御意、とか言い出しそうだ
帰り支度を済ませ、
「じゃあ、また明日会社で」
と総司が藤崎とともに車に乗り込みかけたとき、
「ああ、そうだ、萌子。
ちょっと車置いてってくれないか」
と少し離れた位置で見送ろうとしていた司が言ってきた。
「あとでお前のアパートに返しておいてやるから。
でも、帰りが困るか」
「いいですよ、俺が萌子を送りますよ」
と総司が言う。
「そうか、すまないな、総司」
そう司が言うと、
「大丈夫です。
妹さんはちゃんと送り届けます」
と司に言っていた。
え? なんで急に?
と思ったが、司は萌子の方を見て、ぐっ、と小さく親指を立てて見せる。
えっ? もしかして、わざと?
そりゃ確かに、バラバラに帰るの寂しいな~とか思ってましたけどね、
と思いながら、
「し、失礼します~」
と萌子は総司の車の後部座席に乗り込んだ。
それではさよーならーとみんなに手を振り、萌子たちは総司の車で山を降りた。
「花宮、荷物に埋もれているが、変わろうか?」
と助手席から振り返りながら藤崎が言ってくれたのだが、萌子は高速で断る。
課長の隣に座るくらいなら、にこやかな笑顔のジャガイモ家族の絵のダンボールや、スクラムを組もうとするように肩にのしかかってくるテントの隣の方がマシだ、と萌子は思っていた。
ダンボールやテント相手なら緊張しなくていいからだ。
無人の野菜直売所の前で曲がりながら、総司が、
「じゃあ、藤崎の方が近いか。
先に送ろう」
と言う。
ありがとうございます、と礼を言ったあとで、藤崎は、
「こうして課長が車で走ってるときには、ダイダラボッチは一緒に歩いてるんですかね?」
と訊いていた。
「ゆっくり歩いてるんじゃないか?
そんな総司の答えを聞きながら、萌子は、
ウリは車に並走してそうだな、と思う。
ものすごい勢いで横を疾走しているウリを思い浮かべて、萌子は笑ったが。
ウリの姿を探すように、窓から外を見、そのまま視線を後ろに流したとき、ラゲッジルームに積み重ねられたクーラーボックスの上で寝るウリを見た。
ええっ?
そこは走らないっ?
と振り返り見ていると、藤崎が総司に、
「課長、あやかしは見えるみたいですけど、霊は見えないんですよね?
じゃあ、怖い体験とかはないんですか」
と訊いているのが聞こえてきた。
「山道歩いてたら、花宮が穴に落ちてた以外に近年、怖い体験はないな」
と前を見たまま総司は言ってくる。
……あなたの中のワーストワンの記憶になれて光栄ですよ。
きっと一生忘れられない女になれたことでしょう……。
そう自虐的に萌子は思う。
っていうか、お兄ちゃんがいなくなったら、やっぱり、花宮って言ってますね。
ちょっと寂しいような、と思う萌子に、藤崎が訊いてきた。
「花宮はないのか?
怖い体験とか」
「怖い体験?
ああ、あるある」
と萌子は答える。
「この間、某通販サイトがもうすぐポストにピアノが投函されますって言ってきたことかな。
どうやってっ!? って思って」
「お前、ピアノなんて弾くのか」
と総司が訊いてきた。
「ちょっと久しぶりに弾いてみようかなと思って。
電子ピアノ買ったんですよ。
あんまりやらないかなと思って、とりあえず、ピアノだけ買ったんですけど。
意外に続いてるので、今度椅子も買おうと思います」
「何故、バラバラに買おうとする……」
と総司に言われているうちに、藤崎の家に着いていた。
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