増えてるっ!


 総司は焚き火台を念入りに片付けながら、チラと萌子たちの方を見ていた。


 なにを話しているのか、ふたりは楽しげだ。


 そっと聞き耳を立てていると、


「そうそう。

 テレビでソロキャンとかやってると見ちゃうよね。


 そういえば、この間、用事しながら見てたらさ。


『わあ、むごたらしい匂いですね~』

と言ってるのが聞こえてきて、振り返ったら、もうCMだったんだよね。


 なにが、むごたらしかったのかな?」

と萌子が言っているのが聞こえてきた。


「……いやそれ、絶対、聞き間違いだろ」

と藤崎が言い、


 聞き間違いだろ、と総司も心の中で思っていた。





 洗ったステンレスの食器を手にテントの方に戻った萌子は、テーブルからランタンを移動させていた総司と目が合った。


 いろいろと思い出し、ちょっと赤くなる。


 でも、暗いし、ランタンの灯り、オレンジがかってるから。


 赤くなっててもバレないよね、とビクビクしながら、

「片付け終わりました」

と萌子が言うと、


「……こっちも終わった」

と総司は言うが、何処か物憂ものうげだ。


 なんですか?

 なにかありましたか?

と萌子は心配して、総司を見つめる。


 萌子の手から食器を受け取りながら、総司は、なにかを吹っ切るように視線を上げると、萌子の目を見て言ってきた。


「花宮……」


「は、はいっ」

と身構えた萌子に、総司は真剣な顔で訊いてくる。


「なにが、むごたらしかったんだろうな?」


「……課長も聞いてたんですね」


 なにもロマンティックな展開にならないのに、うっかりときめいてしまいましたよ……と思いながら、萌子は夜空を見上げる。


 今日もダイダラボッチは星座の一部のように、夜空に透けて見えていた。





 私ひとりが課長の言動に一喜一憂して莫迦みたいだな、と思いながら、萌子がテントの寝袋にもぐるころ、総司は総司で悩んでいた。


 花宮、か。


 キャンプのときは萌子と呼ぼうか、なんて言ってたのに呼べなかったな。


 いや、花宮は緊張するから呼ばなくていいとは言ってたんだが。


 それで距離が縮まるのなら、キャンプ仲間として呼ぶのもいいかと思ったのに。


 花宮を目の前にすると、何故だか呼べなかったな。


 お兄さんと花宮のご家族の前では呼べたのに。


 ……お兄さんを呼んでこようかな。


 そしたら、呼べるかもしれないな。


 そんなことを考えて眠れない総司が、寝袋の中で身体の向きを変えたとき、テントの外でガサガサガサッと音がした。


 萌子のテントの方だ。


 今日は藤崎も別にテントを張っているのだが、萌子のテントとは反対側だ。


 誰かが花宮のテントの周りをうろうろしている?


 変質者か? 藤崎か?


 頭の中で両者を同列のものにしながら、総司は起き上がった。


 萌子のテントは、一目で女子のテントとわかる可愛いテントだ。


 しかもサイズが小さいので、ひとりで来ていることが一発でわかってしまう。


 今日帰ったら、オッサン臭いでかいテントを買ってやろう。


 ティピーテントを建てたければ、その中に建てればいい。


と萌子が聞いたら、

「嫌ですーっ」

と悲鳴を上げそうなことを思いながら、総司は近くにあったスキレットを手にとった。


 変質者だったら、これを投げつけようと思ってのことだ。


 だが、間の悪い萌子のことだから、投げつけた瞬間、ちょうどテントから顔を出しそうな気がした。


 ゴン、と重いスキレットが萌子の額を直撃し、変質者や藤崎ではなく、萌子が、きゅ~っと倒れてしまうところを想像する。


 今にも現実になりそうで怖いな……。


 あいつ、神獣みたいなウリが憑いてるくせに、特に運もよくないしな。


 恋愛運アップの神社の巫女のわりに、恋愛運もよくなさそうだし、と思いながら、テントの外に出ると、ウリが走っていた。


 今の音、ウリか?


 いや、ウリが走っていても音はしないはずだが……と思ったとき、ウリの後ろから、もう一匹、ウリがドドドドとやってきた。


 生きたウリ坊だ。


 仲良くなって、二匹が駆け回っているようだ。


 ケモノには見えるんだな、あやかし、と思いながら、総司は構えていたスキレットを下ろし、

「静かに遊べよ」

とウリたちに言った。


 ウリたちは理解したのか、また総司の前に走ってきたとき、立ち止まり、黒い瞳で総司を見上げた。


 二匹とも、わかったっ! という顔をした気がしたが。


 あやかしとケモノはわかったのか、わかっていないのか、また、ドドドド……と何処かに行ってしまった。


 総司はスキレットを手にしたまま、萌子のテントを窺う。


 静かだった。


 今の騒ぎにも気づかず、寝ているのかもしれない。


 インディアンの住居風の可愛く飾られたテントに向かい、


「……おやすみ、も……


 ……


 …………


 ………………花宮」

と言って、総司は自分のテントに戻っていった。














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