私の愛しい人・・・。」


恋人同士の熱い抱擁をロットバルトは嬉しそうに見つめていたその矢先・・・。



「お・・おのれ・・・・!こうなったらお前達を道連れに・・・!」


今や完全に元の姿に戻ったオデットがゆらりと立ち上ると、何やら怪しげな呪文を唱え始めた。するとオデットの足元に魔法陣が出現し、紫色の霧が漂い始めた。


「オ・・オデット!何をするつもりだっ!」


ロットバルトは叫んだ。


「フフフ・・・この呪文はね・・・相手を地獄に引きずり入れる禁呪魔法なのよ・・お前達を全員地獄へ引きずりこんでやるッ!」


「させるかっ!」


するとジークフリートが短剣を取り出すと、オデット目掛けて投げつけた。


ヒュンッ!


風を切る音と同時にオデットの悲鳴が上がる。見ると短剣がオデットの胸に刺さっていた。


「フ・・フン・・・こ、これ位では私は・・・。」


しかし、魔法陣にオデットの血がポタリと垂れた瞬間―


ザッ!!


突如として魔法陣の中から土気色をした手が飛び出し、オデットの足を、足首を捕らえ、魔法陣の穴の中へ引きずりこんだ。


「な、何をするっ?!離しなさいッ!引きずりこむのは奴等よっ!お、お願い・離して・・・た、たすけて・・・!」



しかし無数の手はオデットの言う事を聞かず、彼女を穴の中へズルズル引き込み始めた。


「ギャアアアアアーッ!!」


やがて物凄い断末魔と共に穴の中へ引きずりこまれたオデットの血が飛びちり・・静かになった。



オデットは・・・自ら召喚した地獄の死者によって殺されたのだ。



「オディール・・・。」


「ジークフリート様・・・。」



ロットバルトは愛し合う恋人達の邪魔にならぬよう、その場を後にした。



ジークフリートとオディールはどちらからともなく唇を重ね・・・2人はその場で飽きるまで何度も愛を交わした—。



こうして悪魔の力に魅入られたオデットは自らの力で身を滅ぼし、オディールは愛するジークフリートとロットバルトといつまでも幸せに暮らしました。



めでたしめでたし




後書き―


天の上から呟く声が聞こえて来る・・・。


『まさか・・・孫のオディールが逃げる事もなく救われるとは思わなかった・・・。これからは私の助言無しにも・・悪女と呼ばれた彼女達は自らの力で自分達の運命を変える事が出来るのかもしれないな・・・。』


そして金の髪の男は本を閉じた―。



<完>




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童話の世界の悪女達は自分達の不幸な未来を知っているのでヒロイン達に親切にする事にした 結城芙由奈 @fu-minn

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