夢見が悪かったんだ
見てしまった。
課長が花宮のテントに夜這いしようとしているところを。
しかも何故かスキレットを手に。
藤崎はテントの一面をモスキートネット代わりのメッシュシートにして、蚊帳に入った感じで寝ていたので、外が見えていた。
あの二人は実はできているのだろうか。
……ていうか、あのスキレットはなんだ?
あの手入れのいいスキレットでなにをするつもりなんだ!?
藤崎はいろいろ気になって眠れなくなってしまったが。
総司と萌子が付き合っているかどうかが気になるからなのか。
あのスキレットでなにをするつもりなのかが気になるからなのか。
今、耳許でぶんぶん言っている蚊が気になるからなのかはわからなかった――。
……モスキートネット役に立ってねえじゃねえか、と思いながら、総司がテントに戻ったあとで、手探りで、ゴソゴソ虫除けを探した。
「よーし!
今日は釣りますよー!」
朝、すっきり目覚めた萌子はキャンプ場で借りた釣竿を手に、
ちょっと人が多すぎる感じではあるが。
それでも、森を抜け、川面を吹き抜ける風は爽やかだし。
木々の緑も眩しく、いい感じだ。
夏とは思えないほど、よく冷えた空気を吸い込んで、振り向くと、藤崎がまだなにも入っていない白いバケツの前にしゃがみ込んでいた。
「どうしたの?
釣らないの?」
と訊くと、
「いや……夢見が悪くて、寝不足で」
と釣竿を手にしたまま言う。
「夢?」
「……白い面をかぶったジェイソンっぽい格好の人が、夢に出てきてさ。
スキレットを手にテントのメッシュシートのところから、中を覗き込んでくるんだ」
「なんか美味しいものでも作ってくれそうだね、そのジェイソン」
「ああ、さっきも作ってた……」
えっ? と萌子は思わず周囲を見回したが、特にジェイソンっぽい人は見当たらず、総司が横で釣糸を
さあ、トレトレの魚を!
と萌子は張り切って、釣り糸を垂らした。
釣竿を握り、しばらく水音や梢のざわめきを楽しんだあと、萌子は笑顔のまま無言で財布をつかむ。
そのまま売店に向かおうとする萌子の両肩を総司と藤崎が叩いた。
「やるから」
「俺たちが釣ったの、やるから、花宮」
「釣り……奥が深すぎですっ」
結局、ふたりが釣った魚をご馳走になり、魚は買いに行かなかった。
「私、今度は釣りを極めようと思いますっ」
と魚だけでは足らなかったので、
「今度はって、まず、キャンプを極めてない気がするが……」
と総司に言われながら。
「まあ、それは俺もだが。
でも、最近はちょっと慣れが出てきて、キャンプ中、気を抜いている気はしてるな」
と言う総司に、藤崎が、
「いや……くつろぐためのキャンプなんで、気を抜いてていいんじゃないですかね?」
と言う。
そこで、総司は、いつものように、
「山ではうっかりが命取りだからな」
と講釈をたれようとした。
「そうですね。
まあ、此処、オートキャンプ場ですけど……」
と藤崎が言おうとしたとき、カリカリという音が背後から聞こえてきた。
振り向くと、洗ってカゴに入れておいた野菜を茶色い野うさぎが齧っている。
あーっ!
と萌子と総司は叫んだ。
「……なるほど。
うっかりが命取りですね」
と藤崎が呟いていた。
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